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実晴は土岐と共に私室に入り障子戸を閉めるや否や外に音が漏れないように結界を張った。それを確認すると土岐は繋いだ状態の受話器を実晴に渡す。
『お疲れ様です、繧繝様』
「本当にな、人使いが荒い。何のためにお前をそこに置いてると思ってんだ」
『そもそも繧繝様が本家に常駐してくださればこのような方法をとる必要もないのですが…』
「あー、はいはい。気が向いたらその内そっちに行くから」
通話しながら机の前までやってくると実晴は雑に腰を下ろし、机に頬杖を突きながら心底面倒くさそうに、それで?と電話口の熾火に問いかける。
「『迷子』になってんのは何人居るんだ?」
『話が早くて助かります。黄道で追える者は四名です』
「まったく、いい大人が何やってんだか」
実晴は溜め息交じりに手首の組み紐を無造作に引き千切って握りしめた。
「圧縮術式第弐番『黄道』」
握り締めた組み紐に霊力を流し込むと組み紐が解け術式が展開される。溢れ出した術式は光の粒となり実晴の周囲を取り囲み何度か宙を舞った後、自身の位置を示すようにぴたりと停止した。無数の光の粒の中で実晴は端の方で点滅している光に目を留める。
「二区から出たのは五人。出て行った方向からして四人は三区、一人は四区だな」
『四区に行った一人は把握していますので、迷子は全員三区ですね』
「離反か?」
『いえ、三区に行ったのであれば離反ではないですね。迷子は今の四人を筆頭に反金城派で有名でした。恐らく守護四役を抜けたのをこれ幸いと先走っただけでしょう』
「特攻仕掛けたってか?そりゃ働き者だな」
『守護四役に所属している状態で金城に攻撃を仕掛ければ守護四役内で取り決められている不可侵を破ったと一区や四区からも制裁が来る可能性があります。しかし守護四役を離脱した今ならば反撃の大義は金城単体にしか生まれないとでも考えたのでは?』
「馬鹿じゃねえの。部外者になった繧繝衆が守護四役に所属している金城家に攻勢に出た時点で守護四役にとっては制裁の対象だろ」
『普通に考えればそうなのですが、こういった大胆な行動を起こす者は得てして普通の考えを持たない人種が多いので。或いは感情的になって視野が狭くなっていたのかと』
はっと実晴は馬鹿にするように鼻で笑った。
繧繝衆において金城に対する反発は強く根深い。五家の一つであるにもかかわらず金城家が繧繝衆から抜けたことが主な要因ではあるが、それは二百年前の話である。当時から生きている人間は誰一人として居ない。だというのに金城憎しで視野が狭まるという事が実晴には度し難く、それこそ笑い話にしか聞こえなかった。
「そんで、どうすんの?」
『特には何も。動く予定はありません』
「ま、そうだろうな。今更動いたところで回収出来るわけじゃねえし。ちなみに全部で何人?」
『七名です』
「大した数じゃねえな。大事な情報持ってたりは?」
『何も知らないわけではありませんが、一枚の葉がそよぐ程度で枝は折れませんし大樹は倒れません』
「あっそ。それなら処分はそのまま金城に任せるか。まさかこの現代社会で棺桶を宅配便で送り付けるような真似しねえだろ。仮に宅配便が届いたとしても送り先はこっちじゃなくてそっちだろうし」
『いっそ清々しいほどに他人事ですね』
捜索対象の確認が終わったと判断した実晴は黄道の術式に霊力を送るのを止めると宙を漂っていた光の粒が霧散する。
「で、後は本家の掃除と害虫駆除だったか?いちいち分けて言うなよ。これ内容ほぼ同じようなもんじゃねえか」
気怠そうにぼやいてから、実晴は目を瞑り自分の中にある異質な霊力に意識を集中させるとその流れを手繰り寄せ源泉となる霊力の塊に自分の僅かな霊力を介入させる。容易く掻き消されそうな弱い霊力を巧みに操って本流の流れを躱し、無機質に綴られている膨大な術式の中から目的となる部分を見つけ一部を手早く書き換えた。
「今、天狼の結界を書き換えた」
『……。はい、霊力の密度の上昇を確認しました。お見事です』
「範囲は本家一帯、時間は長くて五分程度。動けなくなってる奴が害虫だ、駆除は任せる」
『承りました』
「よろしく。じゃあな」
電話を切った実晴は受話器を土岐に渡した後、術式を組み始める。
組み上げる術式は消費してしまった圧縮術式。たった今使った黄道と、昨日如月妃芽の鬼との戦闘で使った金烏。飛輪に関しては使用できる状況が極めて限られるので後回しにして良いだろう。
術式を組むにあたって面倒なのは従来通りの術式のままではいけないということだ。何故なら金城清の術封じの発動下において圧縮術式が使えないという大問題に直面したからである。今回は運良く如月妃芽が居たから難を逃れたが、仮に術封じを解除する手段を持ち合わせ無かったら完全に詰んでいた。
金城の術封じの中で術を扱うには鬼由来の霊力を使わないか、術封じの範囲外で術を使用してから効果範囲に入る必要がある。如月妃芽を助けた時も範囲外で術を使った状態で駆け付けたわけだが、術封じの中心になる金城清の元に辿り着いた時点で術の効果が切れてしまった。このままでは金城清と正面対決など出来っこない。相性が悪すぎる。
