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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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「えっ」


 声が出るようになった。体も動くようになった。それでも私は動けなかった。私の目は彼の指先に釘付けだった。彼の角、先端も先端の一欠片。宝石のように美しいそれは間違い無くついさっきまで彼の一部分であったものだ。宝石なんて洒落た例えを出してみたが、ぶっちゃけ馴染みがあるわけでもないのでパワーストーンかゲームのアイテムのように感じてしまう。実際に最近入手したばかりの瑠璃の杖の画像ではこんな感じの石が付いていた。

 いや、ゲームじゃない。現実だ。

 現実逃避である。

 目の前の相手が何でこんな暴挙に及んだのか理解できなくて、理解したくなくて。思考が勝手に明後日の方向へ行こうとするのを何とか引き戻して口を開く。

 

「な、なんで、お、折って」

「鬼にとって角は大切なものだから」


 大切なものだから。だから?だからと言っているのに一切説明になっていない。大切なものなら何で折る必要が?


「妃芽、手を」


 青年の呼びかけに反応出来ないでいる私の手を勝手に取って、彼は私の掌に折ったばかりの角の欠片を置いた。手の上に見た目よりしっかりした重みが伝わりこれが夢の類ではないと言うことを実感する。


「これ、お、折って大丈夫、なの?」

「この程度なら直せるから問題は無いよ」


 青年はこれまた極めて嬉しそうに目元を緩めた。自傷行為をしたとは思えないような穏やかな笑みである。痛くは無いのだろうか。少なくとも痛そうではないのだが。血が出ていないのでひょっとすると血管も痛覚も通っていないのかもしれない。だとしてもいきなり折るのは止めてほしい、心臓に悪い。


「これを君に貰って欲しい」


 え、と考えるより先に声が出る。何故。綺麗ではあるけれども貰っても困る。


「待って、大切なものなんじゃないの?」

「さっきも言ったけど、大切なものだからこそ名前の対価になる。受け取ってくれ」


 どうしよう。受け取りづらい。その角の対価になるはずの名前を考えていないって凄く言い出しにくい。取りあえずこれ貰ったら次は私が名前をあげなくてはならない流れになるので絶対に受け取るわけにはいかない。

 などと考えている間にも青年の手は私の手を覆うようにして角の欠片を握らせようとしてくる。


「本当に待って、貰えないから!」


 止めるために反対の空いている手で青年の手首を掴むがびくともしない。丁寧な手つきで触れてくるものだから分からなかったがかなり力が強い。体格とか性別以上の腕力の差を感じる。


「私は、その、角とか欲しかったわけじゃないし」

「…すまない。本来なら君が望むようなものを用意できれば良いんだけど」

「違う、そうじゃなくてっ…!」

「ただ、これは妃芽のためにもなることだから」


 私のためになる?折った角を渡すことが?何で?疑問を口に出す前に青年がようやく手を放してくれる。

 ほっとするのも束の間、私が角を返すより先に流れるような動作で青年がキセルをくわえた。そこで脳裏に過ったのは昨日いとも簡単に紙吹雪に成りはてた学校のプリント。なんで急に、そんな、敵対するような態度じゃなかったのに。むしろ好意的ですらあったのに。

 訳も分からず、咄嗟に身構えて目をぎゅっと固く瞑った。


 青年の、ふうっと息を吐く音が嫌に耳につき、身構えた体が余計に強張る。


 それから数秒ほど身を固くしていたのだが全身に痛みが走るような凄惨なことにはならなかった。目を開けていないから正確なことは言えないが、少なくとも体が紙吹雪のようになっていないことだけは確かである。


「妃芽、目を開けて見せて」


 そんな緊張状態の私に青年は相も変わらず柔らかな声音で話しかけてくる。


「そんなに怯えなくても取って食ったりはしないよ」


 くすくすと笑いながら、おそらく青年のものであろう手が私の頬を撫でてくる。誰のせいだと思っているんだという怒りが込み上げるが、やはりその柔らかな声からは私に危害を加えようとする意図が感じられない。いや、世の中の悪人が全て悪意を見せて歩いているわけでもないのだろうけど。しかしここでうだうだと考えていても目を瞑ったままでは逃げることもままならない。

 恐る恐る警戒しながら目を開けると青年の顔が思ったよりずっと近くにあって、こちらを覗き込んでくる青色から逃げるように思わず後ずさった。


「良かった、上手くいったみたいだね」


 満足そうに微笑む青年を見て攻撃したわけではないことにようやく確信が持てた。じゃあ、攻撃ではないなら何をしたのか、というところまでは当然分かるはずがないのだが。


「…上手くいったって、何が?」

「僕の角を元にして君の目を書き換えた術に上書きを施した。正確に言うと上書きというよりは術で書き換えられた跡から先に施された術式を推測して不足している部分を補ったんだけど」

