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第3話 終端の欠落



「――現地で再検証を行う」


監査官の声は、短く冷たい。


会議室の空気は乾いている。

白い壁。無駄のない机。音が沈む場所。



「対象は残留体。前回は未処理」


凪の記録が、宙に投影される。


【対象:残留体】

【処理:未了】


その一行だけが、異物みたいに浮いている。



「同行監査をつける」


視線が一つ、動く。



「観測官・環。記録と検証を担当しろ」



環は、軽く手を上げた。


「了解」



凪は、何も言わない。



「今回の目的は単純だ」


監査官が続ける。



「終わらせろ」



それだけ。





転移点の向こうは、同じ場所だった。


崩れた建物。

音のない空間。

時間だけが、取り残されている。



「……ほんとにいるんだ」


環が、小さく息を吐く。



視線の先。


澪が、座っている。


前と同じ場所で。


前と同じ姿で。



「おかえり」



まるで、続きみたいに。



環の眉が、わずかに動く。


「……意思保持、確認」


すぐに端末を操作する。



「反応速度、正常域。形状安定。崩壊兆候なし……」



言葉が、途中で止まる。



「……ありえない」



残留体は、本来“崩れる”。


時間とともに、形を失う。


それが“終わりきれなかったもの”の性質。



だが、目の前のそれは。



崩れていない。



「……凪」


環が低く呼ぶ。



「これは、例外じゃ済まない」



分かっている。



凪は、前に出る。



「……対象確認」



澪が、少しだけ首を傾げる。



「また、その言い方」



困ったように笑う。



「やっぱり、まだ仕事なんだね」



凪は、刃に手をかける。



「今回で終わらせる」



環が、わずかに息を呑む。



澪は、静かに目を細める。



「そっか」



それだけ。



逃げない。


拒まない。



ただ、そこにある。



「……ねえ」



澪が言う。



「終わるって、どういうこと?」



環の指が、止まる。



その問いは、記録にない。



凪は、答えない。



答えられない。



代わりに、刃を抜く。



「終わるとは、流れることだ」



環が、代わりに言う。



「この世界のすべては、循環している。終わりは停止じゃない。次への移行だ」



澪は、静かに聞く。



「じゃあ」



少しだけ、視線を落として。



「わたしは、どこにも行ってないね」



沈黙。



正しい。



だからこそ、異常。



「……処理する」



凪が、一歩踏み出す。



環の視線が、鋭くなる。



「やれるのか?」



凪は答えない。



ただ、振り下ろす。



刃が、澪を貫く。



確かな手応え。



だが。



何も起きない。



血は流れない。


崩れもしない。


消えもしない。



ただ、


そこにある。



「……なに、これ」



環の声が、わずかに震える。



ありえない。



終端処理が、成立していない。



凪の目が、細くなる。



理解する。



“終わり”が、存在しない。



なら。



「……削る」



凪が、低く呟く。



刃が、わずかに震える。



空気が歪む。


流れが、噛み合わなくなる。



「凪、待て――」



環の制止。



だが、止まらない。



「――終端、除去」



振るう。



その瞬間。



世界のどこかが、欠ける。



澪の姿が、わずかに“ずれる”。



存在している。


だが、終わらない。



「……っ、今、何をした!」



環が叫ぶ。



凪は、刃を下ろしたまま答える。



「終わりを、削った」



静かな声。



澪が、目を開ける。



少しだけ、不思議そうに。



「……変だね」



自分の手を見る。



「終わらないのに、終わらない」



言葉が、重なる。



環は、凪を睨む。



「それは“処理”じゃない」



低く、言い切る。



「それは――」



一瞬、言葉を探して。



「……流れの破壊だ」



沈黙。



凪は、否定しない。



できない。



「……でも」



小さく言う。



「消えない」



それが、すべてだった。



環は、目を伏せる。



理解する。



これは、


戻れない領域だと。





帰還後、記録は更新された。



【対象:残留体】

【状態:終端欠落】



その下に、もう一行。



【執行官:凪】

【分類:例外指定】



世界は、まだ流れている。



だが。



その一部は、確かに欠けていた。

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