最低限、金烏だけでも自分の少ない霊力で発動できるように改良しなくてはならない。今までは圧縮して組んだ術式に霊力を流し込んで発動する形をとっていたがその方法を根本から見直すとしよう。
「よろしいのですか?」
ああでもないこうでもないと術式を組んでは崩す実晴に土岐が静かに問いかける。が、それが何に対しての問い掛けなのかが分からない。先程の電話の内容についてなのか、伝統として受け継がれてきた術式を勝手に組み替えようとしていることなのか。
「あの青鬼、瑠璃の要求を通してしまって」
土岐が続けた言葉が全く予想していない内容だったので実晴は無言のまま瞬きを数回する。それから少し考えてみてもその件に関して特に都合が悪いことが無いようにしか思えず首を傾げた。
「よろしいも何も、良いとこ取りだろ?」
「気付いておいででしょうが、あれは二人をサンドバッグに寄越せと言っているのと同じですよ」
念を押すように土岐が口にした内容に実晴が驚くことは無い。そんなことは百も承知である。
この町屋敷の中で霊力が高くて若い人間は実晴を除けば水鞠と木立くらいなものだ。ほとんど指名に近い。『機嫌の悪い鬼』が『実践訓練』の為に『指定した人間』を『指導』する。つまりはそういうことだ。
「土岐。お前さ、水鞠や木立とまともに戦って勝てるか?」
「まず無理でしょう。ですがあの二人が強かろうがあの鬼の実力には及ばないかと」
「その回答がほぼほぼ答えなんだよなあ」
呟いた言葉の意味を探るような土岐の視線を受けて実晴は術式をいじくる手を止めて土岐と視線を合わせた。
「質問を変える。敵地、例えば今の三区に潜入したとする。あいつらとお前、無事に帰ってくるのはどっちだ?」
三区。元々繧繝衆と因縁のある金城家が治める地区であり、守護四役離脱後の今は明確な敵地。『戦果を残してくる』ではなく『無事に帰ってくる』という一点においてなら水鞠や木立より土岐に分があると言える。
「それは岩倉が諜報を主として活動しているからで、」
「いや、そうじゃねえ。相手との力量差を正しく測れるかどうかの違いだ。お前も土留も、自分じゃ青鬼に勝てないって判断出来るけど、あの二人はそれが出来ない。その差だ。あの二人、上手くやれば青鬼に勝てると考えるんじゃねえの?」
「まさか。いくら水鞠でもそこまで無謀じゃないでしょう」
「だったら良かったんだけどな。今まで損耗を抑える戦いをしてきた弊害だ、勝てる相手との戦闘経験が多すぎる。自信を付けるには良い方法だがこれから先の戦いはそんな丁寧に対戦表を組んでやれねえからな」
野良狩りであれば敵戦力を把握して勝てる者を当ててやれば良かったが、守護四役を相手にするとなればそうはいかない。格上相手、同格を複数同時に相手にしなければならない状況も発生してくる。生き残るには実力差を見極め撤退や戦わないという選択を取る必要も当然出てくる。
「その点、今回の青鬼の提案は凄く癪だが渡りに船だ。死なない程度にボコってもらって伸びすぎた自信をべきべきにへし折ってもらおうじゃねえか」
理屈は理解出来る。
水鞠と木立は土岐よりも強い。だが守護四役全体で見たとき、二人の実力は良くて真ん中より少し上程度。鬼抜きであの若さでそこまで戦えることは称賛に値するが、二人より強い者と戦う状況は今後確実に出てくる。その予行練習をあの鬼を利用して行うつもりなのだろう。
しかし相手が繧繝衆内の術使いではなくあの青鬼なのが不安要素である。
「二人が死亡する可能性はないのでしょうか」
「無い。これは断言出来る。妃芽ちゃんの頭の中は鬼の主とは思えないくらいに平和的だ。多分あの二匹が妃芽ちゃんの鬼である限りバレるような殺しはしねえな」
「ですが妃芽様は術で鬼を従えているわけではないでしょう。妃芽様の意思に反した行動もとるのでは?」
「術で従えた鬼でさえ入るのを拒む天狼の縄張りに健気に付いてきたんだ。そこまで大事な主の信頼を失うような行動はとらねえだろうよ。蜜柑も付けたんだし大丈夫だって」
不安を取るに足らないものをして扱う実晴の発言に土岐は眉根を寄せた。それを見てから実晴は少しだけ考える素振り見せてから口を開く。
「でもまあ、仮にあいつら二人の内どちらかが殺されちまったら…」
二人を失うことは戦力的な損失だけではない。桐島木立は本家を取り仕切る炎谷家の熾火の婚約者、滝澤水鞠は滝澤家当主の姉弟である。二人が死ねば例え原因が不慮の事故であっても桐島家、炎谷家、滝沢家との関係に亀裂が入るのは間違いない。そうなっては日下部家の力では収拾は付けられないし、岩倉家も下手に手出し出来なくなる。ただでさえ独断で守護四役を抜けたばかりだと言うのに五家の内の半数以上を敵に回すなど悪手だ。内輪揉めしている場合ではないというのに。
その旨を理解している前提で土岐は実晴の言葉の続きを待ったが、
「あのクソ生意気な青鬼の角をへし折る口実としては十分だろ?」
続いた言葉の軽薄さに土岐は一拍置いて溜め息を吐き出し、聞かなかったことにします、とだけ答えた。




