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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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8

 翌日、眠たくなるような午後の授業。今日の教室に空席は無く、当然目の前の佐藤君の席も空いておらず、瑠璃は座る私の脇に控えるようにずっと立っていた。私はあくびをかみ殺すふりをして横目に彼の様子をうかがう。

 一日中立ちっぱなしだというのに瑠璃は涼しい顔をして正面の黒板を見ているようだった。先生がその姿を見れないのが残念なくらいに私よりよっぽど真面目に授業を聞いていそうである。家の結界は紅玉が担当することになったし、こうして見ている限りでは昨日の疲労を引きずっている様子は無さそうだ。しかしながら私は昨日こうして平然と立っている瑠璃がギリギリの状態だったことに気付けなかったので自分の目をあまり当てにしていない。そして彼自身からの大丈夫という言葉も当てにしていない。まったく、何を信じれば良いのやら。

 かと言って瑠璃に家で休むように言ったところで聞き入れて貰えないだろうということは今までの短い付き合いからでも理解している。多分瑠璃は名誉や誇りを重視するタイプなので一ノ鬼に相応しい振る舞いとして主である私の側から離れることを嫌がるはずだ。それにいくら私の前で休戦協定を結んだとは言え紅玉と一緒に家に残す方が心配である。この二人は一緒に居ると留守番も満足にさせられない。


 結果としてこうして学校についてきてもらうことが最善になってしまった。瑠璃の思うつぼである。まあ、普通に過ごしている分には私の護衛なんて何もすることが無いのだし家で休んでいるのと大して変わりは無いだろう。

 そう思っていた矢先のことだった。


『二年二組如月さん、至急校長室まで来てください。繰り返します、』


 スピーカーからもう一度同じ内容が流れてくる中、教室の視線が私へと集まる。下の名前こそ呼ばれていないがこのクラスに如月という苗字は私しか居ない。何なら学年でも私しか居ない。つまり二年の如月と言えば間違えようも無く私なのだけども。


 え?なんで?校長室?私、何かしたっけ?


 困惑する私に対して同じく困惑した様子の先生が、至急と言われているのだから取りあえず校長室に向かってはどうか、と提案してきたので私は訳も分からないまま席を立って校長室へと向かう。

 そして私が教室を出ると何も言わなくても当然のように瑠璃が私の後を付いてくる。今日は学校に来てから私から話しかけていないし、瑠璃からも話しかけてくることは無かった。本当に側に控えているだけである、瑠璃の姿が見えている立場としては気まずいことこの上ない。それでも紅玉の時のようにこちらの状態を気にせずいつでも話しかけてくるよりは楽で助かっているのだが。


「妃芽、足を止めてくれ」


 え、と思わず声に出して聞き返してしまった。そして足を止めるより先に瑠璃の腕が私の前を遮って来る。幸いにして授業中なので廊下には誰も居らず、私が突然立ち止まったり声を上げたことを不審がる人物はいない。それを確認してから私は瑠璃に声を掛けた。


「瑠璃?どうしたの、突然」

「目を凝らして前を見て欲しい。上手く隠してあるが術が張られている」


 瑠璃に言われて注意して前を見ると細い糸のようなものが廊下を縦に横に幾重にも張り巡らされていることに気が付いた。その光景はさながらスパイ映画の赤外線センサーのようである。


「これって…」

「探知系の術だ、多分触れても害は無い。どうやら鬼がこれに触れるとこの術を使っている奴に伝わる仕組みみたいだ」

「そんなことまで分かるの?」

「以前に似たようなものを見たことがあるし、術式が単純で簡素だと読み解くのも簡単なんだ。妃芽もその内出来るようになると思うよ」


 簡単に言ってくれるが絶対に無理だと思う。


「朝にここを通った時には無かったよね」

「そうだね。タイミングからして君を呼び出している奴の仕業と見るのが妥当じゃないか?」

「待って、何で?鬼を探知する術なら私を呼び出しても意味が無いでしょ?それともこの術って鬼以外がここを通っても伝わるものなの?」

「ここを鬼が通ると予想できるだけの何かがあるんだろうね。あるいは『鬼を連れた人間』かな」


 鬼を連れた人間。当然、瑠璃を連れている私のこと。

 見える人間が居ない前提で連れて歩いていたけれど軽率だったのだろうか。


「それってやっぱり相手も鬼が見えているってことだよね」

「それどころかこうして術も扱える辺りからして、鬼を従えるか、捕らえるか、狩るか、そのいずれかを目的としているとみて間違いないだろう」


 以前瑠璃が公園で鬼狩りの罠に掛かっていた時のことを思い出す。もしあの罠から抜け出せなかったら瑠璃は今言ったような目に遭って居たのかもしれない。それはなんとも後味と寝覚めが悪い話だ。


