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「ふん、あんな身の程知らずの愚物のことなどどうでも良いではないか」
リンゴを片手に投げては取ってを繰り返している神様が私の寝ているベッドに腰掛ける。病院の丸椅子があるのに何故。神様のように派手で麗しい容姿に恵まれた存在が質素な丸椅子に座ったら何の罪も無い丸椅子の存在が浮いてしまうから仕方無いのだろうか。それとも丸椅子のことを手荷物置き場か何かだとおもっていて椅子と認識していないのだろうか。あり得ないと言い切れないのが悲しいところだ。
そんなことよりも、と言いながら神様が手に持っていたリンゴを私の方へと放り投げてくる。何故渡してきたのだろう。
「儂は人間風情に名乗る名を持ち合わせておらんのだが…例外として、特別に、汝がどうしてもと言うならば、呼びたいように呼ばせてやっても良いぞ?」
投げられたリンゴを受け取りながら、神様が言った言葉が理解できずに頭の中が疑問符で埋め尽くされた。何言っているんだ、コイツは。
「今まで通り神様で良いと思う」
「それは呼び名にならん、真面目に考えよ」
げんなりしながら受け取ったリンゴに視線を落とす。どうやら神様はこの期に及んでまだ名前を付けて欲しいと素直に言う気がないらしい。そして名前が欲しがっているということがばれていないと思っているようだ。どうかと思う。そうでなくとも私にとって他人の名前を考えるという行為は重労働に等しいのに、青年の名前を考えるときだって丸一日くらい掛かっているのに、いきなりそんなことをそんな風に言われても困る。まあ、悩んだ結果として彼の名前はその場の勢いでゲームのアイテム由来の女性的な名前になってしまったのだが。本当に申し訳ない。
しかし神様の名前か。青年の名前を付けた後に考え始めようと思っていたから今の今まで何も考えていなかった。なんならこのまま神様が言い出さなければ神様呼びで押し通そうとさえ思っていた。まったく、数日前に意識が回復したばかりの人間に頭を使わせないで欲しい。もう面倒だからいっそのことツナマヨとかで良いんじゃないだろうか、神様ツナマヨ好きだし。
そこでさっきから視界に入り続けていた、手元の赤いものに気付いた。これだ。
「りん、」
「よもや今汝が手にしている果実を儂の名にしようなどとふざけたことは考えておるまいな?」
言い終わる前に神様が扇子をばっと開いて脅してくる。リンゴではダメなようだ。と言うか、そういう意図でリンゴを渡してきたわけではないのか、紛らわしい。リンゴはダメ、神様もダメ。彼女は呼びたいように呼ばせると言ったと思ったのだが聞き間違いだったのだろうか。既に私の頭の中では神様=赤=リンゴの式が成り立ってしまっていると言うのに。
どうしたものかと手元に目を落とせばリンゴの表面にシールが貼ってあるのに気が付いた。
サンふじ。
リンゴの品種を示す言葉。もう面倒だからこれで良いんじゃないだろうか。流石にこれをそのまま名前にしたらまた怒られるだろうか。そのまま人の名前にするには少々アレだし文字を並び替えて、ふじさん、とか。富士山。うん、間違いなく怒られる、それだけは分かる。他の名前にしよう。他のリンゴの品種、ジョナゴールド?ダメだな、怒られる未来しか見えない。もっと何か、私の知っているリンゴの品種で人名にしても不自然じゃないもの。この不遜な神様でも納得しそうなもの。
あ、そうだ。
「紅玉、っていうのはどう?」
確かリンゴの品種でそういうのがあった気がする。サンふじやジョナゴールドと比べればかなり人の名前っぽいし、何より漢字で紅の字が入っているので目も髪も角も赤い神様にぴったりの名前だ。
当の神様は少しだけ驚いたような顔をした後、口の中で何度か名前を繰り返し、それからいつもの如くにんまりと余裕の笑みを浮かべた。腹が立つ顔のはずなのにこの鬼がするとそんな顔すらも様になってしまう。
「ほう、儂に玉の名を付けるか。悪くない」
ぎょく。確か宝石だか何だかを示す言葉だった気がする。はて、紅玉というのはリンゴの品種を表すために作られた造語ではなかったのか。確かに神様の外見は身に着けた宝石も霞んでしまいそうな美貌の持ち主ではあるけども。そんな名前を付けられて気後れすらしないとか。まあ、そんなの今更か。
「よかろう、今この時より儂の名は紅玉だ」
どうやら名前に満足したらしい神様、もとい、紅玉は立ち上がった。そしてベッドから数歩離れたところで振り返り私に向かって一礼した。
「末永くよろしく頼むぞ、我が主」
紅玉はそう言って礼を取った姿勢のまま顔だけ上げて、宝石と同じだと言うその名前に相応しい美しい笑みを浮かべるのだった。




