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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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5

 紅玉が二階に行ってから十数分間、母に怪しまれないようにいつも紅玉が座っているソファーへと移動しテレビを点けたものの瑠璃はずっと無言だった。手を引けば付いては来るのだが口を開く気配は無い。取りあえず無言のままでも私の隣に座らせることには成功したのだが彼は沈痛な面持ちをするばかりで言葉を発しようとはしなかった。そして瑠璃はこちらを見ようともしないので視線が合うことも無い。


 気まずい。

 どうしたものか。


 さっき紅玉が瑠璃は力を使い切ったと言っていたのでいつもの防音の術、結界は使えないだろう。それに加えて声が届く範囲に母が居るので堂々と瑠璃に話しかけることは出来ない。

 それでも多少時間を置いたからなのか噴き出していた汗も引いて呼吸も整い、さっきみたいな苦しそうな様子が無いことは安心材料ではある。逆に彼の体調を心配する必要が無いからこそ、これから死にに行くみたいな顔をしていることが気になって仕方がないわけなのだが。


「妃芽」


 消え入りそうな声が私の名前を呼ぶ。その声は確かに瑠璃のものであるのだけれど出会ってからこうも弱々しい声は初めて聞くのでまるで別人に呼ばれているような気分だ。


「どうか、捨てないでくれ」

「…え?」


 予想外の言葉に思わず聞き返す。

 捨てないで、とは。一体どういうことだ。果たして瑠璃の所有権が私にあるのかどうかという点については話がややこしくなるので取りあえず置いておくとして。そもそも捨てるとか言った記憶も無いんだけど、瑠璃は一体何の話をしているのか。


「主である君の命に背いた挙句醜態を晒した鬼を不要だと考えるのは正しい判断だ、本来であれば口を挟む余地など無い。だからこれはただの哀訴になってしまう、惨めだと笑ってくれ。……だがもし、ほんの少しでも良い、僕に対して情を感じているのであれば、どうか慈悲をっ…」


 何かに耐えるように固く閉じられた瞼に絞り出すような声。そんな瑠璃の歎願の中から『不要』という単語だけ拾って私は彼の悲痛な態度に納得した。

 恐らく彼はさっき紅玉に向かって『要らない』と言ったことを自分に言われたことだと勘違いして過剰反応を示しているのだ。


「瑠璃、落ち着いて。少し話そう?」


 テレビの音源に消える程度の声で話しかけるとようやく瑠璃の顔がこちらへ向き視線が交わる。彼の青い目は不安に揺れているものの真っ直ぐに私を見つめて言葉を待っているようだった。それはまるで私に縋っているかのようでなんとも居心地が悪い。

 横目に母がこちらに意識を向けていないことを確認してから静かに語りかける。


「まず先に言っておくけど…私は瑠璃のこと捨てるつもりは無いよ」


 瑠璃の目が信じられないものを見るかのように見開かれる。その目には薄く涙が滲んで見えて、正直泣きだすんじゃないかと思った。


「でも同じくらい、紅玉を手放すつもりも無いから」

「……あいつは、君の体に傷を付けた大罪人だ」

「そうだとしても私の中では終わった話だよ」


 傷跡こそ残ってはいるものの日常生活を送るのに支障が無い程度まで回復した今となっては私にとって完全に終わった話だ。そして謝ってくれていない紅玉ではあるが憎む気にならないというのも事実である。

 安心させるために言った言葉なのだが瑠璃の表情は晴れないままなので、取りあえず話題を変えることにする。


「それよりもう大丈夫なの?さっきは大分苦しそうだったけど」


 全部を言い終わる前に母がこちらに近づく足音が聞こえてきて言葉を区切る。それを見た瑠璃が徐にキセルをくわえてふっと術を吐き出した。多分いつもの防音の結界だろう。

 

「この通り、ある程度回復したよ」

「自然回復するんだね」

「…さっき紅玉も言っていたけど体力みたいなものだからね、角の欠損と違って休めば回復するんだ。流石にまだ全快とはいかないけれど」

「そもそもだけど何でガス欠みたいになっちゃったの?前に紅玉と戦ったときの方が凄かった気がするんだけど」


 今回瑠璃は術を出してはいたけど以前紅玉と殺し合ったときの方がやり方が凝っていていたし次から次に繰り出していたので、私としては今回あれだけの術で倒れたことが不思議で仕方ない。

 それを指摘すると瑠璃は苦々しい表情をしながらも素直に説明を始める。


「僕は戦闘に特化して術を極めてきたから、その…苦手なんだ、遠くの結界を維持するようなことが。距離が離れるほど消耗が激しく精度も落ちる。でも妃芽の家を守る結界を緩めるわけにもいかないから予想以上に力を消耗していてね」


 果たしてそうまでして私の家に結界を張っておく意味があるのかという疑問はさておき。

 なら学校についてきたのは遠距離の術が苦手な瑠璃が私を確実に守れるようにと思ってのことだったのか。平凡な生活をしている身としてはそれこそ意味があるのか疑問である。


「そんな状態で紅玉に喧嘩を売ったんだ?」

「返す言葉も無い。自分の限界は把握しているつもりだったけど頭に血が上って見誤ったみたいだ」


 それで殺されかけたのだからシャレにならない。本当に気を付けて欲しい、肝が冷えた。

 一層神妙な顔をした瑠璃がソファーを立って床に正座し静かに頭を下げる。


「主の命に背き、無様な姿を晒した。君があいつを止めていなかったら今ここに僕は居ない。…情けない話だ、妃芽が相応しくないと思うなら一ノ鬼の座を返上しよう」

「え?何で?」


 間髪入れず聞き返すと顔を上げた瑠璃の驚いたような反応が返ってくるので少しだけ笑ってしまう。本気で一ノ鬼を辞めさせられると思っていたようだ。


「私は紅玉より瑠璃の方が一ノ鬼に相応しいと思っているし、それは今も変わっていないよ」


 瑠璃が相応しいというか、紅玉が相応しくないというか。

 さっきの瑠璃と紅玉の会話からして紅玉は紅玉なりに今まで動いてくれていたようではあるのだが、それでもこの評価を覆すほどではない。少なくとも人の腹を掻っ捌いておきながら開き直る紅玉より失敗して凹んで地位を返そうとしている瑠璃の方が人格的によっぽど一ノ鬼に相応しいと思う。


「それとも瑠璃は嫌だったりする?」

「まさかっ!そんなわけっ…!」


 身を乗り出して否定する瑠璃に思わず背を反らした。それに気づいた瑠璃は慌てて体を離し居住まいを正して仕切り直すように咳ばらいをする。


「僕にとってはこの上ない話だ。君が許してくれるなら断る理由なんて何一つ無い」

「じゃあ改めてよろしくね、瑠璃」


 私が握手を求めて手を差し出すと瑠璃はその手を両手で包むようにして取り、頭を下げて私の手の甲に額を付ける。何かの拝礼のようではあるが、違うそうじゃない。こちらがよろしくと言っているのだから普通に握手で返してくれればいいのに。紅玉もそうだが瑠璃も大概ズレていると思う。


「拝命した。一ノ鬼という立場と賜った名に恥じぬよう、妃芽に降りかかる火の粉は全て僕が払って見せよう」


 火の粉を払うって紅玉を殺すことの暗喩じゃないよね?違うよね?

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