7
紅玉に膝枕をして早数十分。膝が痺れてきた。
適当なところで紅玉が自分から起き上がるだろうと思っていたのだが全く起きる気配が無い。どうしよう、これは私から膝枕の終わりを言い出さないといけないのだろうか。でも紅玉からやり始めたことをこちらから終了するように提案したらまた不機嫌になりそう。
私がどうやって穏便にどいてもらうか考えていると前触れなく紅玉が起き上がった。私の願望が伝わったのかと一瞬思ったが階段を上がって来る足音が聞こえてきたのでそうじゃなかったことを遅れて理解する。
そしてその足音は私の部屋の前で止まり、足音の主がドアをノックした。無言でドアをノックしてくる時点で足音の主は大体分かる、瑠璃だ。
「入っていいよ、瑠璃」
私がそう声を掛けると予想通り瑠璃がドアを開けて入って来る。
簡単な推測だ。父はまだ帰ってきていないしノックするより先に名前を呼ぶ、大声でこちらが返事をするまで呼び続ける。あれは止めて欲しい、絶対にお隣さんに聞こえてる。母に至ってはいきなりドアを開けてくる。血縁のある同性であっても止めて欲しい。二人とも思春期の子供に対してどうかと思う。
それはそうとして。瑠璃は部屋に入る前に私に向かって一礼してから部屋に入って紅玉に向き直った。その途端私の隣から紅玉が扇子を開く音が聞こえて冷汗が滲む。まさかそんな、ついさっき止めたばかりなのにまた争うつもりなのだろうか。止めて欲しい。命が幾つあっても足りないし、この二人の殺気に私の心臓がもたなくなってしまう。
そのまま両者は数秒間睨み合って、先に声を出したのは紅玉だった。
「停戦だ」
ふん、と。紅玉は面白く無さそうに鼻を鳴らしてそう言った。それに対して瑠璃は少しだけ目を細める。
「今ここで貴様の角をへし折ることは草木を手折るよりも容易く、その方が禍根も残らず清々する。だが主は儂らが片方だけでも欠けるのが気に食わぬらしい。我が主ながら慈悲深く、そして強欲だ。しかしながら儂はそんな主を気に入っておるし従うこともやぶさかではない。故に甚だ不本意極まりないが、致し方無く、この儂が妥協して、停戦にしてやろうと言っておるのだ」
私の為に妥協に妥協を重ねても終戦ではないのか。あくまでも停戦なのか。
「……妃芽、それで構わないかい?」
瑠璃が紅玉ではなくて私に返答を求めてくる。何故こちらに話を振ったのか、と思わないでもないが紅玉が異を唱えない辺りからして元々決定権は私にあったらしい。
構わないかどうかと聞かれれば、構う、納得できない、停戦ではなくて終戦して欲しい。二人の為互いの為にではなく、私の為に。私の心の安寧の為に。
仲良くしろとは言わない、個性があるのだから相性の悪い相手が居て当然だ。喧嘩するなとももう言わない、仲の良い相手でも喧嘩することがあるのだからそうでない相手を前にした時の対応など言及するまでもない。
せめて命を取り合うようなことは止めて欲しい、本当に止めて欲しい。私の心の安寧の為に。
それだけを考えればたとえ一時しのぎにしかならないとしても停戦させておくのはそんなに悪いことではないのかもしれない。勿論終戦してくれるのが最善ではあるがそれが現実的ではない以上、少なくとも次善の選択くらいにはなるだろう。
「構わないよ、二人が殺し合わないなら何でも。そもそも私は二人に喧嘩しないように何度も言っているはずなんだけど」
「分かった、僕は君の選択に従おう」
あくまでも紅玉の提案に乗ったというつもりは無いらしい。と言うかその為に私に回答を求めてワンクッションを作ったのだろう。だとすれば瑠璃は本当に面倒くさい性格をしている。
紅玉が扇子をパチンと閉じる音がしたのでそちらへと視線をやる。
「主よ、先に断っておくが儂は此奴に直接手を下さぬというだけだ。たとえ儂の目の前で此奴が死の危機に瀕して居ようが助けることはせぬぞ」
「え?」
紅玉の発言の意味が分からず首を傾げた。
そんなことは言われずとも理解しているつもりだ。停戦するということは二人が殺し合わないというだけで仲良くしようという話でも助け合っていこうという話でもない。そうしてくれれば私としても安心出来るのだが流石にそこまで望むのはこの二人にとって酷だろう。
「それくらいは分かってるよ、取りあえず二人が殺し合ったりしなければそれで良いから。あとは…そう、他の鬼をけしかけたりとか第三者が作った罠にわざと引っ掛けたりとか、そういう間接的なことも止めてね。あと私が助けるように言ったら出来る限り助けるように」
言った瞬間ほんの僅かに瑠璃が身じろぐ。そのほんの僅かな動作で瑠璃が隠そうとしている動揺が垣間見えてしまい、私は紅玉がわざわざ聞き返してきた理由に見当が付いてしまった。
多分瑠璃は今付け加えて禁止したことを平気でするつもりで居たのだろう。間接的に紅玉を消すつもりだったのか私の命令を無視して見捨てるつもりだったのか、或いは両方か。当の瑠璃は僅かな動揺はなりを潜め、表情こそ変わらず澄ましているように見えるが目元だけ鋭く細め紅玉を睨みつけているように見える。余計なことを言いやがって、とでも言いたそうに見えるのは私の気のせいではないだろう。危ない、曲解は瑠璃のお家芸なのに油断していた。
それに伴って瑠璃を側に置くなら禁止事項を細かく言っておけみたいなことを紅玉に言われていたことを芋づる式に思い出した。丁度良い機会だし私の中で共有されていると思って居ることを確認しておいた方が良いのかもしれない。
「あと、改めて言う必要無いと思うけど無関係の人に術を使ったり殺したりとかもしないでね?それと鬼同士のことに私があまり口を挟まない方が良いんだろうけどさ、出来れば鬼を相手にするときでも必要が無ければ殺さないで欲しいんだけど…」
両者から返答が無かった。折角見直したのに、紅玉。お前もか。




