第2話 流れの外側
帰還の報告は、簡潔に済ませた。
「対象は残留体。対話可能。処理は保留」
それだけ。
余計なことは言わない。
言えば、崩れる。
⸻
通信は、すぐに重くなる。
「……保留だと?」
低い声。監査官だ。
⸻
「規定では、残留体は即時終端だ」
「はい」
凪は短く答える。
⸻
「例外は認められていない」
「はい」
⸻
沈黙。
⸻
「……理由は」
⸻
凪は、わずかに目を伏せる。
言葉を探す。
だが。
⸻
「……ありません」
⸻
それが、一番正確だった。
⸻
通信の向こうで、息が止まる気配。
⸻
「……理解不能だな」
⸻
当然だ。
凪自身も、理解していない。
⸻
ただ一つ、確かなことがある。
⸻
終わらせなかった。
⸻
それだけ。
⸻
「一時帰還しろ。判断は本局で行う」
「了解」
⸻
通信が切れる。
⸻
凪は、その場に立ったまま、動かなかった。
⸻
「……行くの?」
⸻
背後から声がする。
振り返らなくても分かる。
⸻
「……ああ」
⸻
澪は、まだそこにいる。
壁にもたれたまま。
さっきと何も変わらない姿で。
⸻
「戻ってくる?」
⸻
凪は、少しだけ間を置く。
⸻
「……分からない」
⸻
正直に答える。
⸻
澪は、小さく頷く。
⸻
「そっか」
⸻
それだけ。
引き止めない。
⸻
「……待つよ」
⸻
静かな声。
⸻
凪は、振り返らない。
そのまま、歩き出す。
⸻
背中に、何も残らないはずだった。
⸻
なのに。
⸻
確かに“何か”を置いてきた感覚がある。
⸻
――流れていない。
⸻
その違和感を抱えたまま、
凪は、帰還する。
⸻
◇
⸻
終端管理局。
白く、無機質な空間。
音は吸われ、気配は削がれる。
⸻
ここには、流れがある。
正確で、無駄のない流れ。
⸻
凪は、その中に戻る。
⸻
だが。
⸻
「……遅かったね」
⸻
廊下の途中で、声がかかる。
⸻
観測官、環。
⸻
壁に寄りかかり、凪を見ている。
⸻
「珍しいよ。君が“保留”なんて」
⸻
軽い口調。
だが、目は笑っていない。
⸻
「……報告は上に上げた」
⸻
凪は、それだけ答える。
⸻
環は、少しだけ肩をすくめる。
⸻
「見たよ。簡潔すぎて、逆に怖い」
⸻
一歩、近づく。
⸻
「で?」
⸻
凪をまっすぐ見る。
⸻
「何を見たの?」
⸻
沈黙。
⸻
凪は、答えない。
⸻
環は、少しだけ目を細める。
⸻
「……ああ」
⸻
何かに気づいたように、息を吐く。
⸻
「見ちゃったんだ」
⸻
それ以上は聞かない。
⸻
「気をつけなよ」
⸻
すれ違いざまに、言う。
⸻
「流れから外れると、戻れなくなる」
⸻
凪は、足を止めない。
⸻
「……知ってる」
⸻
短く返す。
⸻
だが。
⸻
本当に、知っているのかは分からない。
⸻
◇
⸻
執行室。
任務記録が並ぶ場所。
⸻
凪は、自分のログを開く。
⸻
【対象:残留体】
【処理:未了】
⸻
その一行だけが、浮いている。
⸻
本来あるべき“終端”が、ない。
⸻
「……異常記録として登録されます」
⸻
背後から声。
事務官だ。
⸻
「例外案件として、上位判断待ちになります」
⸻
淡々とした説明。
⸻
凪は、画面を見たまま、動かない。
⸻
「……削除は可能か」
⸻
ふと、問う。
⸻
事務官は、わずかに首を振る。
⸻
「未処理の記録は、削除できません」
⸻
当然だ。
⸻
終わっていないものは、
消えない。
⸻
凪は、目を閉じる。
⸻
――やっと、会えた
⸻
声が、残る。
⸻
――答え、もらってないよ
⸻
消えない。
流れない。
⸻
ただ、そこにある。
⸻
「……凪」
⸻
再び、環の声。
⸻
振り返ると、少しだけ真面目な顔をしている。
⸻
「上が呼んでる」
⸻
短い言葉。
⸻
判断が、下る。
⸻
終わらせるか。
残すか。
⸻
そのどちらか。
⸻
凪は、目を開ける。
⸻
そして、静かに歩き出す。
⸻
流れの中心へ。
⸻
だが。
⸻
その足取りは、
ほんのわずかにだけ、
流れから外れていた。




