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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
31/110

7

「紅玉」


 溜息交じりに紅玉の名前を呼べば睨み合っていた二人の視線が再び私の方へ向く。息ぴったりである。この二人、実は仲良いんじゃなかろうか。

 名前を呼ばれた紅玉は私が彼女の味方をすると思ったのか美しい笑みを湛えて私を見てくる。瑠璃はと言えば私が紅玉の肩を持つとは思っていないらしく文句でも何でも言ってやれと言わんばかりの顔をしていた。どうやらこの二人は私が相手方へ味方するとは一切考えていないようだ。

 私は再び溜息を吐き出したい衝動を堪えながら部屋の時計を指差した。


「そろそろドラマの再放送が始まるよ。見に行かないの?」


 二人が喧嘩をするならば一度引き離してそれぞれに話を聞くべきだろう。しかしそれを直接言い出せば今度はどちらの話を先に聞くかという下らないことで喧嘩をしかねない。

 平日にやっているドラマなんて把握していないが昔からこの時間帯になるとドラマの再放送をしていたはずである。そして朝ドラや昼ドラを生活の基軸にしている紅玉であれば確実にその再放送を見ているだろうし、私や瑠璃よりもドラマを優先するだろう。昼ドラの視聴は控えて欲しい気持ちもあるがこの際贅沢は言うまい。

 しかしながら意気揚々と一階へ行くと思われた紅玉はものすごく不服そうに顔を歪めて私を見る。


「主よ、よもやドラマ如きで御身の側を離れる阿呆だとは思って居らぬだろうな?」


 ごめん、思ってた。そして失敗するとは思わなかった。

 だってドラマを見るために常に家に居て御身の側に居ないじゃん。


「幾ら寛容な儂であろうと此奴と主を二人きりに出来るわけ無かろう。角欠けを置いて主が儂と共にドラマを見るならば話は別だが」

「妃芽、この馬鹿にはちゃんと言わないと伝わらないようだ。はっきりと言ってやれ、邪魔だから出て行けと」

「はっ、邪魔なのは貴様であろう。図々しくも家に上がり込んで来よって」

「言葉をそのまま返すとしよう。もっともお前のような鳥頭は返される言葉も覚えていないかもしれないが」


 そしてまた口喧嘩が繰り広げられる。本当に隙あらば喧嘩が始まる。どうしろってんですか。


「紅玉、私は大丈夫だから。取りあえず瑠璃と二人で話をさせて」

「無理だな、主の命でもそれは聞けぬ」


 何故いつもはちゃんと命令を聞いていますみたいなこと言っているのか。私はそもそも命令らしい命令をしたことすら無いんだけども。


「どうしたら聞いてくれるの?」

「其奴の息の根が止まった後ならば考えないことも無いぞ」

「死体と二人きりにされても困るんだけど」

「仮に死ぬとしたらその無能の方だから心配は要らない」

「瑠璃、話がややこしくなるからちょっと黙ってて」


 私がそう言えば若干不満そうにしながらも瑠璃は静かに口を閉じる。

 正直瑠璃に席を外すように言った方が早いような気がしてきた。だが瑠璃は紅玉より頭を使うタイプみたいだし、常識的に見えてどんな曲解や拡大解釈が飛び出すか分からない怖さがある。公園で紅玉を殺すと譲らなかったのが良い例だ。その点、行動と思考が直結している分紅玉の方がまだ分かりやすくて安心出来る。


「紅玉、お願いだから、ちょっとドラマを見てきてくれるだけで良いから」

「いーやーだ、絶対聞かん。こればかりは主がなんと言おうと変わらぬ」

「本当にお願い、一個、何でも言うこと聞くから」


 そう言った瞬間、ものすごい顔をしたのは紅玉ではなく瑠璃の方だった。紅玉はと言えば一瞬驚いた顔をした後、悪戯を思いついた子供のように満面の笑みを浮かべる。


「ほう、何でもか?」

「おい、妃芽!!」

「私の出来る範囲内でね。あと、瑠璃と戦うとかそういうのはダメだから」


 静かにしていた瑠璃が再び口を開いたがこの場は無視しておく。両方に構っていると片付く話も片付かない。


「ならば主よ、儂にちゅうとやらをしてもらおうか」


 コイツ、封印されていたくせにどこでそんなちゅうとか俗っぽい単語覚えてきたんだ。昼ドラか?やはり視聴を控えさせるべきだろうか?


「調子に乗るのも大概にしろ!今すぐお前の首を刎ね飛ばしても良いんだぞ?!」


 瑠璃が何やら物騒なことを言い出したので再び喧嘩になる前に行動に移すとしよう。

 紅玉の隣まで移動して頬に手を添え、そしてどちらかが制止する前に顔を近づけた。


 ちゅ、と。


 紅玉の陶器のように白く滑らかな頬に唇を押し付ける。近づいても触ってみても本当に毛穴の存在を感じさせないほどに綺麗な肌をしていらっしゃる、ここまで綺麗だと嫉妬や羨望すら抱かない。そもそも人間ではないけれど人間離れした美貌である。

 紅玉も瑠璃も驚いた表情のまま固まってしまっている、私の行動が完全に予想外だったのだろう。しないと思っていたのか、それとも口にすると思っていたのか。多感な年ごろの女子高生としてはさすがに口にするのはハードルが高いのでほっぺにチューで勘弁願いたい。


「はい、これで良いでしょ?」


 先に硬直から抜け出したのは紅玉で、驚いた顔からみるみる内に満面の笑みへと表情を変えた。


「ふふん、仕方無いな。寵を受ける身の余裕としてこの場は儂が引いてやるとするか。だが主、何かあればすぐに儂を呼ぶのだぞ?良いな?」

 

 勝ち誇った顔をした後、紅玉は上機嫌で部屋を出て行った。

 それを見届けてから私はこの部屋に来てから何度目かの溜息を吐き出す。これでやっとまともに話が出来る。

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