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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 結果だけ先に言ってしまうと、私は一命を取り留めた。


 まず私が腹を切られた公園の付近には交番がある。これ自体は私の物心がついた時から変わらぬ光景でありなんてこと無い日常の風景の一部だった。その交番のお巡りさんはいつも通りであればまだ交番内の業務にあたっている時間帯だったのだが、その日は偶然にもテレビの特番を見るために早めにパトロールから戻りたかったらしく普段よりかなり早めに交番を出たそうだ。

 そこで公園で這いつくばっている私を発見した。お巡りさんは度々酔っ払いを保護したことはあるらしいが、それにしては時間が早すぎるし、駅の周辺や飲み屋街ならともかく住宅街のど真ん中で、しかもベンチどころか公園の真ん中に地べたで倒れている人間を流石に不審に思ったらしい。そして近づいてみてあら吃驚、傍目に見たら殺人現場だ。その時点でテレビの特番は見れないことが確定した、本当に申し訳ない。

 その時、このお巡りさんは冷静で優秀だった。パニックになって騒ぎまわったりはせずに、私にかろうじて息があることを確認してすぐに救急車を呼んだらしい。ちなみに私にこの辺りの記憶は全く無い。既に意識を失った後のことである。

 しかし、そのお巡りさんから見ても私の生存は絶望的だったらしい。お巡りさんも応急処置はしてくれたらしいが死ぬことを遅らせても命を救うにはほど遠いものだったそうで、一刻も早く適切な処置をしなければすぐに命の灯は消えるような状況だった。救急車到着まで早く見積もっても五分。もしそれ以上かかるようでは存命は望めない。そんな危険な状態だった。


 そんな時、たまたまこの近辺に一台の救急車がやってきていた。救急車を呼んだのは小学一年生の男の子。パトカー、消防車、救急車といった緊急車両が大好きな少年で、彼の部屋はそれらの模型で溢れかえっているそうだ。そんな彼はその日たまたま、実物見たさを抑えられずに親の目を盗んで親が倒れたと緊急通報を入れたらしい。救急車が到着した後、彼は両親から大目玉を食らい、呼ばれた救急車は謝罪を受けた後何事も無く待機場所へと帰っていく、はずだった。例の通報があるまでは。冷静で優秀なお巡りさんも流石に呼んだ救急車が三分もせず駆けつけて来たときは驚いたそうだ。


 そして私は救急車に引き渡され、救命処置をされながら病院へと搬送されることとなる。だがいくら適切な処置を受けたとはいえ余談を許さない状況だった。そりゃそうだ、こちらとら腹を掻っ捌かれているのだから。救急隊員は意識が戻ってくるように何度も呼び掛けてくれたらしいが全く記憶に無い。申し訳ない。

 すぐにでも手術を受けなければ危険な状態だった。幸いにして受け入れてくれる病院はすぐに決まったそうだが、それでも手術は困難を極めたらしい。その時の医者が語るには手術の成功率は五パーセントあるかどうかと言ったところだったらしい。自身の腕に自信を持っている医者ではあったがこの時ばかりは流石に奇跡を願うばかりだったそうだ。


 五パーセント。奇跡。なんとも可笑しな話である。

 だって奇跡を起こすのに五パーセントなんて十分すぎるくらいなのだから。


 目を開けた時に病院の真っ白な天井が目に入り、目だけで周囲を見回し状況を理解して、そうして生の実感を得た時に涙が溢れるほどに安心したのは言うまでも無い。

 目を覚ましてからは怒涛の如く。まず医者や看護師が私を取り囲み異変や異常が無いかを何度も確認し、意識の回復を聞きつけた両親に泣きながら何度も怒られて、それから警察関係者に何度も事情を聴かれた。そりゃ腹を見事に切り裂かれていたら警察沙汰にならない方が不思議である。だが警察に切り付けてきたのはどんな人だったかと聞かれても私は答えることが出来なかった。何故なら私の腹を掻っ捌いてくれたのは人ではなく鬼なのだから。素直に話してそのまま精神科を受診するようなヘマはしたくない。私が覚えていないと何度も繰り返すと医者も警察も事件のショックで直後の記憶が飛んでいるのだろうと判断したらしい。申し訳ない。



