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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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12

「この性悪が!我が主に一体何を吹き込んだ!!」

「顔を見せたかと思えば一体なんだ、騒々しい。喧しいのは顔だけにしろ無能」

「地味顔に似合わず卑劣な真似ばかりしおって!貴様のような愚物が主の一の鬼に選ばれる道理があってたまるかっ!」

「道理も何も、僕がお前よりも強いことは事実じゃないか。順当な結果だろう?」

「何が順当だ、ふざけるな!儂を差し置いて貴様が選ばれるはずがなかろう」

「まさかとは思うが自分が選ばれるとでも思っていたのか?図々しさもここまで限度を知らないと哀れなものだ。まあ、見ている分には愉快ではあるが」

「はっ!貴様のその面は視界の隅に入れることすら不愉快極まりないな、二目と見られない顔に焼いて作り変えてやろうか?今よりはマシかもしれぬぞ?」

「それには及ばない、僕がお前の両目を潰す方が早いだろうからな」

「角欠け風情が、両目どころか頭蓋ごと消し飛ばしてくれるわっ!」


 紅玉が二階へと駆けだしたから急いで追いかけてみれ二人の物騒な会話が聞こえてくる。本当に鬼って隙あらば喧嘩をする、喧嘩が好きなのだろうか。


「二人ともっ!待った!!」

 

 状況を確認するより先に制止するように叫びながら部屋に駆け込んだ。二人の会話が聞こえてきていたことからして防音の術は切れているのだろうし部屋に入ったところで母に聞かれてしまう懸念は当然あるのだが、そんなことは我が家が倒壊する危険に比べれば些細なことである。

 案の定、私の部屋はこれでもかと言うほどの炎に包まれていた。


「紅玉、火を消して!」

「主よ、止めてくれるな。儂は此奴を、」

「今すぐっ、火を消して!!」


 有無を言わせないように叫ぶと紅玉はようやく舌打ちとともに扇子を閉じる。炎が霧散して焼けた様子の無い部屋を確認してから私はようやく息を吐き出した。文字通り鬼の形相になって急に走り出した時はどうしようかと思った。鬼の感情の琴線が分からない、地雷原を歩いている気分だ。もう本当に勘弁してほしい、せめてよそでやってくれ。


「妃芽、そんなに慌てなくてもこの馬鹿に僕が後れを取ることは無いから心配は要らないよ」


 瑠璃が上機嫌に微笑むが私は瑠璃の心配など一切していない。私は私と私の周りの心配だけで精一杯なのだ。少なくとも炎上している部屋で、炎上させている犯人を目の前にして、いつも通りに涼しい顔でキセルを吹かしているような相手を心配する余裕など無い。

 不意に紅玉の足元に目を留めて、痛む頭を押さえながら溜息を吐き出す。


「瑠璃は紅玉の足元の術を消してね」


 紅玉の足元に浮かぶ見覚えがある模様を指差すと瑠璃が少し驚いた様子で目を開く。それから目を細めて笑みを深くすると手元でくるりとキセルを回し術を消した。まったく、油断も隙も無い。


「へえ、これに気付けるのか。ちゃんと目が馴染んでいる証拠だ、術の感知に関してだけは並みの鬼にも負けないだろうね。…でももう少し感度は下げておくべきだったかな」


 瑠璃の手が私へと伸びてきて頬に触れる寸前、ぱしん、と紅玉の扇子がその手を叩いた。

 いつだったかのように瑠璃の腕が切り落とされることはなかったのだが、笑顔だった瑠璃の表情が一瞬で消え背筋が寒くなる。そこから二人の鬼は互いに微動だにせず睨み合い、つられて私も動くことが出来ずに息を殺して成り行きを見守る。


