第十四章 最大の試練
四人になった同好会は、以前より動きが増した。
澪の持つ精密機器制御の技術は、甚之助の武器開発に新しい可能性を開いた。ヨーコの情報収集速度は、澪がサポートに入ることでさらに上がった。
そしてそれから三ヶ月後——最大の試練が来た。
「バロス連合が再び動いた」とヨーコが言った。「今度は本気だ」
「前回も本気だったが」
「今回はレベルが違う。バロス連合の軍事委員会が直接承認した作戦。コード名——『最終解法』」
「最終解法?」
「地球を直接攻撃する、という意味じゃない。俺たちを——東大地球防衛同好会を——完全に排除する作戦だ」
「俺たちを直接狙ってるのか」
「バロス連合は今回、正面から来ない。俺たちを社会的に消す計画を実行中だ」
「社会的に消す?」
「私たちの正体を暴露する。正体が明かされれば——EDF(地球防衛軍)から追われる。大学も除籍される。社会的な活動ができなくなる。それが目的」
「つまり——誰かが俺たちの情報を持ってるということか」
「そう。バロス連合のどこかに、私たちの正体に関する情報がある。それを公開しようとしてる」
「どこまで割れてる?」
ヨーコは少し沈黙した。
「……名前は特定されてない。でも、所属大学と三名という情報は押さえられてる。あと少しで特定される」
「あと少し、というのは?」
「内閣府の組織から情報が漏れた。澪が来る前に彼女が収集していた情報の一部が、バロス連合に流れた可能性がある」
澪の顔が青くなった。
「私のせいで……」
「お前のせいじゃない」とヨーコは即座に言った。「お前が組織を抜ける前に流れた情報だ。今のお前は関係ない」
「でも——」
「俺が言ってる。関係ない」と駿も言った。「問題は、これからどう対処するかだ」
「暴露される前に俺たちが動く必要がある」と甚之助が言った。
「どう動く?」
「二つの方向性がある」とヨーコは言った。「一つは、バロス連合が持っている俺たちの情報を消す。それができれば暴露は防げる。もう一つは——俺たちが先に動いて、バロス連合のメリットをなくす。つまり、暴露されても影響が最小限になるようにしておく」
「後者は——EDFとの関係が重要になる」と駿は言った。
「クロス少佐に話す?」と甚之助。
「話す必要がある。暴露前に、俺たちとEDFの関係を正式化しておく。そうすれば、正体が明かされても法的な問題は軽減できる」
「でも正体を明かすことになる」とヨーコは言った。
「……そうかもしれない」
静かな言葉だった。
三年間——正体を隠しながら戦い続けてきた。
その正体が明かされる可能性。
それは、彼らにとって大きな選択だ。
「俺は構わない」と駿は言った。「最初から、いつか明かすことになると思ってた。俺はヒーローになりたいが——顔を隠してるのは、周りが困るからだ。俺自身は、別に隠したくない」
「私も」と甚之助は言った。「今更だ」
ヨーコは少し考えた。
「……私は、少し怖い。今の生活が変わることが」
「変わるかもしれない」と駿は正直に言った。「でも変わっても——俺たちは続ける。形が変わるだけだ」
「……そうね」
「澪は?」と駿は新しいメンバーに声をかけた。
「私は……まだ正式なメンバーになったばかりで、こんな大事な決断に口を挟むのは」
「口を挟んでいい」と駿は言った。「メンバーだから」
澪は少し考えた。
「……私は、あなたたちについていきます。どんな決断でも」
「ありがとう」
「じゃあ——二つ同時にやる」と駿は言った。「ヨーコがバロス連合の情報を消す作業をする。同時に俺がクロス少佐に連絡して、正式な協力関係の強化を打ち合わせる。甚之助と澪は、万が一のときの物理的な対処の準備をする」
「全部同時か」と甚之助は言った。
「時間がない。やれるか?」
「やれる」
「やれる」とヨーコ。
「はい」と澪。
「行くぞ」
◆
作業は分担して行われた。
ヨーコはバロス連合の情報システムへの侵入を試みた。これは過去最大規模のハッキングになる。バロス連合のセキュリティは、ガラン族やタールク星系とは比べ物にならない。
