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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 それから十分もしない内に私は明らかに不機嫌な神様を引き連れて私は公園へと戻ってきた。個人的事情で言えば神様一人だけを公園に行かせて私は明日までに青年の名前を考える方向で行きたかったのだが、殺気立つ神様の有無を言わせぬ迫力に負けて同行することと相成ってしまった。

 ちらりと神様の顔を盗み見る。そもそも神様は一体何でそんなに不機嫌になっているのだろうか。不機嫌になった切っ掛けは多分神様が変えた目を更に青年が変えたから。それに関しては少し迂闊だったとは思っている。青年が書き換えたときもわりと成り行きだが、神様が最初に目を弄ったというときもお返しのついでみたいなものだと思っていたのでぶっちゃけそんなに怒るとは思っていなかったのだ。でも実際そんなことで怒るような性格には思えない。それとも人間に対してと鬼に対してでは態度が変わるのだろうか。


「えっと、ここのはずなんですけど」


 そうこうしている内に青年が居るはずのベンチのもとまでたどり着く。が、肝心の青年の姿が見当たらない。言われた通りに連れてきたというのに一体どこへ行ってしまったのだろうか。


「妃芽、下がれ」


 え、と驚愕を込めて神様の顔を見る。初めて神様に名前を呼ばれた、というか名前知っていたのか。

 当の神様が咄嗟に動けない私に構わずに一歩前に踏み出し、扇子を一振りすると周囲が炎に包まれ薄暗くなってきた公園内が一気に明るく照らされた。思わずぎょっとして神様の服の裾を掴む。


「え、ちょっと何してるんですか?!」

「ふん、安心するが良い。罠を燃やすだけで実害は無い」


 罠?と私が聞き返すより先に静かに消えていく。そうして再び薄暗くなった公園は実害は無いと言った言葉通りに街灯に照らされる限りでは焼け焦げているような跡は見当たらなかった。いや、それにしたってやる前に一言くらい言ってくれたって良いじゃないか。

 私の非難がましい視線に目もくれず、神様は険しい表情のまま真っ直ぐ前を見据えた。


「次は灰にするぞ。姿を現せ、泥棒猫」


 泥棒猫って。取りあえず帰ったら昼ドラの視聴は控えるように言おう。

 神様が睨みつける暗がりから一人分の足音が近づいてくる。

 

「やれやれ、ノリが悪い。折角新しい術式を組み込んだ罠に一つくらい掛かろうとは思わないのか?」


 それはここ数日で聞きなれた男性の声。

 暗がりから歩いてくる人影が街灯に照らされその姿が露わになる。


「やあ、妃芽。待っていたよ」


 現れたのは鬼の青年だった。彼はさっき別れたときと同じような穏やかな笑みを浮かべているのだが、何故だかその笑顔にぞくりと背筋が寒くなる。そんな私を庇うように、本当に庇うつもりがあったのかどうかは定かではないが、神様が青年の視線から私を隠すように間に立ちふさがった。


「はっ!どのような阿呆面が拝めるのかと思えば、身の程知らずの角欠けか。儂のものに手を出してタダで済むと思うな」


 角欠け。角が折れている青年の見た目を指しているのだろうが、そう呼ぶ神様の声音は明らかに相手を馬鹿にする意図が垣間見える。


「文句を言われる筋合いは無い。むしろ感謝して欲しいくらいだね、お前の粗雑な術を妃芽に似合うように書き換えてやったんだ」


 青年の冷静な、けれども怒気に満ちた声に体が竦む。私と初対面の態度も刺々しいものだったが、その時でもこんな恐怖を覚えるような感覚は無かった。ピリピリと緊迫した空気が肌を刺す。こんな状況になってから私はようやく彼が神様を怒らせることを承知の上で私の目を書き換えたのだと理解する。彼にしても神様にしても、面識が無いはずなのだが何故初対面から両者こんなに喧嘩腰なのか。大変に居心地が悪い。喧嘩をするならするで構わないから私は帰ってもいいだろうか。


「儂の呪いが粗雑だと?」

「ああ、術の痕跡からでも分かるくらい酷いものだった。あれと比べれば子供の落書きの方がまだ上手なんじゃないか?あんな目では妃芽に相応しくない」

「しゃあしゃあと。良くもまあ頼んでもいないことを恩着せがましく言えるものだな」


 神様が扇子を持った腕を大きく振ると空中に無数の炎が現れる。私なんかはそれだけでぎょっとしてしまうものだが、青年の方向から聞こえてきたのは呆れたような、あるいは馬鹿にするような、そんな深い溜息だった。


「粗雑なのは術だけでなく頭の作りもなのか?鬼を映し術を映さない目が鬼の興味を惹かないわけがない、それがどれだけ危険かも知らないで」

「ふん、危険と言うのは貴様自身のことか?その目にまんまと釣られた分際で偉そうに」

「目に興味を持ったことは否定しないが僕は妃芽を危険に晒すような真似はしない、お前と違ってな」


 本当に私を危険に晒すつもりが無いならその挑発的な言動を控えてくれないだろうか。

 青年の鼻で笑う声が聞こえるのと同時に神様の纏う雰囲気が変わりそれに恐怖を感じるより先に肌が粟立った。殺気立った神様が腕を一振りすると青年の声がしていた方向へ先程の炎が一斉に降り注ぐ。制止する間も無く一ヶ所でぶつかり合った炎は凄まじい轟音と共に火柱へとその姿を変えた。

 それを見た瞬間、心臓を鷲掴みにされたような感覚にめまいがした。


「は?ちょ!な、何してるんですか?!」

「あやつが悪い」

「良いとか悪いとかの問題じゃないでしょ!!」


 咄嗟に駆け寄ろうと脇をすり抜けようとするが神様に腕を掴まれ妨害される。実際駆け寄ったところで何が出来るわけでもないのだが、それでもあの炎に飲まれた相手は知らない相手じゃないのだ。常識に欠けたところがあっても根は悪い人じゃないと思っていただけに裏切られた気分だ。たとえ彼の頼みであっても神様と彼を会わせるんじゃなかった。そしたらこんなことにはならなかったのに。

 腕を離す気配の無い神様を睨みつけるが視線が交わることは無い。神様は私など目もくれずに火柱を険しい顔で睨みつけている。そのちぐはぐな行動がまた自分勝手な彼女の特徴を縮図にしたようで、私は苛立ち任せにその腕をなんとか振り解く。


「待て!」


 制止する神様の声を無視して火柱のもとへ向かおうとして、けれども私の足は動かなかった。

 ふっ、と。私が駆け寄るより先に燃え盛っていた火柱が吹き消されたろうそくの炎のように掻き消えたのだ。


「次は灰にするんじゃなかったのか?」


 そうして現れた青年は当然のように傷一つ無く、心配したのが馬鹿みたいに思えるほど相手を馬鹿にした笑みを浮かべていた。

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