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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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「私の鬼が何か粗相をしてしまったようですね」


 苦笑いを浮かべながらそう口にした如月妃芽に金城は笑みを消した。厳密に言えば笑顔を消したのではなく笑顔を貼りつけておく余裕さえ無くなってしまったのである。


 それほどに如月妃芽の発言は常軌を逸していた。

 いくら鬼が角を折らなければ消滅しないとはいえども校庭の中心という目立つ場所で首を落として晒しておくことを『粗相』の一言で片づけるなど普通の人間の感性で出来るはずがない。このことから如月妃芽の感性は一般人として完全に破綻しているのだと金城は判断する。そして今の発言は『殺すことも出来たのに殺していないのだから些細な問題でしょ』と暗に言っているのだ。

 金城を完全に格下と見なした上での発言、挑発されているのだと推察出来る。恐らく自分を激昂させ正確な判断を阻害するのが目的だろう。金城とて言葉の裏にある意図に気付かなければ、或いは相手がこれほどの傑物でなければ、頭に血が上り平静を保てなかったに違いない。


「あの、大丈夫ですか?…顔が険しくなっていますけど」

「失礼、怖い顔は生まれつきでね。これでも気にしているんだが」

「えっ、すみません。でも、えっと、そうじゃなくて…」


 金城が何よりも恐ろしいと感じているのは異常性を十分理解したはずなのに目の前にいる如月妃芽が相変わらず普通の少女にしか見えないということだ。ここまでのことが全て彼女の描いた通りのシナリオを辿っているとすればそれなりに高揚感、優越感、万能感を感じていてもおかしくはない。そしてそれが態度に滲み出て然るべきだ。しかし如月妃芽にはそれが一切見られない。それどころかまるで本当に何も知らないかのように振舞って見せるのだ。学校で一度騙されている金城であってもひょっとすると彼女は何も知らないのではないかと思ってしまいそうなほどである。


「ごめんなさい、私、何か気に障るようなことを言いましたか?」


 だが普通の人間であれば金城にあからさまな敵意を向けられ平然としていられるわけが無い。恐怖、警戒、敵対。何かしらの反応があるのが普通だ。殺気に馴染みが無い人間であれば苦笑いを浮かべたまま立っているなんてこと普通は出来ないはずである。


「まさか、むしろ感心しているくらいだ。どこから君の計算の内だったのか是非とも聞かせて欲しい」

「計算?何の話ですか?」

「とぼけなくて良い。ひょっとすると出会った時点でこうなることを予測していたのかね?それとも今日私が学校へ来ることも想定内だったのかな?だとすれば大したものだ。君ほどの人物がその年齢まで凡人として生きてきたことが信じられないな」


 身体能力は人並み程度、霊力は人並み以下、頼みの綱の鬼はこの場に居ない。今の状態だけを並べてみれば目の前の相手は全く脅威ではない。だがそれは相手が如月妃芽でなければの話だ。この人畜無害そうな表情の下で一体どんな権謀術数を巡らせているのか金城には見当も付かない。


「すみません、誰かと間違えておいででは?」

「白々しい、それとも謙遜のつもりなのかね?なるほど、そうやって意図して隠して生きてきたのだろうね。まあ、学生の内はその方が生きやすいのかもしれないが」


 何も考えていないようでありながら十手先まで読んでいるようでもある。

 仮に金城が十手よりも先まで読んだとしても更にその一手先を読まれているような、或いは自分の意思で打った十手が全て彼女に誘導されているような、そんな恐ろしさを感じてしまう。


「だが残念だったね、今回は相手が悪かった。人間を襲っている以上君の鬼は討伐対象だ、すぐに追加の追手が加わり君の鬼は直に討たれるだろう」


 如月妃芽の鬼を討つなんて完全にはったりだ。甲級の捕縛に精鋭を駆り出している状態で恐らく甲級に匹敵するであろう実力を持つ如月妃芽の鬼を討つことなど現実的ではない。これは如月妃芽が金城側の戦力をどの程度把握しているのかを知るために探りを入れたに過ぎない。


