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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
33/110

9

 瑠璃の手が離れて息を吐き出した途端、命の危険が無くなって気が弛んだのか急に力が抜けて体勢が崩れた。ぐらりと上半身が前のめりに倒れて床がすぐ目の前まで近づいてくる。


「おっと」


 咄嗟に瑠璃が体を支えてくれたから無様に頭を打つことこそ無かったが、起き上がろうとしても体は過ぎ去った恐怖に震えるばかりで力がまるで入らない。それに気づいた瑠璃が申し訳なさそうに眉尻を下げた。さっきまで人の首に手を掛けていたとは思えないほどに穏やかな表情である。


「すまない。少し驚かせる程度のつもりだったんだけど度が過ぎてしまったみたいだ。殺気なんて慣れない人間には毒だろう」


 殺気じゃないと思いたかったけど殺気だった。本当に勘弁してほしい。本当に死ぬかと思った。

 瑠璃と体が密着していることが気まずくて再び起き上がろうとするも、力を入れようとした腕がまだ震えていて全く力が入らない。これで少し驚かせるつもりだったとか。紅玉はこの殺気を真正面に受けながらよく平然と笑って挑発出来たな。私が瑠璃に本気で殺されそうになったら身動き一つ出来ずに死んでしまうのではないだろうか。ぞっとする。


「ごめん、ちょっと…話が出来るようになるまで待って…」

「謝る必要は無い。こうなったのは僕の責任だ」


 それは本当にね。


「ああ、そうだ」


 不意に瑠璃は何か思いついたように私の体を支えている反対の手でそっと、私の頭をするりと撫でるように触れた。一体何事かと目を瞬かせて、ふと、自分の体の震えが止まっていることに気付く。


「これで大丈夫なはずだ」


 瑠璃がそう言って支えてくれていた手を放そうとするので倒れないように咄嗟に腕をつく。すると今度はちゃんと腕に力が入り体を支えることが出来たので、床とキスするような最悪な事態にはならなかった。

 一度ちゃんと座り直してから、体の感覚を確かめるために手を握ったり開いたりしてみる。掌は指先に至るまでさっき委縮してしまっていたことが嘘のように自然に動く。


「…瑠璃、今何したの?」


 流石の私であっても殺気を向けてきたばかりの相手に頭を撫でられて安心するほど単純ではない。それに記憶違いでなければ紅玉にも似たようなことをされたことがあったはずだ。あの時はいろいろあり過ぎてどこから突っ込めば良いのか分からなかったから聞きそびれてしまったが、今は明確に自分に何かをされたと確信が持てる。


「妃芽の中の恐怖の感情を一時的に取り除いただけだよ。多用すると危機感まで麻痺するからあまり使わない方が良いんだけど」


 びっくり。なんで使わない方が良いものを当人の断り無しに使っちゃうのか。

 いや、しかし紅玉に至ってはその辺りの説明すら無かったのだから瑠璃の方がまだ良心的なのだろうか。そんなことはない、使わない方が良いと認識してても使っちゃったのだから。紅玉と比べると瑠璃の方が常識的に見えるけど、本当に良心があるならば危機感が麻痺するような方法を取らずに私が話を出来る状態になるまで待っていてくれたはずである。鬼の相手をしていると危機感より先に常識が麻痺してしまいそうだ。

 まあ、何にせよまともに話が出来る状態になったことだけは歓迎できるけど。


「ねえ、鬼ってなんなの?」


 さっきこれを聞いた時、瑠璃は紅玉に喧嘩を吹っ掛けてしまったけれど。

 ちゃんと答えてくれることを切に祈る。仮に喧嘩を売られても買うだけの度胸は私に無い。


「…妃芽の立場からしたらまずそこからなんだろうけど……そうだな」


 瑠璃はすぐに答えず、かと言って紅玉にしてみせたような馬鹿にするような態度も無く、言葉を探すように思案顔になる。何故最初に聞いた時にこの反応にならなかったのか。


「質問で返してしまうのは気が引けるけど、妃芽は人間って何なのかと聞かれたら答えられるかい?」


 え、と不意打ちの質問に言葉が詰まった。

 人間って何、て何?待って、どういう意図の質問?何を基準にした何なの?霊長類とか世界中に六十億人いるとか化学や産業で文明を発展させてきたとか、そういう答えで良いの?それとも人間以外の視点で見るような客観的な評価?待ってそれこそ分からない、人間以外から人間がどう見えているかなんて考えたことも無い。じゃあ何て答えれば良いの?待って、これ不正解でも首は飛ばない感じの質問?

 私の頭の中が疑問符で一杯になったところで瑠璃が苦笑いを浮かべる。


「何て答えて良いか分からないだろう?当然だよ、質問が曖昧過ぎるんだ」


 つまり私の質問が曖昧だったと。それならそうと言えば良いのに。真剣に悩んだ数秒が馬鹿みたいじゃないか。こういう遠回しなことをするから紅玉に性格が悪いと言われてしまうのではなかろうか。


「まあ、模範解答で構わないなら答えられるけれど」


 しかも一応答えを用意しているという周到さである。ひょっとして瑠璃って結構面倒な性格なんじゃないだろうか。紅玉も大概だし鬼ってそういうものなのかもしれない。


「模範解答で良いよ。それで分からなかったらまた聞くから」

「そうだね、僕としても妃芽がどの程度の認識を持っているのか分からないからそうしてもらった方が良いかもしれない」


 質問はオッケーなのか。有り難い。一抹の不安として質問するたびに今さっきみたいな面倒なやりとりが発生するのではと危惧しているが、その程度は許容しよう。というか許容するしかない。文句を言ったところで何の力も無いことは痛いほど理解している。具体的に言うと腹を掻っ捌かれるくらいの痛みだと理解している。


「人の理の外の存在、それが鬼だ。認識出来ない人間からすれば鬼は居ないのと同じだし、鬼にとっても認識できない人間は居ないのと変わらない」


 待って、もう出だしから意味が分からない。

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