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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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1

 退院してから一週間が経った。

 軽く体を揺さぶられる感覚に浅くなりつつあった眠りから意識がゆっくり浮上する。それに伴って耳に馴染んだ声が聞こえてきた。


「朝だぞ、主。そろそろ起きよ」


 未だに呼ばれ慣れない『主』という単語。それが私を指して呼んでいるのだと理解はしているが意味も無く知らないふりをして二度寝を決め込みたい衝動に駆られる。けれどもそれをやると声の主が間違いなく拗ねて面倒なことになってしまうので仕方なく重たい瞼を持ち上げた。


「おはよう、紅玉」


 体を起こして声の主、目も覚めるような美貌の鬼、紅玉へとあいさつする。すると紅玉は満足した様子で芸術品のように整ったその顔にこれまた美しい笑顔を浮かべた。


「儂は先に下へ行っておるぞ、早う支度を済ませよ」


 私がちゃんと起きたことを確認すると紅玉は部屋を出て一階へと向かう。それから私はのそのそとベッドから這い出て身支度を始めた。


 青年を私の影の中に封印し、神様の名前が紅玉になった。じゃあそれで何が変わるのかと思ったのだが思った以上に何も変わらなかった。紅玉がテレビっ子になってから青年に会うまでの日常と全く同じである。紅玉の綺麗な顔が日常になってしまうなんて慣れとは恐ろしい。

 制服に着替えて私も一階へと降りようとしたところで足元の影にあるお札の存在を思い出した。青年を私の影に閉じ込めているお札で、何も変わらない日常において唯一変わった例外である。

 一階へと降りてリビングに入るとまず両親とあいさつを交わし、テレビを見るふりをして相も変わらずテレビの前を陣取っている紅玉の隣へと向かい小声で話しかけた。


「紅玉、お札」

「主、儂は札ではないぞ」

「機嫌の悪い妻みたいなこと言わないで。ほら、遅刻しちゃうから」

「まだそんな時間ではなかろう、まったく…」


 文句を言いながら紅玉が扇子の先を私の影に突きつける。わずかに空気が動く気配がしたかと思うとお札の輪郭が歪み、色彩が曖昧になり、やがて床や影の色に溶け込んでいく。うっすらと残ってはいるが予めお札の存在を知っていて見つけようと目を凝らさなければ多分見つかったりはしないだろう。

 紅玉いわく、この術はお札自体をどうこうしたわけではなく視覚や触覚などで認識することを邪魔しているらしい。つまりこの術さえあれば第三者からお札を見られることがないわけで、お札を引き連れて余生を過ごすハードルが一気に下がってくれるのである。おかげで退院後に学校に登校するようになっても誰からもお札は指摘されていないのだ。ただ残念なことに紅玉はこの手の術が得意ではないらしく半日ほどしか効果が持続しないので毎朝術を掛けてもらわなくてはならない。紅玉が拗ねて術を拒んだり家から出て行ったりしたらどうしよう。すごく困る。


「いつもありがとうね」

「なに、主の為ならばこの程度苦にもならぬ」


 苦にならないのであれば起こしに来た段階で術を使ってくれてもいいのではないだろうか、と疑問を持たないわけではないが。私は進んで藪を突っつく趣味は持っていないので余計な口は噤んでおく。紅玉が拗ねて困るのは私だけだ。

 そうして紅玉にお札を消して貰ってから私はようやく朝食の席に着いた。このお札、他人から見えない分には日常生活に支障が無いのでたまに青年がここに封印されていることを忘れそうになってしまう。気を付けなければ。

 いずれは封印を解いてあげたいとは思っているのだが今のところ何も手掛かりが無いし、唯一力になりそうな紅玉は青年と馬が合わなかったようだし彼の封印のこととなると協力は望めない。つまり封印を解く方法は私一人で探さなくてはならないのである。割と絶望的だ。


「いってきます」


 いつも通りの朝、親の行ってらっしゃいの声に交じって親に聞こえない紅玉の声が私を送り出す。これも既に日常になりつつある。


 通学途中で青年と出会った、つまり紅玉と青年が戦った、そして私の腹が掻っ捌かれた公園の前で少し違和感を覚えて足を止めた。一見するといつも通りの公園のように見えて、少し目を凝らすと公園全体に細い糸のようなものが張り巡らされているのが見えた。たまたまジョギングしている人が公園内を通過していったが糸に引っ掛かった気配は無く、それどころか糸に気付いた様子も無さそうである。

 多分、術か何かなのだと思う。青年が鬼狩りの罠がどうとか言っていたし、彼が罠を解除したから同じ場所に仕掛けに来た可能性は十分あり得る。


 鬼狩り。罠。


 鬼狩りと呼ばれる人たちならば術や封印に詳しかったりするのだろうか。紅玉に囮として罠に引っ掛かってもらって呼び寄せてみようか。でも紅玉が自分に不利益しかないことに協力してくれるとは思えないし、紅玉が協力してくれたとしても鬼狩りの人が協力してくれるとは限らない。仮にうまく事が運んで封印を解けたとしても鬼を狩ることを目的としている相手なんだから青年と即戦闘になりそうだ。いや、その前に普通に紅玉が狩られてしまう。

 ひょっとして紅玉が最近学校に付いて来ないのは鬼狩りとかその辺の事情もあって警戒しているのだろうか。てっきり昼ドラを見るためかと思っていたが尊大な性格の割に案外慎重な面もあるのかもしれない。


「あっ!」


 紅玉に昼ドラの視聴を控えるように言うのを忘れていた!

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