「難しい」とヨーコは呟きながら、しかし手を止めなかった。「でも——できる」
澪がサポートに入った。
「ここのサブルーティン、別のアプローチで入れると思う」
「どこから?」
「バロス連合の商業システムと軍事システムは同じインフラを使ってる一部がある。商業側から迂回すれば……」
「それは試してなかった。やってみて」
二人の天才女性が協力して、バロス連合の堅牢なシステムに挑んだ。
時間が経つにつれて、少しずつ道が開けていった。
◆
一方、駿はクロス少佐に通信を入れた。
「話がある。今すぐ会いたい」
「状況を把握してる」と少佐は答えた。「バロス連合が動いてるのも知ってる。お前たちの正体が暴露されそうなことも」
「情報が早いな」
「私の仕事だ。聞く——お前たちはどうしたい?」
「EDFとの正式な協力関係を構築したい。暴露されても、俺たちの活動が認められている状態を作りたい」
「承認を取る時間があまりない」
「わかってる。だから——裏技を使いたい。暫定的な協力関係の証明書類を先に作って、後から承認を取る形にできないか?」
少佐は少し沈黙した。
「リスクがある。書類を先に作って承認が取れなかったら、俺が責任を取ることになる」
「それでいいなら頼む」
「……お前たちのために責任を取るのは構わない。ただし条件がある」
「なんだ」
「今後、重大な局面ではEDFと情報共有を必ず行う。独断で行動して大きな損害が出た場合は——お前たちが責任を持って対処する」
「それは最初からそのつもりだ」
「なら——やろう。書類の準備を始める」
「ありがとう」
「礼は後でいい。今は急いでくれ」
◆
ヨーコと澪の作業は、開始から六時間後に成果を出した。
「入った」とヨーコが言った。
「本当に!?」と澪が驚いた。
「バロス連合の情報システムのコア部分に到達した。俺たちの情報が保管されているデータベース……あった」
画面に、彼らに関するファイルが表示された。
三名の情報——しかし名前は伏せてある。顔画像も取得されていなかった。「東京大学宇宙分校所属、三名」という情報のみ。
「削除する」
ヨーコの指が動いた。
データが消えた。
「バックアップは?」
「確認中……三箇所にバックアップがある。順番に消す」
一つずつ確認しながら削除する。
「全部消した」
「本当に消えた?」
「消えた。ただし——このシステムへのアクセス記録は残る。バロス連合のセキュリティ担当者が気づいたら、また情報を集め直す可能性がある」
「時間稼ぎにはなった」
「今夜一日は安全なはず」
「十分だ」と駿の声が通信に入ってきた。「クロス少佐との書類が完成した。俺たちの活動は暫定的にEDFの協力プログラムとして登録された。暴露されても、法的な問題は最小限になる」
「全部うまくいった?」
「全部」
◆
「アマテラス」の展望デッキ。
四人が集まった。
「お疲れ様」とヨーコが珍しく言った。
「こちらこそ」と澪が頭を下げた。「私のせいで——」
「言ったろ、関係ないって」
「でも、参加したばかりなのに、最初からこんな大変な状況で……」
「大変な状況の方が面白い」と甚之助が言った。「慣れろ」
「慣れるものなんですか……」
「慣れる」と駿は言った。「俺たちはもう慣れた」
「強いですね、みなさん」
「強い必要があるから強くなった。お前もそうなる」
澪は少し、微笑んだ。
星が窓の外で輝いている。
「一つ聞いていいですか」と澪は言った。
「なんだ」
「なぜ『地球防衛』という名前にしたんですか?宇宙ステーションに住んでいるのに」
三人が少し顔を見合わせた。
「名前を付けたのは俺だ」と駿は答えた。「理由は——地球が起点だから。俺たちが守りたいのは、地球だけじゃない。でも地球が守られなかったら、何も守れない。だから地球が最初だ」
「なるほど」
「それと——響きがいい」
「え?」
「東大地球防衛同好会。語感が最高だろ?」
「……そ、そうですね」
甚之助が苦笑いした。
ヨーコが眼鏡の奥で笑った。
星が輝いている。
今日も、地球は守られた。




