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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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3

 一限目の授業、私は紅玉に言われた言葉を真摯に受け止め従っておくべきだったと激しく後悔している。


「君は今朝僕が着替えを手伝うのを拒んだが、聞けば今まで着替える時に紅玉を部屋から追い出したことは無いそうじゃないか。それが僕は理解できない。どうせあの見た目だけの木偶の坊は着替えを手伝うわけでも無くその場で君の着替えを見ていただけなんだろう?鬼が自分しかいない状況に甘えていたのもあるだろうが役立たずにもほどがある。僕であればそうはならない。現代の衣服の構造もある程度把握しているから着替えを手伝うくらい造作ないし、他の日常生活における煩わしい些事を引き受ける用意もある。だというのに拒まれる理由が分からない、何故あの馬鹿が良くて一ノ鬼である僕が駄目なのか納得のいく説明をくれないかい」


 私の目の前の席を何故か瑠璃が陣取っていた。黒板側に背を向けて私の方を向きながら今朝の愚痴を延々と垂れている。

 瑠璃が当然のように座っているこの席。都合よく空席であるはずは無く、ましてや瑠璃の席であるはずも無く、本来であれば放送委員の佐藤君が座っているはずの席である。登校したときに姿を見た気がするから今日は休みではないはずだ。彼はどこへ行ったのだろう、というか瑠璃は彼をどこへやったのだろう。授業や瑠璃の話よりも佐藤君の安否が気になって仕方ない。

 というか、今朝はあっさりと引いたと思ったけれど何故今更になってその話題を掘り返してくるのか。紅玉と比較される可能性を考えてあの場だけ素直に引き下がったのだろうか。あの場でぐだぐだ言いつのって紅玉と再び喧嘩しなかった点は評価できるが、どのみちこうして掘り返してくる時点で台無しである。


「妃芽、聞いているのか?」


 不機嫌そうな瑠璃がじろりと私を睨む。下らない愚痴の内容はともかくとして、外見年齢が私より年上の瑠璃に睨まれると普通に怖くて畏縮してしまう。

 私は気まずさを覚えながらも一度周囲を見回してから口元を指差した。すると瑠璃は紅玉と違いすぐに察しがついたようで、ああ、と納得したように小さく声を上げる。


「結界ならもう張ってあるから話して大丈夫だよ。外からの認識を妨害しているからよほどこちらに注意を向けなければ気付きもしない」


 瑠璃に言われてから改めて目を凝らせば私と瑠璃を覆うように薄い靄が掛かっていることに気が付いた。試しに片手を勢いよく上げてみたが先生の目はそれを見咎めることなく教室全体を見るように滑っていく。瑠璃のいう結界のおかげなのか、先生が無視したのか。少なくともこの先生は授業中に突然変な動きをした生徒を見逃してくれる人物ではないので瑠璃の術のおかげなのかもしれない。

 いつの間に。瑠璃のこういう抜け目の無さは紅玉より優れていると言えるだろう。


「それで、僕が身の回りのことを手伝うにあたって一体何が不満なのか、説明を」


 何がって言われても。異性が着替えや入浴を手伝おうとすることに不満を抱いて何が悪いのか。

 しかしながらそう言ったところで瑠璃が納得しないのは今朝の瑠璃と紅玉の口論で分かっているつもりだ。まったく、性別が誤差の範疇とかどういう価値観をしているのやら。


「不満も何も、私はそもそも瑠璃にそんなことをするように頼んだ覚えはないんだけど?」


 なるべく怯んでいる様子を見せないように憮然として答えると、瑠璃は一瞬驚いたように目を見開いてから表情を一層険しくする。普通に怖い。父や先生が怒った時の比ではない。そんな顔されても困る、そんな顔するくらいなら私に従うのを止めれば良いのに。


「そんな身の回りの世話みたいなことしなくて良いから」

「…もし遠慮をしているならその必要無いよ、一ノ鬼の務めの内だ」

「遠慮とかじゃなくて、自分で出来ることは自分でしたいの。じゃないと人間的に駄目になると思う」

「君が人間的に駄目になったとしても僕は見限ったりはしない」

「違う、そうじゃない。瑠璃がどう思うかじゃなくて私が駄目人間になりたくないの。私の為なの」


 楽して生きれたら良いなと常日頃から思って居るが駄目人間になりたいわけではない。駄目人間になっても見限らないとか言う前にまずそうなることを止めて欲しい。そして駄目人間を作り出そうとしないで欲しい。切実な願いである。


「それとも、瑠璃は私の言うことなんて聞けない?」


 瑠璃は言葉に詰まり、言葉を探し、言葉を飲み込んだ。とても苦い顔をしていらっしゃる。察するに聞きたくはないけど聞けないとは言いたくないのだろう。そこから更に十数秒後、瑠璃は渋々といった様子で溜息を吐き出した。


「………………分かった、君の意思を尊重しよう。今回は僕が折れるよ」


 やった、勝った!


「ありがと。ごめんね、瑠璃」

「まったく…妃芽には敵わないね。振り回されてばかりだ」


 それはこっちの台詞だよ。

 瑠璃に対する情操教育は今後の課題だ。賢くて手の掛からない鬼かと思って居たが、賢くて常識が無い方がかえって厄介だ。まったく、紅玉のようにドラマから勝手に学習してくれれば楽なのだが。


「ところで妃芽、君は何か持病持ちだったりするのかい?」


 出し抜けな質問、その意図を考える。何だろう、話題を変えるにしても雑過ぎる。何かしらの目的があっての質問だろう、があまりに何の脈絡も無い質問なのでその目的に見当も付かない。瑠璃の表情を見てみるが別段険しくも優しくも無い、ただ疑問を口にしただけみたいな感じである。純粋に私の健康を気遣ってくれているのだろうか。


「特には無いけど、なんで?」


 瑠璃がキセルをくわえていた口から煙を吐き出す。吐き出された煙は窓ガラスをすり抜けて、外で風に舞っていた小さな紙切れを更に細かくしてから空気に溶けていく。

 瑠璃はそれを見届けた後、指で自分の居る位置を指し示した。


「この席の男子生徒、授業が始まる少し前に廊下であの教師に腹痛を訴えていてね。保健室で休むように促されて欠席しているんだ」


 良かった!佐藤君は無事だった!!


「そこで疑問に思ったんだよ。この男子生徒は保健室で休むだけなのに、君は持病持ちでもないのに、昨日、何で、下校を勧められたんだろうってね?……………何か隠しているね?説明を。」


 しまった!罠だった!!


 その後、瑠璃が封印されてからの顛末を説明させられた。瑠璃は無表情で、無言でそれを聞いていた。私は説明が終わった途端に紅玉を殺しに行くのではないかとひやひやしていたのだが瑠璃はそんな様子は見せなかった。かえって静かすぎるくらいだった。

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