第三章 宇宙の孤独と仲間の絆
「アマテラス」に帰還する途中、ガルダ号の中で食事をとることになった。
コックピットの後ろにある小さなギャレー(調理室)で、甚之助が手際よく袋入りのレーションを温めている。宇宙食の技術は格段に上がっており、今のものはかなり本物に近い味がする——と言われているが、駿はあまり気にしない。
「肩、見せろ」
ヨーコが医療キットを持って、駿の横に座った。
強化スーツを一部取り外すと、肩のアーマーが削られているのがわかる。しかしその下の肌には、かすり傷すらない。
「本当に頑丈だな、お前」とヨーコは呟いた。
「スーツが守ってくれた」
「スーツが削られてなければもっとよかったけどね」
ヨーコは器用な手つきでアーマーの状態を確認し、修復パテを塗り込んでいく。近接用の工具を使って歪みを直す。彼女はITだけでなく、機械の扱いもそれなりに得意だ。
「ヨーコ」と駿が言った。
「なに」
「今日の作戦、よかったぞ。電子ロックを四秒で解除するのも、ガラン族の兵器をハックするのも——お前がいなかったら、こっちが撃たれてた」
ヨーコは手を止めなかった。アーマーの修復を続けながら、ただ「そう」とだけ答えた。
しかし頬が、少し赤くなった。
「……甚之助だって頑張ったよ。タックルで吹き飛ばしたじゃない」
「あいつはいつも頑張ってるから当然だ。でも今日は特に、お前を褒めたかった」
「……変なこと言わないでよ」
「褒めてるだけだ」
「知ってる。でも変な感じがして——いや、なんでもない」
ヨーコは話を打ち切った。眼鏡を外して目頭を押さえ、また眼鏡をかけ直した。
その一瞬だけ、眼鏡なしの顔が見えた。
細い鼻筋、整った目元、そして透明感のある肌——。
駿は特に何も言わなかった。
ヨーコが眼鏡を外すのは、疲れているとき、あるいは感情が揺れているときだ。幼稚園から一緒にいる駿は、そのことを知っている。
ただ知っているだけで、それ以上は踏み込まない。
それが駿の流儀だった。
「ご飯できたぞー」と甚之助が大きな声を上げた。「チキンカレー味のレーションだ。本物じゃないが、まあ悪くない」
三人がテーブルを囲む。
小さなテーブルに三人が座ると、かなり窮屈だ。甚之助のせいで余計に狭い。
「いただきます」
宇宙空間の真ん中で、三人は食事をとった。窓の外には星々が広がっている。
「なあ」と甚之助が言った。「俺たち、いつまでこれを続けるんだ?」
「どういう意味だ?」
「いや、悪い意味じゃない。でも卒業したら、みんなそれぞれ就職したり研究したりするだろ。その後もこの同好会は続けるのか?」
駿はカレーレーションをスプーンで混ぜながら考えた。
「続けたい」と正直に答えた。「俺が死ぬまで、地球が平和になるまで——どっちが先に来るかわからないけど」
「頭おかしい」と甚之助は笑った。しかし否定はしなかった。「俺も同じだけどな。武器作ってるとき、一番楽しい。誰かを守るために作ってるって思うと、さらに楽しい」
「ヨーコは?」
ヨーコはレーションを一口食べて、考えた。
「……私は、正直よくわからない」
「わからない?」
「私はもともと、自分のためにハッキングしてた。面白かったから。世の中のシステムを覗き見して、穴を見つけて——ゲームみたいに楽しかった。でも駿に誘われてここに来てから……」
「なんだ」
「守るためにハッキングするのは、もっと楽しい」
甚之助がにやりとした。
「つまりお前も続けるってことだ」
「……まあ、そういうことかな」
三人は笑った。
どこか温かい時間だった。
◆
食事を終えてしばらく後、ヨーコが突然タブレットを持って飛び起きた。
「駿!」
「なんだ」
「ガラン族の通信が急に増えてる。パターンが変わった」
「どういうことだ」
「解析する——」ヨーコの指が素早くタブレットを操作する。「作戦の変更。元々七十二時間後の予定だったのを、前倒しにしてる」
「どれくらい?」
「……今から十八時間後」
甚之助が立ち上がった。
「冗談じゃない。俺のフェイズ・シールド発生器、まだ二個しか完成してないぞ。三個目は……」
「間に合わないか?」
「十八時間あれば——なんとかなるかもしれない。でも保証はできない」
「やってくれ。俺たちは作戦を組み直す。ヨーコ、指揮官の位置は特定できたか?」
「まだ。でも通信のパターンが特定できてきた。もう少し解析すれば——」
「急いでくれ」
「わかってる!」
ガルダ号の中が慌ただしくなった。
甚之助は作業台に向かい、フェイズ・シールドの組み立てを再開する。ヨーコは通信の解析を続ける。駿は宇宙地図を広げ、ガラン族の艦隊の動きと地球の防衛態勢を重ね合わせてシミュレーションを走らせた。
十八時間——それが彼らに与えられた時間だ。
◆
八時間後、ヨーコが声を上げた。
「指揮官の位置、特定した」
「どこだ」
「旗艦は大型艦の中の一隻。艦隊の中央ではなく、少し後方に位置してる。指揮官は後退が遅いから、追跡が難しい。でも通信パターンから割り出せた」
「確度は?」
「八十五パーセント」
「十分だ」と駿は即座に言った。「甚之助のフェイズ・シールドは?」
「三個目、完成した」と甚之助が低い声で言った。「徹夜になったが間に合った」
「本当にすごいな、お前は」
「お世辞はいい。使ってくれ」
「その前に」とヨーコが割り込んだ。「問題がある」
「なんだ」
「EDFがガラン族の接近を察知して、地球軌道上に艦隊を展開し始めてる。私たちが旗艦に近づこうとすると、EDFの防衛ラインを通過する必要がある。ステルスは使えるけど——EDFとガラン族の間の宙域に入るのは、板挟みになるリスクがある」
「回避ルートは?」
「一つだけある。太陽の方向から回り込む。EDFの艦隊は地球側を向いてるから、太陽方向は比較的手薄。ただし太陽に近づくと熱と放射線のリスクが増す」
「ガルダ号の耐熱性能は?」と甚之助に確認した。
「太陽からの距離が〇・九五天文単位以上なら問題ない。それより近づくと……」
「計算上は何天文単位まで近づく?」
「〇・九七天文単位。余裕がある」
「やれる」と駿は言った。「その方向から回り込んで旗艦に近づく。EDFが手薄な内に片付ける」
「指揮官を無力化した後は?」
「群体意識の混乱を利用して、EDFに通信を入れる。『旗艦が沈黙した、今が好機だ』と——もちろん匿名で」
「また後始末をEDFに任せるわけか」とヨーコは苦笑いした。
「俺たちは非公式団体だ。最後の仕上げを公式機関に任せるのは、ある意味理にかなってる」
「懸賞金が増えそう」
「今でも地球側から五億、宇宙人側から三億の懸賞金が掛かってるんだ。今更だ」
甚之助が首を横に振った。
「俺たちに懸賞金を出してる宇宙人たちは、俺たちが誰か知らないで金を出してるんだろうか」
「知ってたら、倍は出すだろうな」
笑いが漏れた。
重苦しい状況の中でも、三人の間にはこういった笑いが生まれる。それが、長年共に戦ってきた仲間同士の証だった。




