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かなり脱線してしまったが二人が静かになってようやくまともに話が出来る状態になった。どちらかが口を開けばまた開戦されるかもしれないのですぐに本題に入る。
「それで、瑠璃。言われた通りに紅玉を連れて来たんだから、ちゃんと説明して」
瑠璃は凄く苦々しい顔をして、それからちらりと紅玉を一瞥し、舌打ちでもしそうなほどに顔を歪めた。
「本気でこの鬼を従える気なのかい?正気とは思えない、考え直す気は?」
まだ言うか。
「本来人が鬼を従える時は鬼を術で縛り危害を加えないように制限を掛けるけど、術を使えない妃芽はそれが出来ないんだ。当然僕は君を守ることに全霊を尽くす所存だが自ら危険を内に入れるような真似は控えてくれないか」
「おい、誰が危険だと?角欠け、人が大人しく聞いておれば好き勝手言いおって…」
「紅玉、少し黙ってて。…瑠璃、それに関しては瑠璃も同じ条件だと思うけど」
「僕は制限が無くとも君の害になることはしない、天地がひっくり返ろうとそれは変わらないよ」
その言葉が一番信用ならないのだけども。
瑠璃が嘘をついているとは思わないが、瑠璃の基準と私の基準がそもそも違うのだと思う。瑠璃の言うところの私の為や私の害は必ずしも私にとってのそれと一致しない、そして彼は暴走すると私の言うことを聞いてくれないということは公園での出来事で実証済みだ。そう考えるとやっぱり瑠璃を側におくとすればいざという時の抑止力として紅玉が必須である、ここは譲るわけにはいかない。
「瑠璃がなんと言おうと私はどちらか片方だけを手放すつもりは一切無いから」
もし手放すとすれば両方同時だ。その旨を理解していない紅玉が瑠璃の隣で勝ち誇った笑みを浮かべているが見なかったことにしよう。
数秒ほど瑠璃とにらみ合い、やがて呆れた様子で瑠璃が目を伏せて溜息を吐き出した。
「わかった、前と違って今は君が正式な主だ。ここは僕が折れるよ。…ただし君に危害を加えようとすれば許可を待たずにコイツを処分する。それだけは覚えておいて欲しい」
「はっ、その論理を用いるならば先に処分されるのは貴様になるだろうな」
「紅玉、話がこじれるからいちいち喧嘩を売らないで」
隙あらば喧嘩を売ろうとしないで欲しい、そのせいで話が全く進まないのだから。と言うか、だから一度二人を離したのに。喧嘩を止めて離して戻してまた喧嘩を止めて。右往左往させられているだけのような感じがする。鬼の主ってみんなこんな感じなのだろうか。
「それで、僕が君を主に選んだ理由が聞きたいんだったね」
「ふん、勿体ぶりおって。どうせ儂が書き換えた目に感興を覚えただけであろう」
「紅玉」
咎めるようにじろりと睨むが紅玉は反省した様子も無く拗ねた様子でそっぽを向く。美人なのにいちいち思考もやることも子供っぽい。その分瑠璃が大人だったら良かったのだが彼は彼でどうやら喧嘩っ早い性格のようだから始末が悪い。相性も悪い。
「先に言わせて欲しい、これが決め手になったのは事実だが僕は主の能力よりも人格を優先して選ぶ。たとえ同じことが出来る人間が他に居たとしても僕は君意外に主を求めるつもりは無いから、覚えておいて欲しい」
そう言うと瑠璃はキセルをくわえて煙を吐き出す。どうやらこの煙は術によるものらしく、空気の流れを無視して周囲を包むように半球状のドームを形成した。防音の術の時とはなにやら様子が違うみたいだが一体何の術なのだろうか。
「妃芽、手を叩いて」
煙の動きがほとんど無くなったタイミングで瑠璃がそう指示を出す。でも何で私に指示をだすのだろう、わざわざ呼んできたのだし紅玉に何か頼むんじゃなかったのだろうか。そんな疑問を抱きながら。
ぱん、と一回手を叩く。
煙で出来たドームが一瞬で霧散した。
この光景に近いものは見覚えがある。この二人が殺し合いをする前、瑠璃が私の目を確認する為に術を見せた時、同じように手を叩いたら消えるように細工をしていた。多分似たような術なのだろう。そこまでは分かったけれど、じゃあ瑠璃が何を目的にしてこのタイミングでこんなことをしたのだろうか。瑠璃が私を主に選んだ理由の話じゃなかったのか?あの術を見せた時のリアクションが良かったから主に選んだとか?そんな馬鹿な。
「…おい、角欠け。貴様何をした」
瑠璃の意図を探ろうと口を開きかけたタイミングで紅玉が先に口を開く。
また喧嘩を始めるのだろうかと一瞬身構えるも、どうも紅玉の様子がおかしい。言葉こそ瑠璃に問いかけたものだったがその視線はせわしなく周囲を見回し、戸惑いを湛えた表情で彼を見る。すると瑠璃はうんざりとした様子でキセルをくわえる。
「やはりと言うべきか。側に居ながら気付いていなかったか、ぼんくら」
「何だと?」
「ぼんくらをぼんくらと言って何が悪い。今、術を消したのは僕じゃない。妃芽だ」
「莫迦を言え、そんなはずがっ…!」
私は首を傾げる。紅玉が何を動揺しているのかが分からない。瑠璃が手を叩いたら消える術を出して、私が手を叩いたから消えた。今起きたのはたったそれだけのことである、当たり前のものを見て何でそんなに慌てているのだろうか。瑠璃も瑠璃で意味深なことを言うよりはっきりとした説明が欲しいのだけれど。
「疑うならお前の持つ中で一番解除が難しい術を出してみろ、すぐに分かる」
瑠璃の言葉に紅玉は一瞬反論しようとするが何故か口を紡いで私に向き直り、動揺が滲む表情のまま無言で扇子の先を私に突きつけた。するとふわりと柔らかい風が頬を撫で、美しい幾何学模様が不規則に規則的な動きを繰りだしていく。
紅玉お得意の必勝のおまじない。掛けられるのは四回目、見るのは二回目になる。術の効果が絶大なのは言うまでも無いが、見た目においてもここまで緻密で美しい術はきっと多くは無いんじゃないだろうか。
瑠璃はこの術を見て少しだけ驚いたように眉を上げるがすぐに落ち着いた様子でキセルを吸う。
「妃芽、手を」
キセルを吸いながら瑠璃がまた手を叩くように促してくる。一体何だと言うのだろうか、瑠璃が何をしたいのかがさっぱり分からない。何が何だか分からないまま私は再び手を叩いた。
ぱん、と。
手を叩いた音が部屋に響くと先ほどの煙と同様に目の前の美麗な模様が一瞬で掻き消える。
「え?」
そこでようやく私は何かがおかしいことに気が付いた。
だって紅玉の術は瑠璃が見せた術と違って消すことを前提としたものじゃなかったはずだ。それどころかさっきの二人の会話から推理するとこの術は消すこと自体が難しい類に入るらしい。しかし紅玉は直前まで、と言うか今の今まで術を取り消すような動作すらしなかった。
じゃあ、何で術が消えたのか。
答えを求めるように瑠璃を見れば、瑠璃もまた宝石のように綺麗な青い目で私を真っ直ぐ見つめてくる。
「これが『理由』だよ」
その理由がいまいち分かっていないのだけど。
戸惑う私をよそに瑠璃は持っていたキセルを座っている膝の前に置くと姿勢を正した。
「妃芽。君は『術殺し』、全ての術を無に帰する力の持ち主だ」
なにそれ。初耳。




