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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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31

 私に用意された部屋がある建物とはまた別の建物。広い敷地内の恐らく中央に位置するであろう建物までやって来た。


「繧繝様、如月妃芽様がお見えです」

「通せ」


 ここまで案内してくれた人が室内に向かって声を掛けると聞き覚えのある男性の声が部屋の中から聞こえてくる。部屋の戸が開かれると広い室内の奥の方に机が一つ、周辺の畳に雑に積まれた書類の数々。

 机に着いているのはハルちゃん。その傍らに立っているのは土岐さん。既に見慣れつつある組み合わせだ。


「よお、妃芽ちゃん。散らかってて悪いな、来るって分かってたら掃除の一つでもしといたんだが」


 席から立ち上がってハルちゃんがこちらに歩いてくる。それだけで私の後ろに居る紅玉が警戒する気配が伝わって来た。けれどもハルちゃんは紅玉のことなんて気にする素振りも見せずに私の目の前までやって来る。


「どうした、怖い顔して」


 飄々とした、あるいは人当たりの良さそうな笑顔でハルちゃんが問いかける。警戒心をむき出しにしている紅玉ではなくて私に。まるで紅玉の姿が見えていないような振る舞いだ。鬼の主であるはずのハルちゃんが鬼の姿を見えないはずが無いのに。


「ハルちゃん、瑠璃の行き先知ってるよね」

「もちろん」

「今すぐ行かなきゃなの、教えて」

「何で?」


 何で、なんて。何でそんな言葉が出てくるのか。言葉の裏で瑠璃と言い合いをしていたハルちゃんが分からないはずが無いのに。信じられない物を見る目でハルちゃんを見るが相変わらず笑っている。にやにやと、へらへらと、胡散臭い笑いを浮かべている。

 かっと頭に血が上り、言いたいことが渋滞して喉から出なかった。渋滞した言葉たちを一度飲み込んでから冷静になるためにふうっと息を一度吐き出す。吐き出しながら聞かなかければならない言葉を手探りで探し出す。


「瑠璃の機嫌が結構悪かったから」

「へえ」

「このままだと水鞠と桐島さんが危ないかもしれなくて」

「ほうほう」

「瑠璃のことを信じてないわけじゃないけど、私に関することには過剰に反応するところがあって」

「うんうん。それで?」


 真剣に話している私に対してハルちゃんはまるで茶々を入れるように必要の無い相槌を打ってくる。私を苛立たせる為なのだとしたら百点満点だ。それでも私が感情まかせに言葉を出さないで居られるのは滅茶苦茶不本意だけど目の前のハルちゃんのお陰である。分かり易いくらいに私を観察してくるハルちゃんのせいである。

 私を怒らせるようなことをして反応を楽しんでいるのかもしれない。そんな思考が過るから彼の思惑通りに怒ってしまうのが何となく癪でぎりぎりのところで感情をぐっと抑えられる。


「瑠璃を止めたいから居場所を教えて。ここに来るまで他の人に聞いたけど皆分からないって言うから」


 口に出してから、最初から簡潔にこれだけを言えば良かったと思った。理由を丁寧に説明なんてする必要無かった。そうしたら目の前でにやにや笑うハルちゃんに対してこんなに苛立つことも無かったかもしれないのに。


「それって俺に何か得あんの?」


 え、と。声を口から漏らし、次の言葉が出てこなかった。人の命が係っている状況で損得の話が出るなんて全く想像していなくて、言葉が渋滞して出てこなかった先程とは違って今度はなんて答えれば良いのか言葉が見つからなかった。そんな私をハルちゃんが相も変わらず意地の悪い顔で笑っている。


「要は妃芽ちゃんが自分の鬼を止めたいって話だろ、止めれば良いじゃん。探せば?敷地内、塀の内側のどっかに居ると思うぜ」


 敷地内。塀の内側。まだ全容を把握してない私でさえその広さを痛感してるのに探せと言うのだ、どこに何があるか分からないだだっ広い敷地内を。そうこうしている間にも二人の人間の命が危険に晒されているかもしれないのに。

