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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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2

 着替えを終えて一階に戻ると、というか一階へ行くために階段を下りているとリビングから言い争う声が聞こえてきた。


「はっ、追い出されて当然だ。そもそも何故男の貴様が主の着替えや湯浴みを手伝おうとするのだ」

「黙れ無能。僕は一ノ鬼としての務めを果たそうとしただけだ。大体、性別なんて生きる上で誤差みたいなものだろうが」

「鬼にとってはな、人にとってはそうではないのだ。これだから考えの足りぬ性悪は始末に困る。何でも自分の物差しでしか物事を考えられぬのか、野暮天が」

「まるで自分が妃芽の物差しを心得ているというような物言いをやめろ、不愉快だ」

「貴様よりは心得ているとも、貴様よりは主と長く居るのだからな。そして貴様よりも主の寵を得ている自負もある」

「…死にたいのか?」

「おお、怖い。下命も守れぬ野良犬が入り込んでいると主に教えてやらねばな」

「下らない、それで脅したつもりか?そんなものお前が妃芽に危害を加えようとしたと処分した後に伝えれば済む話だ」

「それは妙案だ。貴様の角をへし折った後に使うとしよう」

「生憎とお前が使う機会は無い、角を折られるのはお前の方だからな」


 いろいろとツッコミどころが満載の会話ではあるが両親の目があるので迂闊にツッコむことも出来ない。言いたいことも言えない、そんな世の中。


 私がリビングに入ると二人とも当然のように臨戦態勢を取っており互いに発動させた術をぶつけ合う一歩手前だった。あまりの迫力に気圧される。目が覚める光景だ、悪い意味で。こんな中で父がいつも通りに新聞を開き母がいつも通りに朝食をテーブルに運ぶ姿がいっそシュールですらある。

 さっきの言動からして少なくとも瑠璃は喧嘩をするなという言葉に素直に従っているのかと思いきや、そんなことは無かった。二人の視線が同時にこちらへ向く中、今すぐ止めるように叱りつけたい衝動をぐっとこらえて私は両親が朝食を取っている席へと向かう。


「妃芽、やはりコイツを側に置くことは考え直してくれないか。君の言葉を守る意思が全く感じられない。こんな最低限のことも守れない愚図は早々に排するべきだ」

「主よ、儂はこの不届き者に常識を教えてやろうとしただけだ。そして教えようとしたというのにこの態度だ。この性悪は死んでも直らぬ、処分するならば早いうちが良かろう」


 お前らは言い訳をする前にまず術を消せ。

 私は無言のまま席に着くと母が運んでくれた朝食を目の前に手を、ぱん、と合わせる。


「いただきます」


 視界の隅で二人が繰り出していた術が霧散した。それを確認してから私はようやく一息ついて朝食を食べ始める。毎朝こんなことをしなければならないのだろうか、勘弁して欲しい。

 視線を二人にすら向けずに食事をする私をどう思ったのか。先に聞こえてきたのは申し訳なさそうな色を濃く出した瑠璃の声だった。


「すまない、出過ぎた発言だった。君の決定に従おう。…消えた結界を張り直してくるから少し席を外すよ」


 親に不審に思われない程度に目だけで瑠璃を見ると彼は一度視線を合わせてから私に深く一礼してリビングから出て行く。それこそまるで予てからの忠臣であるかのように。私に明確に従うようになったのは昨日からなので戸惑いしかない。


 瑠璃が外に出て行ったタイミングで今度は紅玉に動く。視界に映ったわけではないが足音や衣擦れの音で紅玉が私の背後に立ったのが分かった。

 え、なんで瑠璃が居なくなったタイミングで無言で背後に立つの?紅玉は割と口数が多い方なので急に無言になるとか怖すぎる。いつもみたいに扇子で軽く小突いてくるとかも無いし、何か変な琴線に触れてしまったのだろうか。待って、怖い。親の目を気にせずに今すぐ瑠璃を呼び戻す?間に合うか?どうしよう。


「主よ、あの瑠璃とかいう性悪に気を許すな。これは忠言であり警告だ。儂とて主を気に掛けているが常に御身の側に居るわけではないのだ」


 いつになく真剣な調子で、珍しく早口。


「確かに彼奴は主を直接害することは無いかもしれぬ、だが裏を返せばそれ以外は何を仕出かすか分からぬということだ。気狂いと同じだ。人間の常識や情が通じる相手だと思うな。もし万が一どうしても已むに已まれぬ事情で、彼奴を今後も側に置かねばならぬというのであれば禁ずるところを事細かに明言して戒めよ。さもなくば後悔しても足りぬことになるぞ」


 驚いて思わず紅玉の方を振り返るが、紅玉は私と視線を合わせるよりも先にいつものソファーに戻っていく。父が私が振り返ったことに驚いてこちらを見るが同じ方向にテレビがあったのでそれを見たのだと勝手に納得して新聞に目を戻した。

 今の言葉はどういうことだろう、一体全体突然どうしたのか。正直言われた感想としてはお前が言うなという言葉しか出てこないのだが。実際に半分くらいはブーメランになっているのではなかろうか。


 朝食を終えて食器をシンクまで持って行ってから紅玉の居るソファーの脇に立つ。ちらりと入口の方を見るがまだ瑠璃が戻って来る様子は無い。紅玉がこちらを見上げてきたのでテレビの音量に混ざる程度に抑えて話しかける。


「ねえ、紅玉。紅玉は割と最近まで封印されていたわけだけど、人間の常識に通じてる自信があるの?」

「主よ、儂を侮ってくれるな。何のために毎日家でドラマを見ていると思って居るのだ」


 え?娯楽の為じゃないの?

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