「…一応聞くけど向こうが友好的な関係を望んでいる可能性は?」

「無いだろうね。術に隠蔽の術が重ねてある、僕や妃芽の目でも見えにくいのはそのせいだ。行動を先に察知して不意を突こうとするような相手と友好関係は結んでも気が休まらないだろうし、ただの臆病者の可能性も無いわけじゃないけれどわざわざ妃芽の学校にまで出向いている時点で限りなく低い可能性だ」

「…出向いたってことは先生とか学校関係者じゃないんだ?」

「絶対とは言い切れないけど、仮に学校関係者で鬼が見える人物が居たとすれば行動が遅すぎる。もし来るなら妃芽が紅玉を連れていたタイミングで来ていなければおかしい」

「じゃあこの術を仕掛けた相手は瑠璃を探しているってことになるけど…」

「僕は敵の探知に掛からないようにこまめに術を使っているからそれは無い」


 いつの間にそんな術を使って居たのだろう。瑠璃って本当に抜け目がないな。


「ひょっとすると何となく気になるところを手当たり次第当たっているだけかもしれないね。そもそも鬼の存在を確信して居たらこんなまだるっこしいことはしないだろうし」

「こういう時ってどうするべき?手を叩いてこの術を消しても大丈夫なの?」

「推奨は出来ない、術を消すということは術が見えていると相手に教えるようなものだ。相手の警戒感を煽る結果になるだろうし、術が消えたことに気付いた相手がどういう行動に出るか分からないからね」

「でも呼び出されたのに行かなかったらどのみち怪しまれるよね」

「そうだね。どっちにしろ同じことなら堂々と通ってこの先に居る相手の息の根を止めてしまうのが一番手っ取り早い方法だ」

「なるべく穏便な方法でお願い」

「なら力でねじ伏せて上下関係をはっきりさせた後に和議を結ぶのはどうだい?」

「穏便って言葉の意味分かってる?戦わない方法は無いの?」

「……あるにはある、けど、正直選択肢に加えたくない」


 言い渋る瑠璃を無言で見つめると苦い顔をして目を逸らされる。それでも尚じっと凝視すると瑠璃が観念したように溜息を吐き出した。


「考慮するに値しない案だ。…まず君が鬼の主だと相手が確信を持っていない前提が必要だ」

「その可能性が高いって話だったよね」

「……妃芽に危険が及ぶ可能性がある」

「でも穏便に済ませる可能性もあるんでしょ?」

「………」

「瑠璃」


 逸らされていた瑠璃の目がこちらを向く。表情こそ澄ましているが綺麗な青い目に不安と不満をありありと湛えていた。心配してくれているのだろう。紅玉のほうが感情の起伏は激しいが、だからと言って瑠璃が不愛想と言うわけではない。むしろ瑠璃の方が情が深いように思う。心配性とも言う。


「この術は鬼にしか反応しない、そして呼ばれているのはあくまでも君だけだ。…だから、妃芽が一人で行く分には何も問題無い。鬼が主に選ぶのは鬼を見ることが出来る相手だけ、鬼の姿が見えない人間がやってくれば相手は勘違いだったと退くかもしれない」

「つまり?」

「妃芽は鬼が見えないふりをして、僕が側に居ない危険な状況で、一人で、この先に居る安全かどうかも分からない人物と、或いは鬼と会ってこなければならない」

「わかった、それでいってみよう」

「妃芽っ!」


 声を荒げる瑠璃に一瞬怯んでしまうが、それを見た瑠璃が私以上に怯んだ顔をするので思わず笑ってしまった。すると瑠璃の眉間のしわが一層深くなる。


「大丈夫だよ、私自身もともと鬼が見えていない人間だったんだし。それに相手が一度諦めてくれた方が都合が良いでしょ?それとも私のこと信じられない?」

「そういう言い方をすれば僕が引き下がるとでも?信じる信じない以前に君に危険がある以上は許容出来ない」

「信じられないんだ?」

「ふざけるのはやめてくれ、僕は真剣な話をしている」

「奇遇だね、私もだよ」


 それからまた睨み合いになる。今度はさっきのようにすぐ目を逸らされることは無く睨み合いは数秒間続き、それでも先に目を逸らしたのはやっぱり瑠璃だった。思わず苦笑いが出る。主だからなのか瑠璃はなんだかんだで私に甘い。


「分かった、今回は僕が折れる。ただし危険が迫ったら手を叩いて知らせてくれ。周囲の術が消えたらそれを合図にすぐに駆け込むから」

「分かった、なるべくそうならないように気を付けるね」

「もし相手が鬼を連れていたらそちらを見ないように、話しかけるなんて論外だ。あと目が合ってしまった場合はあからさまに目を背けるとかえって興味を持つ可能性がある。室内を見回すふりをしてなるべく自然に視線を外すように。あと、」

「分かったから、大丈夫だって。あんまり遅くなっても怪しまれるからそろそろ行くね」


 長々と続く忠告を遮り瑠璃に背を向けて、私は無数の糸が張り巡らされている廊下へと踏み出した。

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