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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 この世には人の認識の外側で鬼という存在が息づいている。


 鬼は人間の常識が通じず、人間の目に映らず、時として何の躊躇も無く罪の無い人間を嬲り、害し、殺してしまう。主を持たない鬼にとって鬼の姿が見えない人間は雑草と同等程度の存在であり、道端で枯らしてみようが、踏みにじろうが、引き抜いてみようが、それらすべてが大した意味を持ってはいない。ごくまれに理由がある場合もあるが、大体の場合において人間を生かすも殺すも永い歳月を生きる鬼の気まぐれであり暇つぶし。鬼の姿を捉えることすら出来ない人間はなすすべも無くその暇つぶしの為に命を消費されていく他無かった。

 その鬼から一般人が理不尽に蹂躙されないよう組織されたのが『守護四役』と呼ばれる鬼に対抗する力を持った人間の集団である。四役を纏める統括者の下、四つの独立した集団がそれぞれ区域を分け各々で鬼の管理、討伐を行っていた。


 守護四役の定期会合の席。

 上座である四役統括の席には誰も座っておらず、空席の脇に控える鬼が他の席が埋まったことを確認してから口を開いた。


「統括八雲様は体調が優れないため一ノ鬼である私、柊が名代を務めさせていただく」


 そう断ってから柊が空席を埋める。その言葉を聞いた一席常盤が柊を鼻で笑った。


「ソイツは何よりですねえ?ワタクシの知る限り統括サマの体調が優れていた試しはありませんけど、いつになったら好調になるんでしょうねえ?」


 そう皮肉交じりに笑う常盤は会合の席だというのにある。しかしながらその発言に異を唱える者が居ないのはこの場に居る人間が大なり小なり同じことを思っているということに他ならない。


「先月、三区管轄内の甲級の封印が解呪された。三席金城、詳細を」


 柊は常盤の不遜ともとれる発言に眉一つ動かさずに淡々と議題を進める。その様子に常盤はつまらなそうに舌打ちし、それを横目に金城と呼ばれた壮年の男が口を開く。


「封印が解かれた正確な時間は把握しておりませんな。何せこちらの管轄内にあるというだけで今回の封印の主権は統括が持っておられるものでして。しかも解呪された連絡が来たのは翌日になってから、今のところ甲種が罠に掛かった反応もございません。一応追跡は出しましたが期待は出来ませんな」

「八雲様はその甲級を逃すなとのことだ、何としてでも見つけ出せ」

「おやおや、連絡が遅れたのはそちらの過失だというのに随分な言いようで」


 金城はおどけたように肩をすくめてみせるが柊はあくまで事務的に自身の主の言葉を伝えるだけで感情を表に出すようなことはない。互いに感情らしい感情を見せずに静かに睨み合う。

 二席の繧繝はそんな机上の出来事に興味も無いといった風で、会合が始まる前から手元の端末を操作しており画面から視線を上げることすらしていない。そのまま視線を上げることもせずに気だるそうに溜息を吐き出した。


「統括の体調不良はずっとなんだろ?不調が原因で封印が解けたんじゃねえのか?或いは封印が弛んで内側からこじ開けられたとか」

「八雲様が組んだ封印の術式は術者の体調に左右されるものではないし、内側からの干渉を一切受けない。解呪されたのは別の外的要因だ。仮に第三者が外から解呪しにかかったとして一晩で解くことは不可能だ。『白消』が発生したと考えるのが自然だろう」


 そこで中学生くらいの少年、四席尾鷹が手を上げた。この場において成人ばかりが机を囲む中で一人だけ子供が居るというのはなかなかに異様な光景ではあるのだが、尾鷹は臆することなくどことなく大人びた笑みを浮かべて発言する。


「白消とはなんでしょうか?前回の会合では議題に上がりませんでしたが」

「あらあら、四役にとっては常識でしょう?尾鷹の坊ちゃんはその席に座っていながらそんなことも知らないのかしらねえ」

「勉強不足ですみません、常盤さんと違ってまだまだ若いものですから」

「は?このクソガキが」

「ええ、そのガキより常盤さんは年上でしょう?」


 尾鷹の返答に常盤は表情を消して彼を睨みつけ、対する尾鷹はわざとらしいくらいに子供らしい笑顔で返した。片方は笑顔だというのに両者の間には戦いの前のような刺々しい雰囲気が漂う。


