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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 ポニーテールを左右に揺らしながら軽やかな足取りで水鞠は廊下を進んでいく。広大な屋敷は来たばかりのころはよく迷っていたものだが今の水鞠にとっては見慣れた日常の一部である。

 そうして目的の部屋の近くまでやって来ると聞き慣れた怒鳴り声が聞こえてきた。


「繧繝、もう五分経ったぞ!いつまで遊んでいるつもりだ!」

「うるせえな、一区切りついたらちゃんとやるって言ってんだろ」

「お前はそう言って区切りをつけた試しが無いだろうが!せめて画面から顔を上げて話せ!」


 何度も聞いたことがあるような口喧嘩の内容によく飽きないことだと呆れながらも、既に慣れたことなので水鞠は気にせずに障子戸を開け放つ。


「繧繝様、失礼するっす」

「おう水鞠、良いところに。この喧しいのを部屋から追い出してくれ」

「水鞠、手伝え!今日こそ繧繝を白消の調査に連れ出してやる!」

「二人とも毎日毎日よく飽きないっすね」


 聞こえてきた声から想像出来た通り、部屋の中に居たのは青年が二人。

 一人は守護四役第二席、繧繝。繧繝衆の当主で術使いの天才。もっとも部屋に入ってきた水鞠に目もくれずに端末を操作している姿からはその称号に相応しい威厳は感じられないが。

 もう一人は水鞠と同じく繧繝に仕える五家出身の木立。本来であれば水鞠同様繧繝には敬称を付けて呼ぶ立場なのだが、繧繝の日頃の行いとそういった序列的なことを面倒臭がっていることが誇りや義務感の強い木立とそりが合わずに早い段階で呼び捨てにされている。


「今さっき三席から直々に緊急連絡が入ったっす。三区で発見された鬼がうちとの区境に向かっているから応援が欲しいそうっすよ」


 二人の喧嘩を無視して水鞠がここに来た理由を説明すると木立は再び開こうとしていた口を閉じて繧繝の方を見た。普段から小言の多い木立ではあるが繧繝の実力と判断力には一目を置いている。だからこそ先程の口喧嘩もなんやかんや理由を付けては木立が言いくるめられてしまうのであるが。

 繧繝は少しだけ沈黙した後、やはり画面から目を上げることなく口を開く。


「その鬼、まだ二区に入ったわけじゃねえんだろ。なら無視しろ、どうせ厄介ごとだ」

「…お前の判断に口出しするわけではないが、良いのか?封印が解かれた甲級かもしれないぞ?」

「もし甲級なら金城のおっさんはそのように連絡を入れてくるはずだ。それが無いってことは違うって考えてて良い。んでもって討伐にしろ捕獲にしろ三区内で済んじまえば向こうの取り分、こっちのうま味が無い」

「じゃあ、無視するってことで良いんすね?」

「次の会合で確実に嫌味を言われるだろうが…まあ、面倒ごとに首突っ込むよりマシだろ。その鬼への対処は実際に二区に侵入してからで構わねえよ」

「了解っす。じゃあ、この緊急連絡は握りつぶしておくっす!」


 そこで水鞠は思い出したように、あ、と声を上げる。


「あともう一件、早急に如月妃芽の親の身柄を正規の方法で確保して欲しいって来たんすけど、こっちはどうするっすか?」


 追加の要請に眉根を寄せたのは木立だった。一般人の身柄を確保するだけならば鬼を使える金城には容易いはず。それをわざわざ正規の手段、つまりは鬼ではなく人に頼むというのは明らかに怪しい。そんなきな臭い話にも関わらず繧繝は相変わらず端末から顔をあげようとすらしない。


「誰だ、その…えっと、佐々木?ってのは」

「佐々木ではなく如月だ。如月妃芽、つい先日身辺調査をして三席に資料を渡しただろうが。鬼に襲われて入院していた女子高生の名前だ」

「あー…そういやそんなこともあったような。……………………待て、その資料の写しはあるか?」


 そこで初めて繧繝が顔を上げた。そのことに水鞠は驚いて目を見開き、木立はやれやれと溜息を吐き出しながら予め用意していた資料を繧繝へと差し出した。繧繝が端末を置いてその資料を受け取ったことに水鞠は更に声を上げて驚く。


「やっとやる気になったな。大体、お前はいつもエンジンが掛かるのが遅いんだ」


 木立の嫌味も聞こえていない様子で繧繝は受け取った資料を食い入るように読んでいく。そして最後の一枚まで目を通した後、繧繝は端末を懐にしまって立ち上がった。


「如月妃芽の両親をすぐに確保しろ。だが三区には渡すな、どうにかして二区に身柄を留めておけ」

「うぇ?!は、はい、了解っす!」

「俺は少し出てくる。不測の事態があったら土岐に判断を仰げ」


 言うが早いか繧繝は足早に部屋を出て行った。それを見た水鞠は目を白黒させて、訳知り顔で繧繝が放り投げた資料を片付けている木立を捕まえる。


「え?え??木立、どういうことっすか?」

「…水鞠、白消が我々術使いにとって厄介な現象であることは分かっているな?」


 突然の話題の変更に水鞠がは?と聞き返すが木立は構わずに言葉を続ける。


「例の女子高生が襲われて入院している間、その白消が全く観測されなかった。だけではなく、その後も白消の件数が極端に減った。ただの偶然で済ませるには時期がはまり過ぎている」

「はあ………つまり?」

「如月妃芽を襲った鬼と白消に何かしら因果関係がある可能性が高いということだ。俺も疑ってはいたが、繧繝が動き出したということはほぼ確定だろう。普段はアレだがこういったことの嗅覚は鋭いからな」


 そこまで説明されて水鞠はようやく状況を理解する。これは今まで原因不明の現象として片付けられていた白消の手がかりが出来たということだ。術を扱う人間にとってこれほど重要なことは無い。それこそ腰の重い繧繝が動き出すほどに。


「じゃあ、区境に向かっている鬼が…」

「ああ、恐らくその鬼で間違い無い。そしてその鬼はまだ如月妃芽を狙っていて、繧繝はそちらに向かったはずだ。如月妃芽の親を確保するのは三区に主導権を渡さないためだろう。彼女の住所は三区にあるが身柄の確保に必要な公的機関を動かせるのは我々だからな」

「一応聞くけど自分たちは鬼の方へ行かなくても良いんすか?」

「繧繝が要らないと判断したなら行く必要は無い、足手まといになる」

「木立は普段からそのくらい繧繝様を信用してあげれば良いんすよ」

「お前たちは繧繝を甘やかしすぎだ」


 水鞠は繧繝が出て行った廊下の方を見る。

 繧繝の姿はもうそこには無かったが、何かが大きく動き出す、そんな予感がした。

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