「気安く主に触れるな、角欠け」

「僕に指図するな、負け犬」

「負け犬は貴様であろう、主の寵は儂にあるのだからな」

「吠えるな、妃芽が一の鬼に選んだのは僕だ」

「どうせ主を脅して得た地位であろうが。卑劣な貴様らしいやり方だな」

「僕の方が優れているのに脅す理由が無いな、立場が逆なら話は変わるだろうが」

「理由があれば主を脅すことも厭わないような卑怯者の弁に力などあると思っておるのか?」

「物も常識も知らない馬鹿の言葉よりはあるんじゃないか?」


 見守っていたのだけど落ち着く気配が無い。お願いだからよそでやってくれ。

 再び溜息を吐こうとしたところで瑠璃がこちらを向いたのでびっくりして息を飲む。


「妃芽、一の鬼としてこの鬼を側に置くことは推奨出来ない。どうか処分する許可を」


 急に何言ってんの、コイツ。

 どうしてそうなった。


「愚物が、処分されるのは貴様だ。主、儂に命じよ。一瞬で終わらせてくれる」


 紅玉もなんで乗っかってくるのだろうか。

 二人とも思考回路そっくりじゃないか、実は仲良しなんじゃなかろうか。


 それはさておき。さあ、どうしよう。

 自分の意思で出て行くというなら止めるつもりは無いのだけど、片方が家に残りもう片方を処分しようという発想に正直私の感性が付いて行けない。そもそも相手が嫌だから相手を排除しようとする感覚が分からない。嫌なら自分が出て行った方が簡単に解決するんじゃなかろうか。そうしない理由、というか鬼が私に執着する理由。紅玉のは多分瑠璃への対抗心的な何かだと思うのだけど、問題は瑠璃の方だ。

 瑠璃は共に仕えるのであれば無関係ではないと言っていた。つまり瑠璃には私に執着する明確な理由があるわけで、おそらく紅玉はそれに気づいていないわけで。それを無視したまま今後を過ごしていくのは得策ではない気がする。そしてそれを聞くために紅玉を呼んできたはずなのに聞き出せる雰囲気じゃなくなっているし、多分紅玉の前だと瑠璃は教えてくれないだろうし。本末転倒もいいところだ。

 二人とも血気盛んなのだから戦い合わせてどちらが残るか決めるとか?でもそれだと勝った方が負けた方を殺そうとした場合、私に止めるすべが無い。そうじゃなくても負けた方を追い出して、その後追いかけて殺す可能性もあるわけで。と言うか追い出すとか殺すとかが嫌だからこうして悩んでいるわけで。

 二人とも性格に難があるので私としては出来ることなら両方側に置いて牽制しあっててもらうか、逆に両方出て行くかしてもらいたいのだが。そのほうが私の身が安全な気がするし。


 そもそも戦って勝敗を付けたところでそんな結果私には何の関係も無い、無い……ん?

 いや、そうか。戦わせなければ良いのか。


「あのさ、正直にいうと私は鬼の優劣とかあんまり分からないから二人が戦ってその勝敗でどちらを置くかを決めようと思うんだけど。どう?」


 考えが纏まったところで小さく手を上げて提案する。自分が選ばれると思っていたのか二人分の不服そうな視線が大層居心地が悪い。


「ふん、儂の方が優れているのは明確であるが…主が望むのであれば仕方あるまい」

「殺すのは無しで、でも二人とも全力で戦って、」

「当然だ。主を懸けた戦いで出し惜しみをするつもりは無い」


 二人が互いに睨み合い火花を飛ばす。どうやらやる気は十分のようだし、お互いに自分が負けるとは欠片も思っていないようで表情に自信と相手への敵意が垣間見える。

 その反応を確認してから私は続きを口にする。 


「それで勝ったほうが家を出て行って、負けた方が私の側に残ってもらうから」


 ……。

 ………。

 …………。


 十分過ぎる静寂の後、二人の自信に満ちた表情が困惑に変わった。


「待て、主よ。何かおかしい」

「勝った方が残るの間違いじゃないのかい?」

「何も間違ってないよ。勝った方が出て、負けた方が残るの。簡単でしょ?」


 困惑する二人に私は満面の笑顔でこう返す。


「だって私は別に強い鬼が必要なわけじゃないから」


 そう、勝敗に意味を見出せないのは私にとって強い鬼も弱い鬼も大して差が無いからだ。身辺警護にしたってこの二人ならどちらが残ろうが人間相手に負けないだろうし、護衛が必要になるような物騒な生活していないしする予定も無い。護衛するにしても術が使えて一般人に姿が見えていない鬼は強弱問わずそれだけで有利な存在だ。なら二人の内で弱い方が残ったところで私には何の問題も無いのである。


 というのは建前で。


 実際のところ重要なのは二人とも自分が間違いなく勝つと思っているところだ。

 自分が勝つと信じて疑わないが勝ってしまえば追い出されるのは自分の方。殺さないように言ったし負けた方を残すとも言ったので、戦闘不能になった相手に止めを刺して居座ることも出来ない。かと言って手加減をしようにも全力でと予め釘を刺してある。

 この勝負は二人が私の言葉に従うという前提が必要になるのだけれど、そもそも勝負自体に乗ってこないだろう。

 だって私のところに残りたい二人にとって、この勝負に乗ること自体が『主の命令を無視します』か『自分は目の前の鬼よりも弱いです』と宣言するようなものなのだから。私からの信頼と自分の能力に無駄に自信がある彼らには許容出来ない内容だろう。


「ちなみに喧嘩をしないなら勝負自体を取り消せるけど、どうする?」


 二人が苦い顔で押し黙った。

 息ぴったりである。

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