「四区じゃ滅多に発生しねえから知らなくても不思議じゃねえだろ。白消ってのはここら一帯で起こる術式をキレイサッパリ白紙に戻す謎現象のことだ。十年くらい前から不定期不規則に発生していて、発生場所は金城のおっさんが管轄する三区と俺の管轄の二区に集中しているがたまに全然関係ねえとこで起こることもある。術者としてはいい迷惑だな」

「へえ…。何か法則はないのでしょうか?」

「傾向に多少偏りはありますが予測を立てられるほど明確なものではないですな。どこに出るか分かっていれば利用して鬼との戦闘を有利に進められますが、発生予測も立てられないので手を焼いております。先日も一週間かけて作った罠が一瞬で消えてしまいまして折角鬼が掛かっていたのに逃げられてしまいましたよ」


 繧繝は相変わらず端末を操作しながら口だけ動かして説明し、金城はやれやれと首を横に振る。


「その鬼が封印されていた鬼じゃないのお?だとすれば金城は二回もその鬼を逃がしたことになるわねえ」

「反応からして等級は乙くらいでしたから恐らく別の鬼でしょうな。次の日に同じ場所で一般人の女学生に重傷を負わせたので討伐対象として私の鬼に追わせましたが、どうやら上手いこと撒かれてしまったようでして…惜しいことをしました」

「おっさん、一般人の被害は抑えろよ。もみ消すこっちは大変なんだからな」


 そこで、チリンと鈴の音が一度室内に響き、その音を聞いた柊は静かに席を立った。


「今回はここまでとする。八雲様が気に掛けておられる甲級については必ず見つけ出し捕獲せよとのことだ」

「捕獲?討伐じゃないのですか?」

「捕獲だ、八雲様がそうおっしゃった。何かお考えがあるのだろう」

「甲級は討伐も苦労するというのに捕獲とは…それはさぞかし素晴らしいお考えなのでしょうな」


 皮肉を込めた金城の言葉に柊は反応を示さずに言葉を続ける。


「今回話題に上がったので言及しておくが、白消については二区と三区で調査を進めるように。…解明して利用出来れば四役にとって有益なものとなる」

「俺は最近猛烈に忙しいんだが、それも統括の命令か?」

「これはあくまで私個人の見解だ。管轄地域を管理するついで程度で受け止めてもらって構わない」


 繧繝はそこで初めて端末から顔を上げて柊を見る。しかし視線の先に居た柊は既に部屋の出口に向かって歩き出していて目が合うことは無かった。


「会合は以上だ。次回も席が空くことなく集まれることを期待している」


 心にも無い言葉を残し、柊は部屋を後にした。 



 * * * * *



 会合を終えて金城は外で待機していた自身の鬼、黒金と合流する。


「お疲れさまでした、我が主」


 黒金は金城の脇に立ち煙草を一本差し出す。無言のまま金城が煙草を受け取りくわえたのを確認すると黒金はその先端に火をつけた。金城は立ち上る煙を吸い込んで肺を満たし、一息に吐き出してからようやく口を開く。


「まったく、毎回よくこんな意味の無い定期会合をやるもんだ。四役統括がもう何年も顔を見せず、協調性も話し合いが必要な内容も無い。正直時間の無駄だと思うんだが」

「統括の下に四つの区の頭が集まることに意味があるのでしょう」

「纏める力も無いのに自分が一番上だという主張か。固執するほど良いものでもないと思うがね」


 そこで金城は黒金とその周辺を見回した。

 金城の鬼は三人居る。一人は今目の前に居る黒金。もう一人は名を黄金と言い、鬼は睡眠を必要としないにも関わらず眠ることの多く、強さは折り紙付きだが扱い難い鬼だ。

 そして一ノ鬼、白金。三人の中で最も忠実な鬼である。


「黄金は相変わらずか…黒金、白金はどうした?」


 昨晩の管轄内の見回りは白金の番だった。だから金城は普段一ノ鬼である白金を連れていく会合に黒金を伴って行ったのだが、金城の予定を把握している白金であれば見回りが終わってから自宅ではなく金城が居る会合の場に来ているはずだ。

 そう思って訊ねた金城だったが、黒金が言いにくそうに言葉を探す様子を見て眉をひそめる。


「白金は……昨晩の見回りから、まだ、戻っておりません」


 黒金の報告に金城は嫌な予感を覚えた。

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