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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 学校が終わり昨日彼が居た公園に立ち寄ると、昨日と同じ場所で同じようにキセルをふかしているのが見えた。キセルをふかすその口元からは相変わらず煙が見えない。


「こんにちは」


 昨日と同じように挨拶をすると彼がこちらに目を向ける。これまた昨日と同じように、彼は私が声を掛けるまで私の存在に気が付かなかったらしい。


「また来たのかい?物好きだね」


 昨日と違うところと言えば私がプリンを持っていないところと、彼がこうして微かに笑みを浮かべて私を迎えたことだろう。昨日の刺々しい態度から一転どのような心境の変化があったのだろうか。折角綺麗な顔立ちなのだし仏頂面をしているよりはこうして柔らかな表情をしている方が合っている気がする。まあ、それも神様と比べれば平凡の域を出ないのだが。いや、神様と比べれば人類の大多数は平均以下だろう。そもそもあの芸術品の如く秀麗な容姿を何かと比較しようという考え自体が間違いだ。


「あなたに会えたお陰で少し良いことがあったので、お礼を言いに」


 彼が居なければ私は神様のことを未だに神様だと勘違いしたままだった。そしてその様を知らぬ間に馬鹿にされ続けていたことだろう。本当にいい仕事をしてくれた。


「特に何かした記憶はないけれど。まあ、礼を言われて悪い気はしないね」


 そう言うと青年はまたキセルを口にくわえた。どうやら何があったのかは聞くつもりが無いらしい。多分興味も無いのだろう。さて話が途切れてしまった、どうしたものか。一方的にこちらの話をべらべら喋るのも気が引けるしもうお礼は言ったのだから立ち去ろうかと考えていると、彼がキセルを持っていない方の手で自分の隣の空いている場所を軽く叩いて示した。


「僕は今暇だから、君も暇なら話し相手になってくれると有り難いんだけど」


 おや、と持ち上げようとした足を再び地面に下ろす。どうやら彼に愛想が無いだけで私が嫌われているわけではないようだ。

 暇かと聞かれて素直に肯定するのは少々抵抗があるが、事実としてこの後はコンビニに寄ってツナマヨおにぎりを買って帰るくらいしか用事が無いので、キセルをふかす青年の隣に腰を下ろした。


「ずっとここに居るみたいですけど何をしているんですか?」

「敬語」


 警護?


「無理に使わなくて良いよ。慣れていないんだろう?」


 はあ、と曖昧に返事をしながら青年の横顔を見る。敬語に慣れていないのは事実だが、外見でも恐らく年齢でも年上の相手にタメ口で話すことの方がよほど慣れていない。そして涼しい顔をしながら話をはぐらかされたような気がする。説明する気が無いのだろうか。


「僕が罠に捕まっている状態という話はしたかな?」


 あ、説明する気はあるらしい。


「ちらっと聞きました、あ、聞いた、けど…」


 言われたそばから敬語で返事をしてしまい、咄嗟に言い直そうとしてしどろもどろになる私に青年が軽く噴き出した。くそう、誰のせいでこうなっていると思っているんだ。


「一部の人間は鬼を狩ることを生業としていてね、僕はその罠にまんまと引っかかったんだよ。君の目は鬼は見えるけど術が見えないから罠に掛かった間抜けだけが見えているだろうけど」


 自嘲する青年を改めて見るが、私の目には昨日と同じようにベンチに座っているだけに見える。


「そして今はこうして、」


 青年がキセルを口元に運び、ふっと空気を吐き出す。キセルをくわえたはずなのに吐いた息はやはり煙は混じっていない。


「地道にその罠を解いているところだよ」

「……エアー煙草をしているのが?」


 見たままの疑問を口に出すと彼は一瞬驚いたように目を見開き、その後ばつが悪そうに深い溜息を吐き出して目を逸らした。


「ああ、そうだった。術が見えないなら罠だけじゃなくて煙も見えないのか。不便だね、それ」

「私は別に不便でも何でも無いけど。煙が術なんだ?」

「僕の場合はね。君にはさぞ間抜けなことをしている奴に見えていただろうけど」


 実際そうだから否定し難い。


「でも罠だったら仕掛けた相手が来るんじゃないの?」

「いずれはね、しばらくは来ないだろうけど。こういう罠を仕掛ける相手は獲物が罠に掛かってから中で暴れて気力も体力も消耗したところで確実に息の根を止めようと考えるような狡猾なやつだから」


 息の根を止める、という言葉を聞いて次の言葉が出てこなかった。つまり彼が今この瞬間に捕まっているという罠は彼を殺すことを目的としているのだ。

 罠と言うのは鬼を捕まえてそれこそ神様が扱うような術を使わせるのが目的なのだろうと漠然と考えていた。そうじゃなければ神様がされていたように封印することを目的としているのだと。それだけに彼の言葉は悪い意味で衝撃的で、非日常的で、不快な感覚が胃の辺りに居座ってくる。


「なんて顔してるんだい」


 そう言ってくる青年はとても柔らかな笑みを見せてくるので、果たして私はどんな顔をしていたのだろうか。


「…大丈夫なの?」

「心配してくれるんだね、人間なのに。鬼である僕の方を」

「顔も見たこと無い人間より、こうして目の前で話している鬼の方が心配だよ」

「面白い意見だ。罠が解除出来たら君みたいな人間の下に侍るのも楽しそうだね」


 こちらの心配を一笑に付してしまう青年を睨みつける。彼はそれさえも楽しそうに笑い、またキセルをくわえて息を吐き出した。


「心配しなくてもこう言ったことは初めてじゃない。解除も割合順調だよ。元はこの公園一帯に張り巡らされていた術式が今はこのベンチの周囲だけになっているし」

「そう言われても見えないし分からないんだけど」

「見せてあげられないのが残念だ。僕の見てきた罠の中でも五本の指に入るくらい見事なものなんだけど」


 青年には悪いが見せられたところで私には比較の対象がないので、見せられたところで、という気がしないでもない。

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