 ふざけてる。最低。何が嫌ってハルちゃんは全部分かった上でこれを面白半分で言っているだろうということだ。これが馬鹿な子供に対しての嫌がらせだとか、『自分のことは自分でしましょう』みたいな場違いな啓発活動だったらまだ良かった。それも大分嫌だけどまだそっちの方が良かった。少なくともそれならこんな頭が沸騰しそうな感情を覚えることは無かったに違いない。

 感情任せにハルちゃんを責め立てようと口を開いた瞬間、ばちん、と私の後ろから音がする。紅玉の扇子の音だ。


「勿体ぶるな。我が主は慈悲深くも貴様らの雑兵の命を拾ってやろうと言っておるのだ、さっさと居所を吐け」


 ハルちゃんの視線が数秒だけ紅玉に移り、すぐに私に戻される。


「なあ、妃芽ちゃん。鬼が何で主を求めるか知ってる?」

「はい?」


 紅玉の言葉を聞いていなかったのか、聞かなかったことにしたのか。紅玉を無視して平然と私に話しかける。どうかと思う。どっちにしても嫌な奴だし、どう考えてもその質問を今する必要性を感じない。


「主と同じ時間を過ごすためって聞いたけど」

「どっちの鬼の言葉だか知らねえけどロマンチストな答えだこと。鬼が主を欲しがるのはただの本能だよ。生まれた雛が最初に見た奴を親だと思いこむのと一緒、深い意味なんてねえの」

「…だから何?」

「んで、鬼ってのは同じく本能で鬼の主同士の会話に勝手に割り込んでこないもんなのよ。そうすることで主が自分より上の存在だって示してるんだろうな。逆に話に割り込むような鬼は主を敬わない不躾な鬼ってわけ」


 ハルちゃんの視線は私に向いている、それでも紅玉のことを言っているんだろうなと言うのはなんとなく分かった。でも口を挟んできた紅玉の躾がなってないって話ではないと思う。だってハルちゃんは紅玉に対して関心が薄いようだから一々そんなこと気にするとは思えない。多分発言の裏に含ませた意味が何かしらあるのだろうけど、ついさっき紅玉からその辺のことを習ったばかりの私では解読出来そうにない。

 って言うか、そんなことはどうでも良い!


「私は今、その話をしてない!瑠璃の居場所を教えて、今すぐ!!」


 私が怒鳴るとハルちゃんが少し驚いたように目を開く。その反応ですら腹が立つ。私はこの部屋に来てからそれしか主張していないのに。勝手に話を逸らしたのはそっちなのに。

 笑顔を消したハルちゃんは面倒くさそうに溜息を吐き出した。


「俺からすると何で妃芽ちゃんがそんなに慌ててるのか分からねえんだけど。妃芽ちゃんからしたら繧繝衆の人間なんて昨日今日会ったばっかの他人だろ?心配するほど親しくもないじゃん」

「じゃあ、繧繝衆の人間で他人じゃないはずのハルちゃんは何で慌てないの」

「おっと、これは痛いところ突かれたな」


 痛いところを突かれたと言いながら、ハルちゃんはまた腹が立つ笑顔を浮かべる。


「知ってる?妃芽ちゃんが思ってるより鬼ってやつは俺らにとって脅威なんだわ。そんでさ、鬼の角を手軽に折れる機会があるならなるべく活用していきたいわけ」

「何の話?」


 また話を逸らすつもりなのかとじろりとハルちゃんを睨みつけるが彼は笑みを消すどころか一層深くした。碌なことを考えてないだろうということだけ分かった。


「主人の命令に従わずに人を殺す鬼。もしもそんな奴が居たらすぐに角を折らねえとだよな?当然、妃芽ちゃんも協力してくれるだろ?」


 笑いながらハルちゃんが手を差し出してくる、まるで握手でも求めるかのように。

 直接的な言い方でないにしてもこれは流石に分かってしまう。分かってしまったから悔しくて歯をぐっと食いしばった。ハルちゃんは『瑠璃が人を殺したらお前が角を折れ』って言っているのだ。

 ふざけるな!その状況を作った張本人のくせに!


