第六章 バロス連合の影
作業室に集まった三人。
駿がブラッカーとの会話を報告すると、ヨーコの表情が曇った。
「バロス連合……調べたことがある。厄介な組織だよ」
「どんな奴らだ?」
「宇宙の複数の星系にまたがる連合体で、表向きは交易組織。でも実態は——支配圏を拡大するための私設軍を持つ、事実上の星間帝国に近い。地球のことは以前から狙ってたけど、正面から軍事力で攻めれば国際社会から批判される。だから間接的な方法を使う」
「間接的?」
「情報収集、潜入工作、対象の内部崩壊——私たちのような存在を捕まえて技術を奪えば、それだけで地球の防衛力が落ちる。彼らはそれを狙ってる」
「七日か」と甚之助は腕を組んだ。「準備できることとできないことがある」
「何が必要だ?」
「バロス連合の戦力評価をしたい。やつらがどういう手で来るかによって、こっちの準備が変わる」
「ヨーコ、バロス連合の最新の動向を調べられるか?」
「やってみる」
ヨーコがタブレットに向かった。彼女の指が素早く動き出す。
「バロス連合の諜報衛星のネットワークに侵入するのはリスクが高い……でもエッジの部分だけなら何とか——」
「無理をしなくていい」
「いや、やる。リスクを取らないと情報が取れない」
数分後、ヨーコは顔を上げた。
「掴んだ。バロス連合の先遣隊——潜入工作専門の部隊——が既に「アマテラス」の中にいる」
「え?」と甚之助。
「三名。人型の、人間にとても似た外見の種族。バロス連合の構成種族の中でも、人間社会への潜入が得意な部族だ」
「既に「アマテラス」に?」
「今日の朝、観光客として入港した可能性が高い。顔認証システムのデータを——」
ヨーコが「アマテラス」のセキュリティカメラのデータにアクセスした。
「……いた。この三人」
画面に、観光客の中に紛れた三人の人物が映っていた。外見は完全に人間だ。しかし細部をよく見ると——目の色が人間のものとは微妙に異なる。体の動きも、人間より少しなめらかすぎる。
「ここから居住区に入った。今はどこにいるか——追跡してみる」
「急いでくれ」
甚之助が素早く立ち上がり、作業台に向かった。
「俺は装備を確認する。何が起きても対応できるようにしておく」
「頼む」
駿は考えた。
バロス連合の先遣隊が既に潜入している。目的はおそらく——俺たちの正体を特定すること、あるいは直接捕まえること。
「アマテラス」は広い宇宙ステーションだが、内部は閉じた空間だ。逃げ場は限られる。
「作戦を考える」
◆
ヨーコが先遣隊の位置を特定した。
「今は商業区画のホテルにいる。動いていない。情報収集フェーズだと思う」
「私たちを特定されたら終わり。先手を打つ必要がある」
「どんな手だ?」と甚之助。
「こっちから罠を仕掛ける」と駿は言った。「相手は私たちを探している。なら——私たちを探しやすくしてやれば、自然と罠にはまる」
「囮か」
「そう。俺が囮になる。強化スーツを着て、ある程度目立つ行動をする。ヨーコが先遣隊の動きを監視しながら、やつらが動いたタイミングで甚之助が罠を発動させる」
「囮は危険だ」と甚之助は言った。「俺がやる」
「俺でなきゃいけない理由がある。今回の罠は、スピードと反応が重要だ。先遣隊が追ってきた瞬間に、スーツのブースターで振り切って特定の場所まで誘い込む。甚之助のスピードじゃ難しい」
「……まあ、それはそうだが」
甚之助は不満そうな顔をしたが、認めた。
「罠の場所はここだ」
駿が「アマテラス」の構造図を広げた。
「保管区画の十三号倉庫。ここは普段ほとんど人が来ない。内部に電磁シールドを張り巡らせれば、先遣隊の通信を遮断できる。外に出られなくすれば、こっちが安全に対処できる」
「電磁シールドは俺が設置する」と甚之助は言った。「三時間あれば十分だ」
「時間はある。やってくれ」
「ヨーコ、先遣隊の通信を盗聴しながら、俺にリアルタイムで情報を送ってくれるか?」
「できる。専用の周波数で——強化スーツのヘッドセットに直接流す」
「完璧だ」
三人は行動を開始した。
◆
夜。
「アマテラス」の商業区画は昼間より人が少なくなっているが、完全に静まり返るわけではない。
