第4話 終わらせる者
呼び出しは、記録更新から一時間後だった。
短い通達。
「特別監査を実施する」
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会議室は、前よりも静かだった。
空気が、張り詰めている。
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扉が開く。
足音が一つ、入ってくる。
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「……久しぶりだな、凪」
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低く、よく通る声。
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入ってきた男は、無駄のない立ち方をしていた。
均整の取れた体躯。視線は鋭く、揺れない。
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終端管理局・特別執行官。
終
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凪は、わずかに視線を上げる。
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「……来たか」
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環が、小さく息を呑む。
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「終……あいつが出てくるのか」
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当然だ。
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“終わらせること”において、
この男以上はいない。
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監査官が告げる。
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「対象は残留体。状態は“終端欠落”」
「執行官・凪は、終端を除去したと報告している」
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終は、わずかに目を細める。
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「終端を……除去?」
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静かな声。
だが、温度がない。
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「そんなものが存在するなら、見てみたいな」
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凪を見据える。
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「お前ごと、な」
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沈黙。
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環が、一歩前に出る。
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「……特別執行官。今回は“検証”のはずだ」
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終は、視線を動かさない。
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「検証だ」
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短く答える。
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「正しく終わるかどうかを、な」
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それ以上の言葉はない。
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◇
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再び、あの場所。
崩れた建物。音のない空間。
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澪は、同じ場所にいる。
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「……増えたね」
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軽く笑う。
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終が、一歩前に出る。
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「対象確認」
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その声には、一切の迷いがない。
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「残留体。終端欠落状態」
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わずかに、頷く。
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「理解した」
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刃に手をかける。
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凪が、動く。
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「……待て」
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終は、止まらない。
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「終わらせる」
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ただ、それだけ。
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迷いはない。
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「――終わりは、流れだ」
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刃が抜かれる。
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「流れに乗らないものは、世界を停滞させる」
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澪を見る。
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「例外は、いらない」
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振り下ろされる。
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凪が、割って入る。
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金属音。
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刃がぶつかる。
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「……どけ」
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終の声が、低くなる。
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「それは、終わるべきものだ」
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凪は、動かない。
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「……終わらないものもある」
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終の眉が、わずかに動く。
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「あるべきではない」
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言い切る。
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「終わらないものは、いずれ歪む」
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一歩、踏み込む。
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「歪みは、増える」
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さらに力がかかる。
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「やがて、流れを壊す」
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凪の足が、わずかに沈む。
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「だから、終わらせる」
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押し切る。
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凪は、刃を滑らせる。
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衝撃が逸れる。
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間合いが、開く。
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「……それでも」
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凪が、低く言う。
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「終わらせてはいけないものもある」
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終が、わずかに息を吐く。
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「感情か」
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冷たい視線。
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「不要だ」
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再び、踏み込む。
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「終わりは、選択じゃない」
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刃が走る。
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「規定だ」
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凪が、受ける。
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火花が散る。
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「……なら」
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凪が、言う。
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「規定が間違ってる可能性は?」
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一瞬だけ、空気が止まる。
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終の目が、細くなる。
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「ない」
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即答。
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「それを認めた瞬間、この世界は終わる」
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その言葉に、重みがある。
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正しい。
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だからこそ、重い。
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凪は、沈黙する。
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だが、退かない。
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その間。
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澪は、ただ見ている。
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どちらにも、寄らない。
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「……ねえ」
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小さく、呟く。
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二人の動きが、わずかに止まる。
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「終わるのと、消えるのって」
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少しだけ、首を傾げて。
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「同じ?」
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沈黙。
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終は、答えない。
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凪も、答えない。
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答えられない。
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澪は、小さく笑う。
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「そっか」
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それだけ。
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その一言が、
何よりも深く刺さる。
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終が、刃を構え直す。
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「……時間の無駄だ」
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冷たく言う。
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「ここで終わらせる」
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凪は、息を吐く。
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そして。
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刃を、わずかに下げる。
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構えではない。
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選択。
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「……終わらせない」
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静かな宣言。
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空気が、歪む。
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終の目が、細くなる。
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「そうか」
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一歩、引く。
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「なら」
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刃を収める。
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「お前ごと処理対象だ」
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環の顔が、強張る。
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「待て、それは――」
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終は、振り返らない。
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「例外は、連鎖する」
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静かな声。
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「一つで止める」
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そのまま、歩き出す。
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「次は、お前だ。凪」
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沈黙が落ちる。
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澪が、小さく呟く。
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「……大変だね」
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他人事みたいに。
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凪は、何も答えない。
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ただ、そこに立っている。
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流れの中で。
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そして、
完全に外れた場所で。




