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Φ  作者: RPM
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-1- 裏社会の探偵さん

 高層ビルの落とす陰の下、通りは薄暗く湿った雰囲気に包まれている。


 そこを歩くものは、彼女たち以外いなかった。


(つい流れで「依頼を受けてください」なんて言っちゃったけど...大丈夫かな...この人、なんか怖い......)


 そんな疑心暗鬼にさいなまれながら、彼女は探偵のあとを追う。



 ふいに探偵が足を止めた。


 彼らの前には、小さな建物が一軒。


「セレスティア探偵事務所」


 乱雑に書かれた看板がドアの横にかかっている。


 ――ここが彼の事務所のようだった。



 ――チリリン...


 ドアベルが軽やかな音を立てる。


「お...お邪魔します」


 探偵の風貌に反して、事務所の中は落ち着いたものだった。


 木目調の床と壁に、ところどころに置かれたアンティーク雑貨。

 

 それらに囲まれた探偵は、実に歪なものに感じられた。



「帰ったぞ」


 探偵が事務所の奥に向かって言った。


「おかえりなさ――ってお客さん?」


 奥のほうからひとりの女性が姿を現した。


 少女より少し年上だろうか、背の高い女性である。


 ――彼には同僚がいたのだ。

 

 少女はそう悟った。



「そうだ。飲み物を頼む」


 探偵はそれだけ告げると少女に視線で合図し、部屋の中央にある大きな机へ座らせた。


「...」


 探偵が向かいの椅子に腰を下ろす。


 少女は無意識のうちに背筋を伸ばしていた。



「あっ、あの...」


「ん?」


「……その、依頼料とかは……」


「金をとるのは、依頼を受けてからだ」


 少女の肩から、わずかに力が抜けた。



「名前は?」


 探偵は机に置かれていた書類の束から、一枚の紙を取り出した。


「エリナ・イアハートです」


「イアハート、か」



 文字を書き連ねるその手が、一瞬止まった。



 しかし、誰にも気づかれることなく、すぐさま手は動き始めた。


「俺はエドワード・シャーロックだ。さっきのは助手のイザベラ」


 エドワードは名刺を渡すわけでもなく、ただ淡々と名乗った。


 (テキトーな名前...)


 それが明らかな偽名であることくらい、彼女もわかっていた。



「で?依頼はなんだ」


 その一言で少女――エリナは自らの目的を思い出す。


「あっ...それが...このペンダントなんですけど......」


 エドワードは、彼女の手元へと顔を寄せた。



「これは、行方不明になった父が遺したもので...」


 銀のペンダントに、赤い光が反射する。


「ただのペンダントだな。これがどうした?」


「それが......変なんですよ」



 少女はそう言って、透き通るように白いその指をペンダントへと押し当てた。


 ――かちり


 小気味良い音を立ててペンダントが開く。



 それは、ロケットペンダントだった。


 しかし、中に入っていたのは写真でも、手紙でもない。


 ――石


 それは光り輝き、彼女の手元を青く照らしていた。



 イザベラがカップ2杯の紅茶を持ってきた。


「綺麗な石ね」


「あっ...」


「おい」


 二人が止める暇もなく、イザベラの細長い指がそのペンダントへ触れた。


 ――その瞬間、ペンダントの蓋が勢いよく閉じられた。


「きゃっ...!」


「ごめんなさい...!これ、私しか開けられないみたいで......」


 エドワードは何も言わず、椅子の背へ自重を預けた。



「ほかにも変なところがあるんです...例えば......ほら」


 エリナはそう言って、エドワードにスマートフォンで一枚の画像を見せた。


 牧草地の広がる平原、遠くに連なる山脈。


 ――この島ではないどこか、そこに立つ彼女の手には、赤く光るペンダントが握られていた。



「石の色が変わるんです」


 彼女はほかにも数枚の写真を見せる。


 赤、橙、黄、黄緑、緑、青―――


 最後の一枚は、近くの裏通りで撮られたものだった。



「この島に近づくほど、石は青くなっていきました」


 エリナの視線はスマートフォンへとむけられている。


「......父は行方不明になった、って言いましたよね?」


 ――その眼には別のものが映っているようだった。



「私は、このペンダントが父の居場所につながってるんじゃないかって思ってるんです」


「なぜだ」


 エドワードの平坦で感情を見いだせない声。


 しかし彼の背は椅子の背から若干浮き、彼の赤い光は鋭くエリナをとらえていた。



 エリナは目を閉じた。


 やがて――


  Red sun, start or goal.(赤い太陽、それは始まりか終わりか?)


  Yellow flower, keep on moving.(黄色い花、まだまだ)


  Green grass, play hide and seek.(緑の草、かくれんぼして遊ぼう)


  Blue light, now you've got him!(青い光、みぃつけた!)

 

 単調な旋律、幼稚な歌詞。


 童謡のようだった。



 エリナは歌い終えると、顔を背けた。


 頬に赤みが宿っている。


「...父がよく歌ってくれた歌なんですけど......」


「色の描写がペンダントと一致するな」


「......はい。きっと何か関係があると思います。」


 エリナは再びペンダントを開けた。


 彼女の瞳に青い光が反射する。



「恐らく父は...私に探してもらうためにこれを――」


「...」


 エドワードはまた紙に何かを書き始めた。


「依頼は父探し、と」


「......お願いします」



 エリナはエドワードの顔をちらりと見る。


 しかしそこにあるのは、表情も、体温も、脈もない金属の塊であった。



「お父さんのこと、大切に思ってるのね」


 イザベラが静かに呟いた。


「病弱な母に代わって、父とはよく遊びましたから......」


 いつしか夕日が差し込んでいた。


 蝉は鳴き止んでいる。



「...それにしても、随分と手が込んでいる。あんたの親父はこういうのが趣味だったのか?」


「えぇ。趣味というか――父は技術研究者として......とある大手企業で働いていました」



「とある大手企業?」


 イザベラは、エリナの目が泳いだことを見逃さなかった。


「そ...その......」


 虚を突かれたかのように、エリナは言葉を詰まらせる。



 だが、彼女はこうなることを理解していた。


 父の話をするうえで、避けられない事実があることを――――



「父は...」




「父は、シグマ工業の研究者でした」

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