「だからそうならない為にここに来たの!」


 差し出されたハルちゃんの手を払う。払ったつもりだったけどハルちゃんの手が全然動かなかったのでほぼ叩いただけみたいな形になった。

 ハルちゃんはといえば叩かれた手を見もしないでぽかんとした表情で私を見詰め、次の瞬間ぷっとふき出した。


「いいね、そういうの。嫌いじゃない」


 そういうのがどういうのかなんて分からない。分かりたくもない。これだけ無駄な応酬をしておきながら今更ハルちゃんの好き嫌いに私が合わせるとでも思っているのだろうか。


「あの青鬼は第弐修練場だ。案内させる、土岐」


 ずっと警戒していたから何を言われたのかすぐに理解が出来なかった。遅れて瑠璃の居所を吐いたのだと理解すると何を企んでいるのだろうとまた警戒心が芽生える。でも、ハルちゃんが何を企んでいるかなんてこの際どうでもいい。

 土岐さんが動き出してくれたけど正直案内に従っているほど余裕が無い。どこかの誰かさんが時間を無駄に消費させてくれたせいだ。本当に八割くらい時間の無駄だった。


「どっちの方向?」

「方向?屋敷の南南東、北が向こうだから方角的にはあっち、」


 ハルちゃんが言い終わる前に私は大股で縁側に向かって歩き出す。部屋を出たところで私の後ろに付いてきてくれている紅玉を振り返った。


「紅玉!」

「相分かった」


 紅玉に手を差し出すと彼女はすかさず私の手を引いて抱え上げ屋根の上に跳んだ。その直前、完全に虚を突かれたような顔をしたハルちゃんを見てすこしだけ胸がすく心地がした。



 * * * * *



 如月妃芽が飛び去っていった方向を眺めてから日下部実晴は先程叩かれた手に目を落とした。

 実晴の差し出した手を取らなかったのに赤鬼の手を躊躇いなく取った。正直に言って自分の手を取るとは全く考えて居なかったが、それでもあのようにまざまざと見せつけられてしまっては。


「いやあ、妬けるね」

「嫌われますよ、繧繝様」


 実晴のぼやきに苦言を呈したのは妃芽をここまで連れて来た人物、土留である。


「つーか、なんで妃芽ちゃんをこっちに連れてきてんの?お前、修練場の場所知ってんだろ?」

「鬼が修練場に行っていることすら知りませんでした。繧繝様以外知らなかったのではないですか?」

「土岐は知ってただろ?」

「知っていましたが私はこの部屋に居ましたから。ここまで来た妃芽様の判断は正しかったかと」

「いや、そうだけどさ。この部屋見られたら片付け出来ない奴みたいに思われちゃうじゃん。直接ここに連れて来ないで他の部屋に案内しとけよ。嫌われちゃうだろ」


 もうそれ以前の問題だと思う、と土留は思いながらも口に出さなかった。


「もう嫌われてますよ、繧繝様」


 土留は自分が口に出さなかったことを素直に口にする父、土岐のことを素直に凄いと思った。


「え、何で?俺はこんなに妃芽ちゃんのこと好きなのに。片思いじゃん」

「一生実りそうにないですね、残念です」

「ひっど、傷ついた」


 酷いと言いながらも笑っている実晴の様子からして冗談なのは明白だが、仮に本気で好かれていたとしても如月妃芽には同情を禁じ得ない。繧繝衆の当主ではあるものの、この男の隣は一生苦労しそうだ。


「まあ、いいや。行くぞ、お前ら」

「…行く、とはどちらに?今日は外出の予定はなかったはずですが」

「何すっとぼけてんだよ。修練場だよ、修練場。妃芽ちゃんのこと追いかけるに決まってんだろ」


 後から追いかけるくらいなら最初から彼女を連れて行ってやれば良かったのに、と土留は思ったが口には出さなかった。


「きっと面白いもんが見れる」


 そう言う実晴の表情は新しい玩具でも見つけたように笑っていた。

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