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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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10

 人の理の外の存在ってのはまだ分かる。要は人間の常識で推し量れないやつってことだろう。認識できない人間からすれば居ないのと同じ、これも分かる。私自身、こうして見えていなければ鬼の存在なんて絶対に信じなかったのだから。

 分からないのはその後の発言。


「鬼にとって認識できない人間が居ないのと同じってどういうこと?鬼が見えない人間は鬼からも見えていないってこと?」


 聞いておいてなんだが、これは絶対に無いと思っている。

 もしそうなら神社に入った時、紅玉には私の姿が見えていなかったことになる。それはおかしい。なら一体誰が私に鬼が見えるように術を掛けたというのだ。

 案の定、違う、と瑠璃が静かに首を振る。


「鬼は自分を認識しない相手をいちいち気に留めないという意味だよ」


 言い直した瑠璃の言葉を聞いてもいまいち納得がいかない。気に留めないだけで居ないのと一緒と言うのは流石に言い過ぎではないのだろうか。


「言ってしまえば鬼にとってこちらを見えない人間と言うのは羽虫と同じだ。大量に湧けば目に入るし、その存在に無性に腹が立って殺してしまうこともあるけど、普通に暮らしていてわざわざ目に留めることなんてしないだろう?」


 私の反応から納得していないことを察したらしく瑠璃が補足を入れた。

 けど、羽虫。どうかと思う。言いたいことは伝わったのだけどもっとマシな表現は無かったのだろうか。紅玉に会う前までその羽虫と同等にされた存在だった身としてはあまり気分が良くない例え方である。


「なんでそんな羽虫にわざわざ関わろうと思ったの?」

「僕の記憶が正しければ先に話しかけてきたのは君だったはずだけど」

「そういう意味で言っているんじゃないって分かってるよね?」


 不満げに睨みつければ瑠璃は笑いながら降参と言うように小さく両手を上げた。私の質問の意図を理解しながらあえて少しずれた回答を出してくる辺り、やはり瑠璃は面倒な性格をしているらしい。比較的単純な性格の紅玉とそりが合わないのも納得だ。


「僕ら鬼だってすべての人間を羽虫だと思っているわけじゃない。特に鬼を認識できる相手は数が少なく自身の主と成り得る存在だ、虫のように殺したりはしないさ」


 瑠璃がさらっと恐ろしいことを口にしたがそこはさらっと流しておいて。


「そもそもだけど鬼って何で主が必要なの?主を持たないと死んじゃうとか?」

「まさか。主という存在は代え難い存在ではあるが別に必須じゃない。鬼は角を折られない限り死ぬことは無いし、一度も主を持たないまま生涯を終える鬼も珍しくはないからね。さっき下に降りて行った馬鹿も主を持つのは初めてなんじゃないか?」


 瑠璃がさらっと紅玉を馬鹿呼ばわりしたのはさらっと流しておいて。


「必須じゃないなら主なんて要らないんじゃないの」

「必須じゃないものが必ずしも要らないという訳じゃない。妃芽だって三大欲求に含まれていないものであっても娯楽を愉しむくらいはするだろう?」


 娯楽と言われて咄嗟にゲームが思い浮かぶ。どうしよう、否定できない。


「鬼が主を必要とするのは娯楽の一種ってこと?」

「そういう側面もあるけれど厳密に言うと少し違う」


 瑠璃がキセルの先で部屋の壁を示した。その先にあったのは壁掛け時計、紅玉が出て行ってから既に十分ほどが経過している。


「僕の主観的な見解だけど、鬼が主を求めるのは時間を得るためだと思っている」


 時間。いまいち言っている意味が分からず私は首を傾げる。時間を得るという状況、というか時間を得ていない状況というものがどういうものなのかがまず分からない。主を持っているときだけ歳を取っていくとか、そんな感じなのだろうか。

 瑠璃はそんな私に苦笑いを浮かべて言葉を続けた。


「正確にいうと時間の感覚だね。寿命が無い鬼にとって時間と言うものはとても曖昧だ。季節の移ろいですら何百と繰り返し見ていれば意識することすら無くなる。次第に自分の感覚が曖昧になっていることにすら気付けなくなっていくから、それを矯正するために定期的に主を求めるものだと思っている」


 朝日を浴びて体内時計をリセットするような感覚なのだろうか。人間も日光や時計みたいな時間を計る物差しが全くない状況で過ごすと時間の感覚がどんどんズレていくという話を聞いたことがあるし、多分鬼にとっては主という存在が時間を計る物差しなのだろう。


「見える人間なら誰でも良いんだ?」

「そういう奴も居るけどそういう奴と一緒にしないでくれ。僕は仕える主を適当に決めたりはしない」


 適当に選んだんじゃなかったんだ。出会って翌日に名前を要求してきた気がするけど適当じゃなかったのか。基準が分からない。


「じゃあ、なんで瑠璃は私を選んだの?」


 主を選ぶ際の前提条件が鬼を認識できることであるなら、私は紅玉の術で後天的に見えるようになっているだけなので、正直ズルをしているようなものだ。瑠璃の基準は分からないけど普通に見える人間とズルして見えるようになった人間なら前者の方が魅力的なのではないだろうか。

 瑠璃は少しの間真面目な顔をして私を見つめた後、目を伏せてキセルをくわえる。


「それに答える前に確認をしておきたいのだけど、妃芽、君はあの紅玉という鬼を今後も側に置くつもりかい?」


 え?何で瑠璃のことを聞いたのに紅玉の話になるの?


「紅玉が嫌がらなければ、そのつもりだけど…」

「必要無いんじゃないか?」

「必須じゃないものが必ず要らない訳じゃないでしょ?」

「…君はああいう顔が好みなのかい?確かに整ってはいるが側に侍らせるには派手過ぎるし喧しいと思うけど。そもそも鬼を選ぶ際に容姿を基準にするべきではない、もっと視野を広げて総合的な評価から、」

「ごめん、待って。これ何の話?瑠璃が何で私を主にしたかじゃなかったの?」


 瑠璃の言葉を遮って尋ねると彼はとても嫌そうに、それはそれは嫌そうに顔を歪めて溜息を吐き出した。


「……下に行ってあの馬鹿を呼んできて欲しい。共に君に仕えるのであればあいつにとっても無関係な話ではないから」


 なら最初からそう言ってくれないかな?

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