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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 瑠璃と別行動になってから今まで進んでいた方向へと走っていた足を止めた。何かあったからとか何かに気付いたとかではなく純粋な疲労からくる行動である。しんどい、私は常日頃から運動を嗜んでいる類の人間ではないので軽い小走りでも十五分ほど走り続けられれば良い方だ。そしてその十五分程度の努力も瑠璃の移動速度からすれば微々たる距離でしかなく、鬼と人間の身体能力の違いがまざまざと感じてしまう。瑠璃には移動し続けた方が良いと言われたが、二人が合流して戻って来るまでどこかに隠れていた方が効率的な気がしてきた。


 ここは一体どこなのだろう。周囲を見回してみるが当然分かるはずも無い。来たことの無い場所はどこもかしこも似たような景色に見えてしまってダメだ。人に道を尋ねようにも平日昼間の住宅街では人とほとんどすれ違わないし、すれ違ったとしても瑠璃の術があるから私が見えていないみたいだし。だからと言ってわざわざよそのお宅のインターホンを押してまで道を聞くのは気が引ける、と言うか平日昼間から制服を着た学生が何で学校ではなくこんな場所に居るんだという話。下手をすれば補導されてしまう。非行に走るつもりはこれっぽちも無いのに。

 そもそも道を尋ねてみたところで行き先が決まっていないので何の意味も無いのでは?現在地だけならばGPSで把握出来るのだし。問題なのはここはどこなのかではなくどこへ行くべきかである。そんなことを周辺住民に尋ねたところで困らせてしまうだけだ。迷子と勘違いされて交番へ連れていかれるかもしれない、あるいは不審者として警察のお世話になるかもしれない。両方御免だ。

 せめて合流する場所くらい決めておくべきだった、それか行き先を聞いておくべきだった。

 

 はっきり言ってしまえば不安だ。

 ここ最近は常に瑠璃か紅玉が側に居る生活だったから、この何をすれば良いのかも分からない状況で一人ぽつんと取り残されていることがどうにも心細く感じてしまう。自分でも気づかない内に鬼という頼り甲斐のある存在に自分の安心と安全を預けてしまっていたらしい。瑠璃に身辺警護は必要無いとか言っておきながら情けない話だ。

 瑠璃は紅玉と合流出来ただろうか、その前に二人は無事だろうか。もう当然のように戦闘を任せてしまっているが、戦闘において私が役立つ要素が無いからそこは仕方ないのだが。でも二人に怪我をして欲しい訳じゃないし、まして死んでしまうような事態にはなって欲しくない。そうなる前に逃げて欲しいのだけどあの二人の好戦的な性格からするとそれは難しそうだから困る。そもそもあの二人って強いのだろうか。紅玉より瑠璃の方が強いことくらいは分かるのだけど、それが全体的な目で見た時どのあたりに居るのか全く分からない。人間よりは当然強いのだろうけど相手が鬼だとどうなのだろう。金城さんが連れていた鬼の方が強かったりするのだろうか。どうしよう、戻ったところで出来ることなんて無いが戻った方が良いのだろうか。

 結局こうして戦う羽目になるのなら三つある選択肢の間でもだもだせずに最初から戦うことを選べばよかったのかもしれない。そうすれば二人は迎え撃つ準備を十全に行うことが出来ただろうし。もし二人が死ぬようなことがあれば、それはきっと私の責任だ。


「ダメだ、嫌な方向にばっかり考えちゃう」


 任せたからには信じなければならないのに、状況がどうなっているのか全く分からずに単独行動していると不安が次から次へと沸き上がって来る。

 ふと、視界に脇道が目に入った。その脇道は土手まで真っ直ぐに伸びていて、その道に続くように土手にも階段が伸びている。


(確か、紅玉が戦っていたのは河川敷だったはず)


 土手に上がれば紅玉が無事かどうかくらいは見えるだろうか。いや、見えるか見えないかで言えばかなり距離が離れてしまっているし多分見えないのだけど。

 でも高台に上がれば瑠璃が今どの辺りに居るかくらいは見えるかもしれない。どうせ行く当ても無いのだし。



 * * * * *



 廃校のグラウンド。金城はその中心に立って自身の鬼、黒金の変わり果てた姿を見下ろしていた。その目は感傷に浸っている訳でも無ければ惨敗を喫した黒金を蔑むわけでも無く、ただ目の前にある敗北を事実として受け止める。


