第五章 懸賞金稼ぎとの邂逅
ガラン族の件から一週間が経った。
「アマテラス」の生活は普段通りだ。駿は講義を受け、ヨーコは研究室でコードを書き、甚之助は工学棟で課題の機械設計に取り組んでいる——表向きは。
その実、三人はそれぞれの活動の間に、次の脅威の情報収集を続けていた。
駿が物理学の講義を受けているその最中に、ヨーコからメッセージが来た。
「今すぐ来て。C-3ブロックのカフェ」
講師が黒板に方程式を書いている。
駿は手を挙げた。
「先生、トイレいいですか」
「構いません」
駿は席を立ち、サッと廊下に出た。
C-3ブロックは「アマテラス」の商業区画だ。カフェには学生や居住者が思い思いの時間を過ごしている。
ヨーコは窓際の席に座っていた。しかし彼女の目は窓の外——外部デッキに駐機している一隻の小型船を向いていた。
「来た」と駿は座りながら言った。
「あの船」とヨーコは窓の外を指した。「さっき到着した。登録データを照合したら……」
タブレットを出して見せる。
船の登録情報。そして横に表示されているのは——懸賞金リストだ。
「ブラッカー・ポセイ。懸賞金稼ぎだ。地球人の宇宙賞金稼ぎで、かなり名の通ったやつ。依頼主を選ばない主義で、地球側からも宇宙人側からも仕事を受ける」
「俺たちを追ってるのか?」
「確証はない。でも——私たちの懸賞金を狙ってる可能性がある。私たちを捕まえれば、地球側の五億と宇宙人側の三億、合計八億が手に入る」
「八億か。そら、来るわな」
「笑ってる場合じゃないよ」
「笑ってない。考えてる」と駿は言った。実際、表情は笑っているが、頭の中では何百もの可能性が走っている。
「まず接触してみる」
「え?」
「俺たちが先に接触して、探りを入れる。実際に狙われてるかどうかわかるし、もし狙ってるなら……うまく誤魔化せるかもしれない」
「それって——正体がばれる危険があるよ?」
「強化スーツは着ない。普通の学生として会いに行く。向こうは俺たちが東大の学生だとは知らないはずだ」
ヨーコは少し考えた。
「……リスクは高い。でもあの人物のことを何も知らないまま動かれるよりは、接触して情報を得た方がいいかもしれない」
「だろ?」
「でも私は反対した、ということにしておいて」
「わかった」
甚之助には事前に連絡を入れておく。万が一のときは、離れた場所でカバーに入ってもらう。
「あの船の前で待ってよう。向こうが出てきたタイミングで接触する」
◆
外部デッキは開放的な空間だ。宇宙空間に面した透明な壁越しに、星々が見える。
駐機している小型船の前で待つこと二十分。
船のハッチが開いた。
現れたのは、三十代ぐらいの、中背の人物だった。
整った顔立ちだが、何か冷たいものを感じさせる目をしている。白い外套の下に作業着、腰には宇宙用の多目的ツールベルト。髪は茶色で短い。
「ブラッカー・ポセイさん?」
駿が声をかけた。
相手の目が一瞬、鋭くなった。しかし感情を外に出さない訓練が行き届いているのか、すぐに表情を緩めた。
「学生か?俺の名前を知ってるということは、俺のことを調べたのか?」
「少し。有名人ですから」
ブラッカーは駿を上から下まで観察した。
「何の用だ」
「最近、ガラン族が撃退されたニュース、見ましたよね。あの謎の三人組——世間で話題になってる」
「見た」
「あの人たちを追ってるんですか?」と駿は率直に聞いた。
ブラッカーは少し間を置いてから、答えた。
「お前は関係者か?」
「違います。好奇心旺盛な学生です」
「……そうだな。俺は追ってる。懸賞金が合計八億もある。いい商売だ」
「捕まえる自信が?」
「あるから来た。しかしまあ——」とブラッカーは口の端を曲げた。「今のところ手がかりがない。あの三人について何か知ってるか?」
