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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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10

 ピンチである。


「早速で悪いんだが、君は先日通り魔に襲われているね。その件について話を聞かせてもらえるかね?」


 そう言って笑うスーツ姿の男性、恐らく四十代くらいだろうか。私を呼び出したという目の前の男性はおよそ堅気には見えない雰囲気の人物、更に学校であるのにここに先生が同席していないという圧倒的な違和感と不安感。しかし私の言うピンチはこのどちらのことでもない。

 問題なのは男性の背後に立っている二人、鬼の存在だ。


「えっと、警察の方なんですか?話せることは大体話したと思うんですけど」


 思わず視線が鬼の方へと向きそうになるのを男性を真っ直ぐ見つめることで何とか回避する。笑顔が引きつるのはもうこの際見逃して欲しい。

 鬼が居るかもしれないとは聞いていたが二人も居るなんて聞いていない。いや、普通に考えれば連れている鬼の数だけ側に居てもおかしくないのかもしれないんだけども。でも瑠璃が一ノ鬼の務めだとか言っていたので何となく側に控える鬼は一人だけだと思って居たのに。


「ああ、すまない。私は警察の人間ではないんだ」

「そうよね、主のお顔立ちはどちらかと言えば警察のお世話になる側よね?」

「黄金!無礼だぞ!」

「嫌だわ、そんな大きな声出さなくても聞こえてるわよ」


 男性は後ろで茶々を入れる鬼の声をまるで聞こえていないかのように眉一つ動かさずに振る舞っている。黄金と呼ばれた金髪の鬼が彼を主と呼んでいたことからして声が聞こえていないとか姿が見えないというわけではないだろうに。卓越したスルースキルだ。是非とも見習いたい。

 しかしこうして男性が鬼に対して反応を返さないのは私を見えない側の人間だと認識していて不審がられないようにするためだろう。つまり鬼が見えていないふりは成功していると思って間違いない。あとはこのまま無難にこの場を乗り切れば良いだけだ。そしてそれが一番の問題だ。


「私は金城清、この地域のまとめ役みたいなものだと思ってくれて構わない。警察が解決出来ない事件から些細な問題事まで面倒を見る役、かな」

「はあ…。まとめ役…」


 金城さんは大分ぼかして言っているが、つまりは鬼が関わる諸問題を担当している人物と言う認識で良いのだと思う。なるほど、それで私が襲われた通り魔の件で出てきたと。確かに一般人が幾ら隈なく探したところで現在我が家のリビングのソファーでテレビを見ているであろう犯人を見付けることは不可能だろう。まあ、見つかっても困るんだけど。

 少しだけ、瑠璃や紅玉、鬼のことについて金城さんに相談出来ないだろうかという考えが頭をよぎり、冷静にその考えを否定する。金城さんがこの地域のまとめ役だというのなら私の家の周辺にあった紅玉の封印や瑠璃を捕まえた罠も彼の手によるものの可能性が高い。だとすれば再び二人を捕まえようとしているのかもしれないし、捕まえた後に何をされるか分からない。迂闊に話すべきではないだろう。正直そろそろ一人で抱えるには問題が大きくて困っているが、それでも瑠璃や紅玉を危険に晒すような真似は極力避けたいところだ。


「えー…その、すみません。実は事件前後の記憶がすごく曖昧で…何て言ったら良いんでしょう、実感があまり無いと言いますか…」

「話せる範囲で構わないよ。もし話していて気分が悪くなったら遠慮なく言っていいからね」


 暗に大したことは話せないと予防線を張ったのだが気遣いで返された。こう言ったら失礼かもしれないが金城さんは人相に似合わず優しい人のようである。

 取りあえずは警察で話したことと同じ内容を話しておけば良いだろう。もともと犯人を特定出来るような内容では無かったし、話す内容を変えて後で警察の証言と照らし合わされたら言い訳が出来ない。


「あの日、家に帰ってから鞄の中を確認したら端末が無いことに気が付いたんです。学校を出る時には間違いなくあったので帰る途中で落としたのかと思って…すぐに戻るつもりだったから親に声を掛けずに外に出ました。それで端末が公園に落ちているのを見付けて、そこで襲われたみたいです」


 確か警察ではこんな感じのこと喋った気がする。多少の食い違いがあったとしても事件から時間が経っているのだし記憶違いがあったということで誤魔化そう。


「犯人の顔は見ているかな?」

「それが全然思い出せなくて…切られて、気付いたら病院に居た感じなんです。傷からして正面から切られたみたい何ですけど、見ていないのか思い出せないのか、顔どころか背格好も全然分からなくて」


 和服で赤い髪で頭に角を生やした絶世の美女が扇子で切りました、と正直に答えたら正気を疑われそうだったので警察には全く顔を見ていないと答えてある。結果として今この場において非常に助かったけど。

