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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
13/110

13

 帰宅すると玄関で仁王立ちする絶世の美女と遭遇した。


「何か申し開きがあるならば聞いてやらないでもないぞ」


 そしてその美女は私の申し開きを当然としている。私の頭の中が疑問符で埋め尽くされたのは言うまでも無い。果たして今は申し開きを必要とする場面なのだろうか。

 申し開きをするとして、何に対してか。まあ、朝ならともかく今なら分かる。分かるというか青年に答えを教えてもらったばかりである。恐らく名前を付けずに呼び方を神様に戻したことに対してなのだろう。神様呼ばわりは名前にカウントしないのだろうか。していないからこそこうして不機嫌なのだろうけど。


「……ただいま?」


 取りあえず帰宅の挨拶だけでもしてみると神様の後方、私の母から返事が返ってくる。当の神様は無視されたと思ったのか美麗なご尊顔に似合わないほどに頬を膨らませた。


「汝の、そういうところが悪い!!」

「えっと、そういうところと言いますと?」


 素知らぬ振りをして訊ねると神様は数秒ほど押し黙り、ふんっと鼻を鳴らして二階へと上がっていく。多分私の部屋を陣取りに行ったのだろう。

 どうやら神様は青年と違って率直な言葉で名前が欲しいというつもりは無いらしい。ひねくれた性格をしておいでだがこの現状に関してだけ言えばその性格に助けられた。いくら他に類を見ないほどの美人であっても傍若無人なところが目立つ神様より、落ち着きがあり私に対して常識的な態度で接してくれる青年の方が遥かに印象が良い。彼に駄目だと言われたから名前を付けないというわけではないが神様に名前を付けるのは彼の名前を考えてからでも良いかと思うくらいには好感を抱いている。そしてこの面倒くさい拗ね方をするほどに神様への好感度が駄々下がりである。

 とは言え、解決の方向性を分かっていながらあえてそちらに舵をとらないのだから私に全く非が無いというわけではない。だからせめてもの罪滅ぼしに、というか言い訳に、機嫌を取るためにこうしてツナマヨのお握りを買って。………買って?


 買っていなかった。


 青年の名前を考えながら帰っていたらコンビニに寄ること自体をすっかり忘れていた。何たる失態。このままでは私の部屋を陣取っているであろう神様の機嫌を直すことが出来ない。そもそも何故神様は私の部屋を陣取ったのか。寝る必要が無いのだから陣取るならリビングのソファーでも良いじゃないか。神様がリビングのソファーに一日中居たって誰も怒りはしないが私がソファーで寝ようとすると親に怒られるんだぞ。

 今からコンビニまで買いに行く、のは止めた方が良いだろう。母は既に私が帰ってきたのを知っていて、そして今は夕飯作りの真っ最中だ。夕飯前にあえてコンビニにお握りを買いに行くなんて母に喧嘩を売るようなものである。ようやく一週間前のほとぼりが冷めてきたところなのにそれは困る。だからと言って拗ねた神様の相手をするのも面倒だ。


 仕方ない、作ろう。多少面倒ではあるが材料は家にあるはずだからコンビニに行く必要が無いし懐も痛まない。

 小腹が空いたからお握りを作ると言って夕飯を作る母の隣を間借りして早速作り始める。ツナ缶とマヨネーズと調味料を混ぜて具を作り、夕飯用に炊いてあったご飯で手早く握る。コンビニで売っている物のように綺麗に角が立った三角形ではないがいい出来ではないだろうか。


 仕上げに海苔を巻いたお握りを皿に乗せて二階へと上がる。そして自分の部屋の前で一呼吸おいてドアをノックした。


「入りますよ」


 自分の部屋にノックするところから今の台詞までを含め、二階に親が居たら出来ない所業である。

 予想通りというかなんというか、ドアの向こうからの返事は一向に無い。案外他の部屋にいるのだろうか。確認する意味を含めて返事を待たずにドアを開けると、私のベッドに腰掛けふんぞり返っている神様がそこに居た。


