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そっと地面に下ろされた後、私はまじまじと男性を確認する。
年齢は二十台後半くらいだろうか。服装はTシャツ、スウェットにカーディガンを羽織っている。まるで深夜に思い立ってコンビニに行くような格好だ。かっちりとしたスーツ姿の金城さんと対照的である。
しかし改めて見てもこの男性の姿は全く見覚えが無い、全然知らない人だ。誰だ、この人。ひょっとして助けてくれたのだろうか、何故助けてくれたのだろうか、そもそも助けてくれたのだろうか。
「何のつもりだ、繧繝」
低く地を這うような金城さんの不機嫌そうな声。その声の方向へ視線を向ければ金城さんの姿がさっきよりも遠くにある。この男性、私を抱えたまま一瞬で移動したのだろうか。
男性、繧繝と呼ばれた人物を見れば金城さんの睥睨に怯む様子を微塵も見せずに涼しい顔をして笑っている。その態度はこの状況を楽しんでいるようにも見えた。どうかと思う。楽しむ前に状況の説明をして欲しい。
「ご挨拶だな、二区に応援を要請したのはアンタだろ?」
「お前が自ら出てくるとは思って居なかったがな。応援を要請したのは鬼の討伐でその少女の件ではない」
「あ、マジで?悪い悪い、そこまで聞いてなかったわ。連絡に行き違いがあったみたいだな」
「しゃあしゃあと。…分かったら彼女をこちらに渡して乙級の討伐に向かえ、鬼はまだこの付近に居るはずだ」
「いやいや、渡せるわけないし行けるわけないって。うら若い女子高生がおっかないおっさんに捕まりそうになってたら普通助けるだろ」
一応助けてくれたということで合っているらしい。でも何故助けてくれたのか本当に分からない。会話からして金城さんの知り合いみたいだけど、反応を見る限り金城さんの味方ではないみたいだし。かと言って敵でもなさそうだけど、応援とか言っているし。わけが分からない。
「もう一度聞く、何のつもりだ。お前は目の前の善行に率先して動く人間ではないだろう、腰の重いお前がわざわざ出てきて邪魔立てする理由を言え。如月妃芽とどういう関係だ、資料では関係は無いとなっていたがこちらに偽の情報を渡してきたのか?」
「いちいち棘のある言い方すんなよ、おっさん。それに渡した資料に嘘偽りは何一つねえよ。…まあ強いて言うなら、水より清く、蜜より甘く、血よりも濃い関係だな」
「……ふざけているのか?」
「残念、大真面目」
「そうか、ふざけているな」
苛立った様子の金城さんを前にしても繧繝さんは軽く笑って流している。メンタルが強すぎる。
そして今気づいたけど繧繝さんはさり気無く私の前に出て金城さんとの間に立っている。理由は分からないけど本当に助けてくれたようだ。理由が分からないのが怖いところだけど。
「あの、失礼ですがどこかで会ったことありましたか?」
金城さんに聞こえないように声を抑えて繧繝さんの背中に話しかけると繧繝さんは体を金城さんに向けたまま横目で私を見て笑う。こんな状況であるのにその顔は楽しそうに見えた。そして私と同じように抑えた声で答えてくれる。
「いや、正真正銘本日今この瞬間が初対面だ。だけどお互いのことは十分過ぎるくらい知っているはずだぜ。……なあ、麦ちゃん?」
「…………へ?」
繧繝さんが口にした名前、麦ちゃん。この私の名前にかすりもしない名前に心当たりが一つだけある。というか一つしか心当たりがない。
ゲームのユーザー名『麦茶』。名前を考えるときにたまたま机の上にあった麦茶から付けた名前である。何故その名前が今この場で呼ばれたのか、そして何故繧繝さんが私のことをその名前で呼ぶのか、疑問を持つより先にもっともらしい回答が頭の中に導き出される。だってゲーム上においてそのユーザー名を麦ちゃんと呼称する相手を私は一人しか知らないから。
「もしかして…ハルちゃん?」
私にとってゲーム上で最も親しいフレンドであり、ついさっき万歳を強要する意味不明なメッセージを大量に送りつけてきた張本人。信じたくはないけど彼がハルちゃんであるとすればこのタイミングで送られてきた意味不明なメッセージの辻褄が合う、合ってしまう。
何かの間違いであって欲しいと願う私をよそに、ご名答とでも言うように繧繝さんは、いや、ハルちゃんは笑った。金城さんに見せていた軽薄な笑顔ではなく本当に嬉しそうに笑ってみせるのだ。
「こんな状況だけど会えて嬉しいぜ、麦ちゃん」
私もです、と答えることが出来なかった。
だって会えた喜びよりゲームのアカウントから特定されたという事実のほうが私には遥かに衝撃的だったから。