「??」

「口で説明するより実際に見た方が早いか。見ててごらん」


 そう言うと青年は再びキセルをくわえた。さっき過剰に怯えた私に対する配慮なのか今度は何も無い空間へと煙を吐き出した。そう、煙を。


「え?」


 青年の吐き出した息に煙が伴っていた。便宜的に煙と表現したが実際それを煙と呼ぶのはいささか躊躇われる。何故ならその煙は私が良く知る雲や霧のような煙ではないのだ。例えるなら昔の絵巻物なんかに描かれている雲ような、どの角度から見ても平面的な煙のような何か。


「なに、これ…」

「これが僕の術だよ。いつもはもう少し複雑なものを使うけど」

「…触っても」

「大丈夫なようにしてあるから好きにすると良い」


 そっと手を伸ばして煙に触れるとそれは私の手の形をなぞるようにして形を変えていく。触ったという明確な感触は無いが極々薄い柔らかい布が肌にまとわり付くような感覚だ。煙の形を変えるように暫く戯れていると不意に私の動きを無視して煙が動き出す。ゆっくりと上へ煙が一纏めになると、次の瞬間煙が桜吹雪へと姿を変えた。


「わあっ!」


 術で作ったものだからか、その花びらはまるで一枚一枚が淡く発光しているように見えて何とも幻想的だ。触れようと手を伸ばしてみれば今度は触れた傍から花びらが消えていく。


「…綺麗」

「妃芽、手を叩いてみて」


 言われるがままに手を一度叩くと今度は振り続けていた花びらが一枚残らずその姿を消した。どうやら終わりの合図だったみたいだ。とても綺麗だったので正直もう少し見ていたかった気持ちもあるのだが。


「お気に召したかな?」

「うん、すごく綺麗だった」

「ありがとう、術を褒められるのは悪い気がしない。…でも僕が聞いているのは君の目の方だ」


 目?思わず片手を目元まで持っていく。そう言えば術は見えないと言われていたのに何故急に見えるようになっているのだろう。口ぶりからして彼が何かしたのだろうか。


「半端な術でも一度他者が書き換えたものに介入するのは難しくてね。だから僕自身の角を使ったんだ」


 角。言われてから私は、なんとも間抜けなことに、今更ながらに、自分の掌から握らされたはずの角の欠片が消えていることに気が付いた。先程までの高揚感はどこへ行ったのか、全身から血の気が引く心地を味わいながら何もなくなった掌と青年を交互に見比べる。


「は、え、あの?使った?」

「そう、角は力の塊だからね。あんな欠片でも媒介にするには十分なんだ。干渉出来てしまえばあとはさっき言った通り、書き換えた跡から足りない部分を補うだけだから大したことないよ」


 大したことないじゃない、大問題だ。返すより先に物自体が無くなってしまったのだから。


「そんな深刻な顔をしないで欲しい。僕がやりたくてやったことなんだから」


 苦笑いを浮かべながら青年が私の頬を撫でる。さっきから思っていたがこの人、というかこの鬼、少し思考がズレている気がする。やはりそこは神様と同じ鬼といったところか。それはそうとして彼がやりたくてやったことならまだ名前を用意していないってなっても許してくれたりはしないだろうか。


「…そういえば、名前を貰う前に一つ聞きたいことがあったんだ」

「何?私に答えられることなら何でも聞いて?」


 青年の言葉に食い気味に聞き返す。出来れば一つと言わずに三つ四つ聞いて欲しい。その間になんか良い感じの名前を何とかひねり出すから。

 

「そんな難しい質問じゃないよ。君が持っているその札、ひょっとして君が神様って呼んでいる鬼と関係があるんじゃないかと思って」


 青年がキセルの先で示したのは私のポケット、そこに入れっ放しになっているお札。


「え?…うん、神様が封印されてたところに貼ってあったんだけど」

「封印されていたのって神社や祠だったかい?」

「そうだけど…知り合い?」

「いや、全然」


 何故急に神様の話になったのだろうか。知り合いでもないと言うし、興味も大して無さそうだ。本当に何で聞いてきたのだろう。

 それから青年は少しだけ考えるような仕草をしてから何か思いついたように笑みを浮かべた。その笑い方が一瞬だけ、胃の中に氷を押し込まれたようなにぞっとする感覚がして思わずたじろぐ。


「少し会ってみたいな。そいつをここに呼んできてもらえるかい?」


 けれどもそれはほんの一瞬のことで、再び口を開いた青年はさっきの表情が見間違えだったんじゃないかと思うくらいに変わらず穏やかに微笑んでいた。


「それは、別に、構わないけど。今から?」

「そうだね、僕としてはなるべく早い方が良い」


 そして彼は、綺麗な青い目が蕩けるんじゃないかと思うほど恍惚とした表情を浮かべた。


「名前はその後で」


 その後ってどの後なのだろう。

 何にせよ、彼は名前の件を忘れるつもりはないらしい。

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