 そして如月妃芽がここに来て初めて笑顔を消し動揺を露わにしたのを見て、金城は口元に弧を描いた。



 * * * * *



「人間を襲っている以上君の鬼は討伐対象だ、すぐに追加の追手が加わり君の鬼は直に討たれるだろう」


 金城さんの言葉に私は凍り付いた。人を襲った鬼。多分、私を襲った鬼、つまり紅玉のことだ。紅玉と一緒に居るところは見られていないはずなのに紅玉が私の鬼だと知られている。何で、今までの会話で気付かれるような要素があっただろうか。それとも最初から知っていたのだろうか。

 瑠璃は恐らく無事だろうと分かったけれど紅玉はそうじゃない。別れ際に敵が複数来ているみたいなことを瑠璃が言っていたけど、あれは紅玉が術を破壊して回ったからではなくて最初から紅玉を殺すために差し向けられたものだったのかもしれない。そして最悪なことに今紅玉は術を使うことが出来ない。瑠璃が間に合えば良いけど楽観視出来る状況ではないことには変わりは無い。それに瑠璃が間に合ったとしても多勢に無勢で負けてしまったら?そもそも瑠璃が無事だと言うことは分かっていても無傷である保証だって無い。絶体絶命だ。


「その襲われた人間というのは私のことですよね、なら殺す必要は無いでしょう?私はこうして生きていてその鬼を従えています。当事者の私が無事で、許しているんだからそれで終わりで良いじゃないですか」

「許す許さないの問題じゃないのだよ。人間を襲ったということが問題だ。その鬼が君のことを襲わなかったとしても他の人間を襲わない保障がどこにあるのだね?守護四役が統治する土地において越えてはならない一線を君の鬼は越えたんだ、報いは受けてもらわなくてはならない」


 人を襲わない保証。そう言われてぐっと言葉が詰まる。瑠璃と違って紅玉が私に従っているのはあくまでも気まぐれみたいなものだ。進んで人に危害を加えるとは思えないが絶対しないと言い切れるだけの自信は無いし、誰かが襲われてからでは遅いと言うのも分かる。

 それでも『はい、分かりました』なんてこの場しのぎでも言えなかった。既に私の日常に溶け込んでいる紅玉が殺されるなんて、考えることだって嫌だ。

 そんな私の心を見透かしたかのように金城さんは嫌な笑みを浮かべながら口を開く。


「ただ、君の行動次第では報いの形を変えることは出来る」


 え?と私の口から声が漏れるのを見て金城さんは笑みを深くする。

 

「君が私と同行して鬼に投降するように言うだけで良い。難しい話ではないだろう?当然少し角を折る必要はあるだろうが…まあ、命まで奪う必要は無くなるだろう」


 角を折る。その言葉に心臓が嫌な跳ね方をした。


「でも、角は鬼にとって大切なもので…」

「だからこそ君の命令を素直に聞き角を折ることを選ぶならば害無しと判断できる、また角を折ることで脅威も減る。逆に角を惜しんで君の言うことを聞かなければ制御出来ない危険分子として排除する。角を選ぶか命を選ぶか、簡単な二択だろう」


 従う可能性の低い命令だからこそ従うことに価値があるということだろうか。金城さんの言いたいことが分からないわけじゃないけれど正直あまり好きな考え方じゃない。それに瑠璃のことを散々角欠けと呼んで嘲っていた紅玉に角を折ってと言ったところで素直に聞くとは思えない。それでも、紅玉の命が助かる可能性があるなら。


 金城さんに返事をしようとしたまさにその時だった。

 ピロリン、と間抜けな電子音が私の端末から鳴った。


「……」

「……」


 緊張の糸が張り詰めていた空気が一瞬でぶち壊され、後に残るのはなんとも気まずい沈黙だけ。しかも沈黙しているのは私たち二人だけで、その間も端末はせわしなくピロリンと立て続けに電子音を響かせている。