「何をしに来た」


 自分の部屋に来ただけである。


「まっっったく、心当たりは無いのですが、あなたを怒らせてしまったようなので。お詫びにこちらをと思いまして」


 そう言って今しがた作ったばかりのお握りを神様へと差し出した。ちなみにだが、帰宅してから意図して彼女を神様と呼ばないように努めている。怒っている原因が分かった今、あえて地雷を連打する必要も無い。


「そんな物で儂の機嫌が直ると思ったか?………まあ、どうしてもと言うなら食ってやらんでもないが」


 言いながら神様はお握りへと手を伸ばす。案外ちょろいな、コイツ。


「ふむ」


 お握りを一つ手に取ってしげしげと眺める。そんなに珍しい形をしているわけでもなければ不格好でもないと思うのだが。そして一口食べてから、思った味と違ったのか不思議そうに首を傾げる。失礼だな。


「……どうかしましたか?」

「いや、いつも食っていたつなまよと味が違うでな」


 ツナマヨなら何でも良いのかと思ったのだが案外繊細な舌をしているらしい。


「でしょうね、私が作ったやつですから」

「汝が?」


 神様が手に持っているお握りと私を交互に見る。私が作っては不満か、やはりコンビニお握りの方が良いのか。それともお握りを作れないほどの不器用だとでも思っていたのだろうか。


「口に合いませんでしたか?」

「む、そうではない。…そうではない」


 神様は難しい顔でお握りを見つめ、おもむろに大きく一口かじり付いた。それから頬を一杯にしたままお握りを咀嚼する。そりゃあんなに大きな口でかじり付けばそうなるだろう。ようやく口の中のものを飲み込んだところで神様が口を開く。


「ふむ、悪くない」

「無理しなくて良いですよ、売り物には敵いませんし」


 コンビニのお握りは万人の舌に受け入れられるからこそ売れるのだ。そんな最大手と個人の味覚で作られた物が同等の評価を得られるとは初めから思っていない。普段から熱心に料理や味の追求をしているわけでもない、そんな私が夕飯を作っている母の邪魔にならないようにちゃちゃっと作った物なんて味で劣っているのは当然だろう。

 神様が食べないからと言って残してしまうのは勿体ないので皿のお握りへと手を伸ばすと何故か神様が皿ごとお握りを取り上げた。


「ならん!これは儂のだ!」

「え、はい?」

「汝が儂に作ったのだから全て儂が食らう義務がある、違うか?」


 違うと思う。たとえ善意であっても迷惑な時は迷惑だとはっきり言うことも大切だ。

 ただ、まあ。面倒な神様のことだからこうして独占したがると言うことは義務とかなんとかは建前で本当は気に入ったのだろう。コンビニのお握りと比較して形も味も劣っているであろう、私が作ったお握りを。なるほどなるほど、美人なだけではなくて可愛いところもあるじゃないか。


「……何を笑っておる」


 片手に食べかけのお握り、片手にお握りの乗った皿を持った神様。こうして行動で示して見せるのはある意味で言葉で何かを言われるより分かりやすいのかもしれない。

 

「いいえ、何でもないですよ」


 その返答に納得出来ないらしい神様が追及してくる中、一階の母から夕飯が出来たとの声が聞こえ私はこれ幸いにと部屋を出る。神様は付いてこなかった、というか神様が付いてくる前にドアを閉めた。両手が塞がっていた神様は咄嗟に反応出来まい。


 夕飯には付いて来なかった神様ではあるのだが、夕飯を終えて部屋に戻ると拗ねた様子でぶつくさと文句を言い続けた。けれども彼女の口調がどことなく楽し気で、そしてお握りの乗った皿が空になっていたので。眠るまでの間、弛む頬を引き締めながら彼女の文句を大人しく聞き続けた。

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