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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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6

 瑠璃を置いて二階へ上がり、私はまず父の部屋のドアを開ける。まだ帰宅していない父が部屋に居るはずも無く、室内はしんっと静まり返っていた。それを確認してから私は静かにドアを閉める。同様に他の部屋も確認していき、残すのは私の部屋だけとなって私は溜息を吐き出した。

 格好付けて二階へと上がっていったくせして何故私の部屋を占拠しているのだろう。

 コンコンと一応ノックをしてみるが返事は無い。


「紅玉、入るよ」


 さっきは結果的に瑠璃の味方をしたため紅玉は不機嫌になっていると思われる、ので、念には念を入れて一声を掛けてから私はドアを開ける。そして部屋に入って真っ先に目に入って来たものに目を疑った。


 私のベッドの上に大の字で横たわる美貌の鬼。


 今すぐに部屋から出て何も見なかったことにしたい衝動をそっと目を伏せることによって何とか堪えた。

 どういうことなのだろう。あれは何かの意思表示なのだろうか。メッセージ性は確かに十分ありそうだがそれ以上にインパクトの方が強烈過ぎて何も伝わってこない。目には留まるが何の広告か分からない看板のようである。

 瞼を上げてもう一度紅玉を見る。大の字から微動だにしていない、見間違いであって欲しかったが現実とは斯くも非常である。仰向けに大の字になっているが目を閉じているために何を考えているのかさっぱり分からない。紅玉ほどの美人がベッドに横たわっているという状況だけならば眠れる森の美女を彷彿とするのだが、如何せん大の字のせいで台無しだ。


「紅玉」


 声を掛けてからようやく紅玉の瞼が持ち上がる。むすっとした表情でこちらを見てくる辺りからして不機嫌ではあるが当たり散らすほどではないのだろうと推察してベッドの空いているスペースに腰掛ける。


「何の用だ、蓮葉」

「はちすば?それ誰の名前?」

「……浮気者という意味だ。嫌味も通じぬのか、我が主は」


 決まりが悪そうに紅玉が溜め息を吐いて体を起こす。良かった、ベッドから下りてくれなかったらどうしようかと思った。床やリビングのソファーで寝る事態は避けられそうである。


 そう思って油断したところで私の膝の上に紅玉の頭が乗ってきた。

 所謂膝枕である。え?なんで?


「主よ、何故あんな鬼を連れてきたのだ」


 困惑する私をよそに紅玉の声はまだ不機嫌そのものだった。とても膝枕について言及できる雰囲気ではない。


「今更?…えっと、まあ、なりゆきで…」

「何故彼奴を庇うのだ、居なくても良いではないか」

「いや、だって紅玉が殺そうとするから」

「汝には儂が居るではないか。何故あのような泥棒猫を家に連れ込んだのだ、外で逢うだけならまだしも…まして儂をさしおいて一ノ鬼に据えるなどと」

「あ、思い出した。紅玉、昼ドラ見るの止めない?」

「話の腰を折るな、唐変木」


 私に背を向けて頭を預けているので表情こそ見えないが、話の内容と声音、そして太腿をぺしぺしと軽く叩いてくることからして紅玉が拗ねていることが分かった。しかしそんなことを言われても困る。瑠璃が紅玉を殺そうとしたときは紅玉の方を庇ったし、どちらかを贔屓しているとかいう感覚は一切無い。ああ、でも紅玉を庇ったとき彼女は術に拘束されていたからその場面を見ていないわけか。それだと確かに瑠璃を贔屓しているように見えるかもしれない。だからと言って今更その時のことを説明すれば恩着せがましく聞こえてしまうだろう。どうしたものか。


「撫でよ」


 途方に暮れているところに膝の上から声がした。しかしその内容があまりに突拍子も無くて聞き間違いかと耳を疑う。


「特別に儂の頭を撫でさせてやる。それで今のところは許してやる」


 聞き間違いじゃなかった。だとしても撫でさせてやるに対して許してやると言っているのはおかしいと思う。撫でたら許してやるの間違いではないか。要は紅玉が撫でて欲しいだけなのだろう。

 まあ、そんなことを口にしたところで紅玉が尚更拗ねるだけなのでここは大人しく従うことにする。

 私はそっと紅玉の頭に手を乗せて髪の流れに沿うように指を通していく。

 触る前から思って居たが触ってみて尚更その髪の滑らかさに驚愕した。絹糸のような髪とはこういうことを言うのだろう。細く、柔らかく、豊かで、鮮やかな赤色の髪。見目麗しい紅玉ではあるがその美貌は髪の毛一本をとっても完成した状態のようである。他人の頭を撫でているというよりは美術品に触れて鑑賞している感覚に近いかもしれない。


「心が清いまま人を誑す主は質が悪い。いつか背中から刺されるぞ」


 改めて紅玉の端麗さに感心していると突然紅玉が口を開く。

 背中から刺されるとは、藪から棒に物騒な。いや、腹から切り裂かれたことならあるけども、今膝に頭を乗せてきている鬼に。


「大丈夫だよ、紅玉と瑠璃が居れば。信じてるから」


 私は頭を撫でる手を止めずに答える。

 もうしないって信じてる。本当に。もしどちらかが奇行に走ったり暴挙に及んだりしてももう片方が止めてくれるって信じてる。むしろ止めてくれないと困る。


「…うつけ者が。そういうところを咎めて言っておるのだ」


 そうして何度か紅玉の頭を撫でていると幾分柔らかくなった声が、それでもまだ不機嫌そうにぼそりと呟いた。

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