駿は強化スーツを着て、あえて少し目立つルートを歩いた。
ステルスを使わず、だが完全にオープンでもない。チラリと見れば「あれは何だ」と思われる程度の存在感を保ちながら移動する。
「右後方、三〇〇メートルに一人動いてる」とヨーコの声がヘッドセットに入ってきた。「先遣隊の一人だと思う。足の運び方が似てる」
「もっと近づいてもらわないとな」
「少し速度を落としたら?」
「やる」
駿の歩みが少し遅くなった。
後ろの影がじわりと近づいてくる。
「二人目が合流した。両側を挟もうとしてる」
「三人目は?」
「正面方向からも来てる。三角形の包囲を組もうとしてる。プロだな」
「面白い」と駿は呟いた。「甚之助、準備はできてるか?」
「できてる。十三号倉庫、待ってるぞ」
「今から誘導する」
駿は方向を変えた。保管区画への廊下だ。
後ろの足音が加速した。包囲を閉じようとしている。
しかし駿は加速しなかった。
一定のペースで、しかし確実に——保管区画へと向かう。
「あと五十メートルで入口だ」とヨーコ。「先遣隊の三人、全員が後方に集まってる。正面への回り込みは間に合わなかったみたい」
「よし」
駿は倉庫の入口を通過した。
先遣隊が続いて入ってくる——
その瞬間、甚之助が電磁シールドを発動した。
倉庫全体が青白い光に包まれ、内部の電磁環境が完全に遮断された。
先遣隊の通信機器が全て沈黙する。
「閉じ込めたぞ」と甚之助が重い声で言った。
◆
先遣隊の三人は、倉庫の中で状況を把握した。
彼らは人間に酷似した外見だが、実際は異なる種族だ。動きが速く、身体能力も人間より高い——しかし電磁シールドの内側では、彼らの高度な装備が使えない。
「止まれ」と駿は言った。
三人が駿を見た。
甚之助が後ろに立つ。
「お前たちがバロス連合の先遣隊なのはわかってる。何を探している?」
先遣隊のリーダーと思われる人物が——人間の言葉で答えた。わずかにイントネーションが異なるが、完璧に近い発音だ。
「東大の学生、三人組を探している。地球防衛に関わっているらしい」
「それが俺たちのことなら——」と駿は言った。「交渉の余地はある」
「何を交渉する?」
「お前たちはバロス連合から指示を受けて動いている。しかし俺たちを確実に捕まえるのは、三人程度では難しいと思ってるはずだ。なぜなら——俺たちはガラン族の艦隊を三人で片付けた。相手の戦力を把握しているはずだ」
先遣隊の目が細くなった。
「何が言いたい」
「お前たちを今すぐ傷つけることは俺たちにはできる。だが、俺たちはそれをしたくない。バロス連合への伝言を頼みたい——俺たちは地球を守ることだけを目的にしている。バロス連合が地球に手出しをしないなら、俺たちも動かない」
「……バロス連合が承諾するとは思えない」
「それはわかってる。しかし俺たちが本気で対抗すれば、バロス連合にとっても損害は大きい。今の段階で、交渉のテーブルにつく価値はある、と伝えてくれ」
長い沈黙。
先遣隊の三人が視線を交わした。
「……伝える」とリーダーは言った。「だが保証はできない」
「それでいい」
駿は甚之助に目で合図した。
甚之助が電磁シールドを解除した。
先遣隊が出口に向かった。
「待て」
最後に、駿は言った。
「今夜のことを正直に報告するなら——俺たちが捕まえなかったことも報告しろ。俺たちは温情で逃がした。それだけ伝えれば、バロス連合の交渉担当者も考えるはずだ」
先遣隊は何も言わずに去った。
◆
三人が倉庫に残った。
「うまくいったのか?」とヨーコがカメラ越しに確認した。(彼女は外部から倉庫の状況を監視していた。)
「交渉の種は蒔いた」と駿は言った。「実を結ぶかどうかはわからない」
「バロス連合が素直に交渉してくれるとは思えないけど」
「思えない。でも時間稼ぎにはなる。その間に俺たちはもっと強くなる」
「また装備の改良か」と甚之助は苦笑いした。
「改良の余地がある限り、改良し続ける。それが俺たちの強みだ」
甚之助は大きなため息をついた。しかしそれは不満のため息ではなく、どこか誇らしそうな——そんなため息だった。