 そんな周囲の人々の努力とふざけたほどに重なった偶然を経て、私は生きている。

 術後の経過は安定、この度無事一般病棟に移り、この分だとあと数日ほどで退院出来るそうだ。それは喜ばしい、大変喜ばしいのだが。


「何故見舞いの品が果物やジュースばかりなのだ?ツナマヨが無いではないか」


 何故かコイツがここに居る。

 未だ一人でベッドから動けない私に気遣うでもなく平然と室内を歩き回っている。


「何でここに居るの、神様」


 上体だけ起こして声を掛ければ数日ぶりの美貌がこちらへと向けられた。あんな目に遭わされた後で敬語を使うのが何となく癪だったのでタメ口で話しかけたが神様は気にする素振りも見えない。もともと話し相手の口調に大してこだわりも興味も無いみたいだ。

 青年と戦っていた時に一時傷だらけになっていたはずなのだが、綺麗なお顔どころか着ている服にさえ戦いの痕跡は残っていない。青年も切り落とされた腕をあっさり繋げていたし、多分鬼にとってはあの程度は怪我の内にも入らなかったのだろう。心配して大損した。私なんか腹部に傷跡が残るって言われているのに。


「随分な物言いだな。誰のおかげで助かったと思っておる?」

「誰のせいで病院に入る羽目になったと…」

「儂はちゃんと避けろと言ったではないか。あれは避けなかった汝が悪い」


 無茶を言ってくれる。一般人があのタイミングで咄嗟に動けるほどずば抜けた反射神経を持っているわけがないだろうが。

 そんな私の不満げな視線をものともしないで腹を掻っ捌いてくれた神様は反省した素振りすら見せずに私宛のお見舞いの品を物色している。そこを漁ったところでツナマヨおにぎりは絶対に出てこないであろうに。本当になんで助けてしまったんだろう。今となっては後悔しかない。


「まあ、それはそれとして。彼奴を封じたことには称賛に値する。よもや汝のような矮小な存在に二度も助けられるとは…また恩が出来てしまったな」


 そう言って神様が指差したのはベッドの下、より正確に言うならば私の影。


「あっ…」


 そこにあったのはあの日青年を封じたはずのお札だった。てっきり公園に置いて来てしまったのだと思っていたのだが。


「なんでここに…」

「彼奴が汝の影に封じられているからだ」


 神様がお見舞いの品々の中からリンゴを一つ手に取った。そのリンゴを食べるわけでも無く手の中で遊ばせている。神様と同じく色が赤いから親近感でも湧いたのだろうか。


「儂が封じられたときは社という入れ物があったが今回はそれが無い。故に呪いが手近に封じる場所としてそこを使ったのだろう」

「このお札、ずっと付いてくるの?」

「封印が解けない限りは、恐らくな」


 それは地味に困る。神様に会う前からお札は見えていたので普通の人にもこれは見えているはずだ。今はまだ室内だから光源の向きがある程度決まっているので目立たないが、外出するときもずっとお札を引き連れて歩くのは流石に嫌だ。


「この封印ってどうにかして解けない?」


 私の質問に神様が露骨に嫌そうな顔をする。流石にこの顔は美人が台無しだ。


「何故解く必要がある。あのような不快な輩、もう二度と顔を見たくはないであろう」

「私はそこまでじゃないけど。それに封印されたままだと困るし」


 騙し討ち的に封印してしまったので多少顔を合わせることに気まずさはあるが、少なくとも人の腹を掻っ捌いておいて平然としている鬼よりはまだ彼の方が安心できる。それにあの時はパニックになっていて殺されてしまうと思い込んでいたが、冷静に青年の言動を振り返ってみれば彼に私を害するつもりが無かったのは嘘ではないように思える。何よりお札を引き連れて生きていくなんて真っ平ごめんだ。

 そんな私を見て神様は面白く無さそうにふん、と鼻を鳴らした。


「あの封印は内からの一切干渉を受けつけぬ、彼奴であっても手も足も出まい。そもそも儂の封印を解いたのは汝だ、その汝が分からぬものを儂が知るはずなかろう」

「私は何かした記憶は無いけど。お札も勝手に剥がれただけだし…」

「年月を経て呪いが朽ちたのだとしても新たに直した呪いが一年二年でどうにかなるはずがない。汝の寿命の内に解けるかさえ分からん。諦めよ」

「そんな…」


 死ぬまでお札と生きていかなくてはならないとかハードルが高すぎる。このお札、配置は選べるのだろうか。そしたら衣服の内側にでも隠すことが出来るのだが。逆にそうじゃなかったら不便過ぎる。

 それに封印が解けないまま私が死んで影自体が無くなってしまったら青年はどうなってしまうのだろう。勝手に封印が解ければまだ良いけれど、影が消えるのと同時に中に居る彼まで死んでしまったりはしないだろうか。それはなんだか申し訳ない。


 落ち込む私を見た神様はやはり面白く無さそうに拗ねたような顔をしてみせるのだった。

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