 元々金城がこの近辺に来たのは捕獲対象の甲級が姿を現したからだった。仮にも四役統括直々の命令、如月妃芽の捕縛よりもこちらが優先される。だから追跡は黒金に任せ、精鋭の部下十名を引き連れて甲級の元に赴き術封じを発動した。持久戦になるがこちらの損耗を最小限に抑えて捕獲するには相手の力を抑え多勢で波状攻撃をしかけて消耗させる方が効率が良い。捕縛術式が使えれば良かったのだが時間が掛かる上に設置した術式を移動させることが出来ないので今回の甲級の捕獲には向かないと判断した。こちらと甲級の根競べの持久戦だ。

 金城は持久戦を行うにあたって黄金だけでは不測の事態に対応できないと判断し、追跡に出した黒金を呼び戻すことにした。だが放った式が黒金の元に辿り着いたにも関わらず返答が全く来ない。黒金の忠実な性格を考えればまずありえないことだ。

 嫌な予感を覚えながら甲級の相手を部下に任せ、式が黒金を発見した場所まで赴いた。

 そして突きつけられた現実がこれだ。


「まったく……厄介なことになった」


 金城は転がっていた黒金の首を胴に付け、接合部に手を当てて自身の霊力を注ぎ込む。欠けた角を補うほどの霊力は融通出来ないが首を繋げる程度であれば問題は無い。首の傷が消えたことを確認すると金城は手を離して霊力を注ぐのを中断する。自己治癒力の高い鬼の傷は完全に治す必要は無い、少しすれば意識も戻るはずだ。

 黒金の角の先端は欠けている。角を根元から折って殺すことも出来ただろう、にもかかわらずこうして生かされている。罠か、或いは見せしめか、はたまた実力の誇示か。


 ここに白金か黄金が居れば意識が戻るまでの護衛か敵の追跡を継続させることが出来たのだが、白金の行方は依然として知れず、黄金はタイミング悪く眠気を訴えてきたので連れてきていない。黄金は白兵戦だけで言えば白金や黒金よりも強いが気分屋でしょっちゅう睡眠を必要とするので扱いが難しい。仮に護衛や追跡を任せたところで全うするかどうか怪しいところだ。


「さてはて、敵はどう動くか…」


 普通に考えれば区境である川を渡るとは考えにくい。川の向こう側は二区、天狼の縄張りだ。鬼を連れているならば余程の物知らずか馬鹿でない限り渡ることはまず無い。逃走を続けるとしたら川沿いを行くはずだ。そう、普通に考えれば。

 だが金城は如月妃芽が普通の少女ではないと言うことを知っている。少なくとも普通の人間であれば丸腰で他の鬼の前に出るような真似はしない、金城はその先入観に囚われ危うく彼女を見逃すところだったのだ。


 考えが纏まると金城は川の方へと足早に歩き出す。あり得ないと思って居ても確認するまで安心は出来ない。あり得ない可能性からまず潰していかなければ。

 金城は記憶を頼りに橋がある方向へ向かい、堤防に上がる道を見付け石段を上がっていく。


 そして息を飲む。

 堤防を上がり切って少し先に行った場所、そこに一人の少女が立っていた。平日昼間の道中に似付かわしくない学生服の少女。彼女が金城に背を向けたまま見つめているのは甲級がいるはずの方角、まさかそれすらも彼女の計算の内なのかと金城は背筋に寒いものを感じながら声を掛ける。


「やれやれ、随分と遠くまで来てくれたものだね。お陰で探すのに手間取ってしまったよ」


 無防備な背後から攻撃を仕掛けるという選択肢は無かった。卑怯だからとか道徳的にどうだとか、そういった理由ではない。この一見隙だらけに見える背中に一体どんな巧妙な罠が隠されているのか、金城には見当も付かなかったのだ。追われている立場だと言うのに周囲に鬼の気配は無い、その無防備さが少女の異常性を際立たせている。

 十秒ほどの間、少女は振り返らなかった。聞こえていないわけではないだろう、態度でこちらの話を聞く気が無いと示しているのだろうか。或いは何か他の意図があるのか。

 一挙一動を見逃すまいと警戒する金城をあざ笑うように、少女は普通に振り返ってみせる。


「こんにちは、金城さん。よろしければ少し話しませんか?」


 そう言って少女、如月妃芽は金城を前にして不敵に笑っていた。

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