「何も」と駿は答えた。「ただ……あの人たちが地球を守ってるのは確かだと思います。懸賞金を取ることで、地球が守られなくなるのは困りませんか?」
ブラッカーは面白そうな顔をした。
「倫理を語るか。いい顔してるが、商売には関係ない話だ」
「そうですか」
「何か知ってることがあれば、報酬を出す」とブラッカーは言った。「情報提供者には必ず払う。それが俺のルールだ」
「覚えておきます」
駿はそれ以上何も言わず、歩き去った。
◆
カフェに戻ってヨーコに報告する。
「どうだった?」
「本当に追ってる。でも手がかりは今のところないみたい。俺たちの正体にまで辿り着いてはいない」
「当面の脅威じゃないってこと?」
「そうとも言い切れない。あいつは優秀だ。時間が経てば……」
「尾行を警戒する必要がある」
「ああ。しばらくの間は、いつも以上に行動を慎重にしよう。同好会の活動は——」
「必要があれば動く」とヨーコは言った。「それは変えない」
「もちろん」
◆
しかし、それから三日後。
ブラッカーは再び接触してきた。
今度は「アマテラス」の居住区の廊下で、駿が一人で歩いているところを呼び止めた。
「学生」
振り向く。ブラッカーだ。
「こんにちは」と駿は平静を装った。
「少し話せるか」
「どうぞ」
「お前のことを調べた」とブラッカーはさらっと言った。「藤堂駿、東大宇宙物理学部三年生。成績は優秀。変わった学生として知られてる」
「……調べましたね」
「それが仕事だ。お前と一緒に歩いていた女子学生も調べた。白坂陽子——これも面白い経歴だ。ハッキングの関与が疑われたが、証拠不十分で不問になった件が一つある」
駿は内心で警戒を高めたが、表情は変えない。
「それで?」
「もう一人、黒岩甚之助。宇宙でも指折りの機械工学の才能がある。三人、妙に仲がいいな」
「幼なじみがいますし、大学でも一緒です」
「そうか」
ブラッカーは一瞬、駿の目を見た。
「お前たちが、東大地球防衛同好会だとは言わない」
「……」
「ただ、お前たちについて調べれば調べるほど、面白い」
「面白い?」
「才能が飛び抜けてる。三人とも。普通の学生じゃないのは明らかだ。お前の身体能力は——学内の記録を見た。スポーツテストで人間の上限値を超えてる数値が出てる。本人は機器の誤作動だと申告してるが」
「そうなんですよ、機器の調子が——」
「いい。俺はお前たちを追ってる側だが——正直に言う」
ブラッカーの声が、少しだけトーンを落とした。
「依頼主は地球防衛軍(EDF)じゃない。宇宙人側だ。俺に依頼してきたのは、バロス連合という星系の組織だ。彼らはお前たちが邪魔で仕方ない。捕まえて、技術を奪いたいと思ってる」
「それを俺に話してどうする」
「警告だ」
一瞬、空気が変わった。
「お前たちの技術は本物だ。俺はそれを認める。しかしバロス連合は手強い。EDF(地球防衛軍)とも宇宙人とも異なる勢力で——やつらが本気で動いたら、俺みたいな独立の稼ぎ屋よりずっと危険な連中が来る」
「……なぜ俺たちに警告する」
「俺にも矜持がある。地球を守ろうとしている人間を、宇宙人の道具として捕まえるのは好みじゃない」
「断れないのか?」
「断ると俺の命が危うい。依頼を引き受けて、でも捕まえない——それが俺のできるギリギリだ」
駿はブラッカーをじっと見た。
「俺たちに何かを求めているか?」
「何も」とブラッカーは答えた。「俺は俺の仕事をする。ただしお前たちが逃げ延びるための時間を稼ぐ。それだけだ」
「……信じていいのか」
「信じなくてもいい。ただ、バロス連合の本隊が到着するまで——七日ある。その間に手を打て」
それだけ言って、ブラッカーは去っていった。
廊下に残された駿は、しばらく立ったまま考えた。
それから、ヨーコと甚之助に連絡を入れた。
「集合だ。新しい問題が出た」