 金城さんは少しだけ考える素振りを見せてから口を開く。


「どうやって端末を見付けたのかね?」

「え?」

「いや何、襲われた時刻は大分日も傾いて薄暗かったのだと思うのだが、端末は決して大きいものではないし見付けにくいのではないかと思ってね」


 うわ、盲点だった。言われてみれば紅玉を連れて公園に戻った時は確かにかなり薄暗かった気がする。どうしよう、あまり長考すると嘘を言っているのがばれてしまうかもしれないし。取りあえずはっきりと覚えていないという予防線を張りながらこの場は適当なことを言って誤魔化しておくべきか。


「多分、街灯の下に落ちていたんだと思います。何となくですけどぱっと見つかったような気がするので……ごめんなさい、大分時間が経っているので記憶に自信が無いんですけど」


 これならあまり不自然ではないだろう。もしどこか指摘されたとしてもやっぱりこうだったと訂正すれば良いし、なんなら切られたことが衝撃的過ぎてもう覚えていないと答えてしまえばいい。実際、私が本当に通り魔に襲われていたとしてもそんな細部のことまで覚えているかどうか怪しいところだ。

 金城さんは再び考え込むような素振りをしながら自然な動作で机を指で軽く叩く。すると後ろに控えていた黄金ともう一人の鬼が静かに一礼してから口を開いた。


「姿を全く記憶していないことからして鬼に襲われたことに間違いはないでしょう。見つけた直後襲われたことからしても、襲った鬼は興味本位で少女を誘い出すために端末を抜き取り見付けやすい位置に置いたのではないかと」

「普通に考えればそうね。まず端末が無くなったことに気付くか否か、気付いてどう行動するか、切り付けられてどう反応するか。観察していたのか楽しんでいたのか。無い話では無いでしょう?その後に鬼との接触が無いならそちらのお嬢さんはたまたまその目に留まって玩具代わりにでもされたのではなくて?」


 普通に考えてもそうはならないだろ。鬼の普通は一体どうなっているんだ。いや、勝手に都合よく解釈してくれるのは有難いんだけども。


「なるほど、確かにそれなら簡単に見つかっただろうね。最後にもう一つだけ質問があるんだが…」

「はい、私に答えられることでしたら…」


 最後、という単語に弛みそうになる気持ちを姿勢を正すことで引き締める。ああでも、良かった。無事に終わる。生きた心地はしなかったがそれでも瑠璃を呼ぶような羽目にはならなくて本当に良かった。


「率直に聞こう、君は鬼を見たことはあるかね?」

「……え?」


 率直にという言葉通りにあまりに直球な質問に私は目を見開いて固まった。固まってしまった。

 待って、これなんて答えるべき?ひょっとして鬼が見えることに気付かれた?それとも疑われている?取りあえず、あると答えるのは絶対だめ、考えるまでも無い。進んで自白するような趣味は無い。じゃあ無いと答えれば良いだけなのだけど、もう完全に動揺してしまっている自覚があるので今返答に対して何かしら突っ込まれたら上手く誤魔化せる気がしない。


「……鬼、ですか?」

「そう、鬼。頭に角が生えているようなもののことだね」


 金城さんの言葉に、彼の後ろに居る鬼たちに向かいそうになる視線を机の上に固定することで何とか阻止する。どうしよう、どうしよう、どうしよう。最後の最後でこんなことになるなんて。どうにかしてやり過ごさないと。

 普通の、鬼が見えない人間なら何て答える?一般的に考えて、真面目な顔をした相手が何の脈絡も無く日常的に使う単語でもない『鬼』なんて言葉を発したら、そんなの。


 普通に不審者だと思う。


「あの、ひょっとしてこれ宗教の勧誘か何かなんでしょうか?すみません、父の実家が繧繝神社にお墓があるのでそういうのはちょっと…」


 黄金が噴き出した。


「あはははははっ!」

「黄金!笑うなっ!」

「いや、すまない。ただの確認事項みたいなものだから、そういうのではないので安心して欲しい」

「あは、だって…ふふっ、あ、主が宗教の勧誘、ふふふふ、おかし、あはははは!」


 金城さんの苦い表情が不審者扱いされたからなのか自分の鬼に爆笑されているからなのか、判断が難しいところである。なんにせよ金城さんを不審者扱いしたことで私が不審に思われている様子は無さそうだ。


「質問は以上だ、授業中にわざわざすまなかったね。教室に戻って良いよ」

「あ、はい。失礼します」


 良かった、どうにか乗り切った。達成感で一杯である。しかしそれを表には出さないように努めながら静かに席を立ちあがる。


「また会いましょう、面白いお嬢さん」


 ドアノブに手を掛けたタイミングで黄金の声が聞こえた、が、返事はしない。当然である、私は見えていないことになっているのだから。相手も私の返事は期待していないだろう。

 

 その直後。

 パン、と風船が割れるような音が響いた。

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