 おかしい、マナーモードにしていたと思っていたのだけど。あれ、していたっけ?昨日の夜ゲームをするときに解除してからそのままだったような気もする。いやでも真面目な話をしている最中なのだからたとえ電子機器であっても空気を読んで欲しい。そうじゃなくてもこんなにうるさく通知音が鳴ることなんて今まで無かったのだが、知らない間にスパムの標的にでもなってしまったのだろうか。


「…出なくていいのかね?」


 金城さんが何とも言えないような顔をして聞いてくる。いや、むしろ出ても良いの?結構大事な話をしていたと思うのだけど。

 とは言え原因が気になるのは私も同じだし、ポケットから端末を取り出して通知を確認する。


 どうやら音の正体はゲーム上のメッセージが届いた通知のようだ。悪戯かと思ったのだけど大半はフレンドであるハルちゃんから送られてきているみたいだった。そしてその内容は。


『バンザイしろ』

『無視すんな』

『今すぐバンザイしろ』

『メッセージ見ろ、そしてバンザイしろ』


 は?と声が出そうになったのを寸でのところで飲み込んだ。慌ててメッセージをさかのぼっていくが似たような内容が延々と繰り返されている。

 何で万歳?

 ゲーム上のアクションでそんな動作出来ないのだけど、これリアルで万歳しなきゃいけないの?なんで?そもそもハルちゃん、今まで敬語キャラだったのになんでいきなり命令口調?ひょっとしてアカウント乗っ取られたの?大丈夫?


「何の連絡だったのかね?」

「あ…えっと、友達?からの悪ふざけ?みたいなものでして…」


 言葉を濁してやり過ごそうと思ったのだが金城さんが私の言葉の続きを待つように発言をしないので渋々と続きを声に出す。


「その……突然、万歳をしろって、送って来て…」


 金城さんが不審物でも見るように怪訝そうに眉を寄せる。すごく居たたまれない、何この罰ゲーム。


「何故万歳を?」

「……さあ、何ででしょう。私が聞きたいです」

「したいなら別に構わないが、手短に頼むよ」


 あ、万歳しても良いんだ。

 話している間にも通知音が早く万歳をしろとでも言うようにうるさく鳴っている。実際にメッセージを確認すればそういう内容で埋め尽くされているのだろう。もはやホラーだ。仮に私が万歳をしたとしても画面の向こうに居るハルちゃんには実行に移したかどうか確認するすべがないだろうに。というかハルちゃんじゃない可能性が高いのに従う必要はあるのだろうか。


 いやでも、時間稼ぎにはなるかもしれない。そもそも二人が来るまでの時間を稼ぐために逃げ出したいのをこらえて金城さんと話していたのだし、これ以上会話で持たせるのは難しそうだから一秒でも多く時間を稼ぐためならやって損はないのではないだろうか。

 私は覚悟を決めて端末をポケットにしまい、こほんと咳払いをしてから、


「ば、ばんざーい」


 と言いながら両手を上にあげた。

 次の瞬間。


「ひ、あっ!!」


 一陣の風と共に突如としてやって来た浮遊感。突然のことに私は訳も分からず万歳で上げた腕で手近にあったものにしがみ付く。体が風を切り、空を飛んでいる。わあ凄い、なんて可愛らしい反応を咄嗟に出来るわけも無く、悲鳴すらまともに出せないまま落ちてたまるかとしがみ付いている腕に力が籠る。


「よお、おっさん」


 私がしがみ付いていたものが喋った。私の声でなければ金城さんの声でもない。まったく聞き覚えの無い第三者の声が間近で響く。


「白昼堂々女子高生を追いかけるとは良い趣味してんじゃねえか、俺も混ぜろよ」


 浮遊感が全く無くなって地面に足が着いたころ、私はようやく自分がしがみ付いていたものが男性だったのだと理解した。

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