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校長室の皮張りのソファーの上に座り、金城は手元の資料に目を落として人を待っていた。
金城がここに来た目的はただ一つ、自身の管轄する三区内に潜んでいると想定される管理外の二体の鬼の捜索である。一体は四役統括に封印されていた甲級、そしてもう一体は現在待っている少女を襲ったとされる乙級。鬼としての危険性は甲級の方が高く、実害を考えれば既に人を襲っている乙級の方が高い。どちらの鬼も放置するには目に余る存在である。
そして金城の焦りを煽るのが封印が解かれて以降、少女を襲って以降、その鬼たちは存在を感じさせないほどに気配を全く消していることだ。管轄内に探知の術を張り巡らせてはいるが反応はまるで無い。本当に居るのかどうかさえ疑わしいほどだ。むしろもう近辺には居ないと言われた方がすんなりと納得できる。
自分の管轄外に出て行ったのであれば別に構わない。今朝まではそう思っていた。
だが金城の一ノ鬼、白金が戻ってこないとなれば話は変わって来る。白金は金城家の先々代当主である祖父から譲り受けた鬼であり金城家に忠誠を誓っている鬼だ。金城家もまた鬼を討伐した際には白金に角を与え続け、鬼としての等級は未だ乙級ではあるがその霊力自体は甲級に迫るほどである。
忠義で言えば黒金も真面目な性格であるし、霊力は劣るものの実戦においては黄金も確かな実力を持っている。しかしそれを踏まえても白金の不在は金城にとって大きな不安材料なのである。
それでも金城は白金が裏切った、或いは殺されたとは考えていなかった。勿論最悪の事態として想定はしているがそれも本当に万に一つ程度だ。どちらかと言えば戻ってこれない不測の事態が起きている可能性が高いと思って居る。
そう。例えば封印されていた甲級、或いは人を襲った乙級を発見してしまった、とか。そして当該の鬼がまだ管轄内に居るのであれば討伐なり捕獲なりそれなりの対応にでなければならない。
「やれやれ、まったく面倒なことになったもんだ」
くすくすと笑い金城のぼやきに反応したのは後ろに控えていた黄金だった。
「あらあら、面白いことをおっしゃるのね。面倒ごとを引き受けるのが主のお仕事でしょう?」
黄金は楽しそうに笑っていることからして金城が困っているのを面白がっている様子である。金城は鬼を術で縛り使役してはいるが言動や細かい行動まで制限を掛けることは出来ない。そして黄金の扱い難さは良く睡眠をとることもそうだがこの忠誠心の低さが主な要因だ。
「黄金、不敬だ」
「いやだわ、事実じゃない。黒金は固すぎるのよ」
黒金が諫めても態度を改める気が無い黄金に金城は溜息を吐き出した。普段は一ノ鬼である白金が諫めれば一時的にではあるが黄金は口を閉じる。それほどに鬼の中で一ノ鬼は絶対で白金の実力は黄金も認めるところである。白金が居なければ金城は黄金を調伏させることは出来なかったことだろう。しかし今はその白金が行方不明。
「…頭が痛い」
金城はぼやきとともに溜息を吐き出した。自分が如何に普段から白金に頼っていたかを痛感してしまう。
「失礼します」
そんな中、部屋の外から若い女性の声が聞こえるのとほぼ同時にドアがノックされた。金城は一度黄金を振り返り暗に黙っているようにと睨みつけてからドアに向き直る。
「どうぞ」
入るように促すとドアが開く。そうして入って来たのはこの学校の制服を身にまとった少女だった。
彼女の視線はまず金城に向かい、それから戸惑いがちに室内を見回してからまた金城へと視線を戻す。
「えっと、すみません。私さっきの校内放送で呼ばれたんですけど、先生はどこに…?」
「私が先生に頼んで呼んでもらったんだ。君と少し話がしたくてね。如月妃芽さんだったかな?」
はあ、と困惑した様子の少女に金城は自分の目の前の席を勧め、彼女が座るのを待ちながらその様子を観察する。
如月妃芽。五代前までの家系を辿っても鬼との関りは無し。守護四役との関わり無し。学業成績は中の上から中の中。帰宅部。非行、補導、犯罪歴、共に無し。家族仲は比較的良好ではあるが、数年前からオンラインゲームにはまっており、それが原因で親と数回喧嘩している。
金城の手元の資料に書かれた通り如月妃芽は外見からしても特筆すべきところの無い、探せばどこにでも居そうな普通の少女だった。
しかしながらそんな何の変哲も無い少女が、先日鬼に襲われ瀕死の重傷を負った。
にわかには信じがたいことである。通常鬼は自らの姿が見えない人間を背景の一部程度にしか考えておらず興味を示すことはまず無い。生き物を殺傷することを好む鬼も稀に居るが、今のところ襲われたのが目の前の少女だけなのを考えればその線は薄いだろう。つまり襲われた少女は鬼が見える可能性が高く、襲った鬼の姿を見ている可能性がある。
「あ、すみません。校長室って入ったことなくて緊張しちゃって…」
そう思って居たのだが。後ろに控える鬼に何の反応も示さず、慣れない校長室の為かそわそわと落ち着きの無い少女を見て金城は表情に出さずに落胆していた。
(ハズレか)
常識的な人間であれば頭に角が生えた人物などという日常に馴染みの無い相手が居れば大なり小なり反応を示すがそれが無い。それどころか目の前の少女には霊力がほとんど感じられない。これでは術を扱うことはおろか鬼や術を見ることも出来ないだろう。
「ふふっ、主のお顔が怖いから可愛いお嬢さんが怯えてるじゃない」
「黄金!口を慎め!」
ごほん、と一度咳ばらいをして後ろの鬼たちに黙るようにけん制した。その意図は正しく伝わったらしく後ろから声がしなくなったことを確認してから金城は、顔が怖いと言われたことを気にしたわけではないが、なるべく柔らかく笑うように心がけて少女に話しかける。
「早速で悪いんだが、君は先日通り魔に襲われているね。その件について話を聞かせてもらえるかね?」




