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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第一章『生贄のような花嫁』

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「呪われの子」①

 

 黒い屋根と白い壁。

 黒鉄に囲まれた庭の向こうには馬車が通る。

 時に行商、時に子ども。

 声が聞こえて、賑やかしい。

 風には緑が含まれて、紅花色の髪を撫でていく。

 花の香がする唇に載せられたさえずりは、かつての夢を語りゆく。


 応えるものは、黄味がかった小雀(アオジ)の声で。


 私の容姿は、母に似て男を惑わすものらしい。

 かつての王太子を惑わして、その身に子を宿した女。

 愛した者すべてに破滅を与えた、そんな者。


 親の業は、私を化け物へ嫁がせた。窓の外にあるおだやかなその景色は、すべて幻想。


「ロゼッタ! ロゼッタ! 儂の可愛いロゼッタはどこじゃ?」


 私を呼ぶ声はウシガエルのように低く醜い。

 彼の名前はジョウコナー・ロドウェル卿。アークジバン王国の金庫番とも呼ばれる大貴族であり、国王より裕福な貴族だった。

 そして、五年前、彼の二番目の奥さまが亡くなったことが、私の運命の歯車を大きく狂わせることになったのだろう。

 とても美しかった女性。二番目の奥さまには子どもがおらず、私がいるこの部屋で私と同じように歌を歌って過ごしていたそうだ。

 子守唄と恋の歌、望郷の歌。


 お子様ふたりに恵まれた最初の奥さまの肖像はどこにもないのに、紅花色の髪に白い肌、黒い瞳の若い女の肖像は黄色いドレスに身を包み、今も階段踊り場の壁にある。


 ――ひとつ先の奥さまは庭木で首を吊って亡くなっていました。


 ここで私の世話をしていたメイドがぽつりと零した言葉だった。

 だけど、そのメイドも姿を見せなくなっている。


「ロゼッタは今日も引きこもりか?」

 イボを繁殖させた頬を私にすり寄せ、生臭い息を吹きかけながらロドウェル卿は、ニヤニヤ笑いながらガマガエルのような口を横に引き上げた。

 そのいやらしい手はすでに私の腰に巻き付いていて、彼の腹部に貯えられた脂肪が私に密着し始めていた。

「いいえ、良いお天気ですのでお庭を歩こうかと思っていたところでした」

 私はそっとそれらから距離を置くように、静かに答え、深く頭を下げた。

 私なりの拒絶なのだ。

 それを知ってか知らずか、今日のロドウェル卿の機嫌は良いようだ。

 そして、腸詰めのような指で私の顎を引き上げると、やすりのようなその手で私の頬を撫で始める。

 いつものことだ。穢らわしさも感じなくなっている。

 そう、なにかが私に触れているだけ。


「そうではないだろう? お前のその緑眼は王族の印。可愛いお前を今お越しになられているサーツァリ卿に見せたいのだ。ほぉら、笑顔を見せておくれ、儂のロゼッタよ、のぅ」

 にたりと笑い続けるロドウェル卿に、頬を挟まれ視線を固定された私は、嫌でもそのイボイボの顔が目に入る。

 目を背けてはいけないと、警告されるように全身が脈打ち始め、強張る頰を動かした。


 そして、ロドウェル卿の目の奥にある光とその口調が変わる。ご機嫌なのは、嘘のよう。


「そう、そうやって笑っておればいい。王族の恥部であるお前を高額で引き取ってやった恩を忘れるな。卿の前でもそうしておれば問題ない。こんなに簡単なことがどうしてできないのだ? なぁ、ロゼッタよ」


 そう、この怖さも胸に抱く嫌悪も、私のものではない。

 ここにいる私は、この化け物の奥さまのロゼッタであり、あのロゼッタでは、ないのよ。


「はい、旦那さま」

 そうして、ロドウェル卿が、私の胸元に垂れる赤い石を愛おしそうにすくい上げ、その反射を覗き込んだ時、私は視線を再び外へと向けた。


 着ているものもロドウェル卿のご趣味だ。胸を強調させるための大きな襟ぐりと、薄桃の柔らかなレースがドレス全体を覆うブルーグレーのマーメイドドレス。

 胸元に垂れる赤い宝石は、薔薇を模したもの。

 ロゼッタは、この石の中に入っちゃったのかしら。


 だって、今ここにいる私は、あのロゼッタではないのだもの。

 そう、石の中に入るくらいの小さなロゼッタ。


 小さなロゼッタはもっとふんわりしたドレスが好き。

 エプロンドレスで、動きやすくて、ドレスの裾は足首くらいで……。

 そう、母が唯一語れるお話に出てきたガチョウをお庭で追いかける、あの女の子みたいな。

 だから、私の中にある小さなロゼッタは、いつもそのお洋服を着て、今も楽しそうに笑ってガチョウのお世話をしている。きっと庭を駆けるロゼッタは、ガチョウを捕まえ、きゃきゃきゃと笑う。


 そんなロゼッタを胸の奥にしまい込み、目をぱちくりとさせた後、もう一度微笑むと、ヒヨコ色の袖にある卿の腕に私を巻きつけ、指で男の襟元をなぞってみせた。

「素敵なお色」

 それだけが、私の本当で。

「庭の散歩だったな、なかなかよろしい。サーツァリ卿もお誘いして語ろうじゃないか」

 嬉しそうに目尻を垂れる不気味な化け物は、そうしているだけで機嫌が良いのだから。


 ねぇ、ロゼッタ、一緒に隠れないの?

 ねぇ、ロゼッタ、一緒に逃げようよ。


 ねぇ、ロゼッタ、……。


 小さなロゼッタの声は、幻聴にすぎないもの。 

 そう思いながら。


 改めて紳士ぶる、人の皮を被り損ねた化け物――『夫』の手を取って、私は歩き出した。



※アオジ

カッコウが托卵させる小鳥の一種

※本日4月24日(金)のみ2話投稿し、明日からはしばらく毎日21:00頃に投稿します。

間違いなくハッピーエンドへと持って行きますが、第一章はあまり心地の良い内容ではありません。それでも読んでもいいかな、と思っていただけたら彼女を続けて見守っていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
お久しぶりです、ひき古森でございます。 たった一話でロゼッタの哀れな境遇が思いやられ、その心情にひきこまれました。 大好きな瑞月さまの作品に触れられる幸せを噛みしめつつ…… ハッピーエンドになるとの…
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