第十三章 澪の選択
新学期から一ヶ月が経った頃。
澪は決断を迫られた。
「神楽坂さん」と内閣府の担当者から連絡が来た。「成果を報告してください。そろそろターゲットの特定が必要です」
「もう少し時間が……」
「時間は限られています。必要な情報を出せないなら、別の手段を使います」
「別の手段、というのは?」
「詳しくは言えません。ただ——あなたが関与しない形で行います」
つまり、もっと直接的な手段だ。
澪は通信を切った後、しばらく考えた。
(私がターゲットを特定すれば、彼らは捕まる。特定しなければ、組織は別の手段を使う——その方が危険かもしれない)
どちらの選択も、彼らに害をもたらす可能性がある。
(でも——)
澪はタブレットを開いた。
「東大地球防衛同好会」に関する情報。彼女が収集したデータ。
そして——彼女が直接会って話した、あの学生たちの顔。
駿の言葉が頭の中に残っていた。
「許可されていない方法でも——守るべきものを守れているなら、俺は正しいと思う」
(守るべきものを守る——)
澪は長い時間、考え続けた。
そして、決めた。
彼女はタブレットに向かって、別の通信を開いた。
「藤堂さん、話があります。今すぐ会えますか」
◆
「アマテラス」の外縁部、一般客が来ない展望デッキ。
星の光だけが窓から差し込んでいる。
澪と駿が向き合った。
「どうした?急ぎで呼び出して」
「私のことを話します」と澪は言った。「本当のことを」
「聞く」
澪は話した。
内閣府の組織のこと。スカウトされた経緯。与えられた任務——東大地球防衛同好会のメンバー特定。
駿は最後まで黙って聞いた。
「……そうか」
「怒らないんですか」
「何に怒る?」
「私はあなたたちを追っていた。目的があって近づいた」
「それはわかってた」
澪が目を見開いた。
「知ってたんですか?」
「ヨーコが最初から解析してた。ネットワークトラフィックのパターンで気づいた」
「じゃあ——なぜ接触を」
「俺が確認したかった。お前が本当に敵なのか、それとも迷ってるのか。会って話してみれば、どちらかわかると思った」
「どちらに見えましたか?」
「最初から迷ってた」と駿は言った。「だから怖くなかった。本当に俺たちを捕まえようとしてる人間は、あんな目で見ない」
澪は少し目に力を込めた。
「……私は、ターゲットの情報を組織に渡すつもりはありません。でも組織が別の手段を使うと言ってる。あなたたちに危険が——」
「それを俺に話すために来たのか」
「はい」
「お前はこれからどうする?」
「……組織には偽の報告をするつもりです。ターゲットを特定できなかった、と。でもそれを組織が信じるかどうか……」
「組織がお前を信じなかった場合、お前が危険になる」
「それは——仕方ないです」
「仕方なくない」と駿は言った。「お前が危険になるのを俺たちは望まない」
「でも私はあなたたちを追っていた立場で——」
「関係ない。お前は俺たちに情報をくれた。それは事実だ。俺たちはお前を守る」
澪は少し言葉に詰まった。
「守る、というのは……」
「俺たちには情報収集の力がある。お前の組織の動向を監視して、お前が危険になりそうな時は事前に対処する。お前には何も言わなくていい。俺たちが勝手にやる」
「そんなこと——してもらえる?」
「したい」と駿は答えた。「正義のヒーローは、困ってる人を助けるものだ」
澪は——少し、笑った。
「……あなたって、変わってますね」
「よく言われる」
「でも——ありがとうございます」
「礼はいい。ヨーコに挨拶しに来てくれ。あいつが一番、お前のことを調べてた。直接話すのが一番早い」
「白坂さん——怒ってますか?私が近づいていたこと」
「怒ってないと思う。感心してると思う。あいつが解析して気づいた事案で、相手が自分から話しに来たのは初めてだから」
◆
作業室での顔合わせは、最初少し緊張した空気だった。
ヨーコは静かに澪を評価するような目で見て——それから言った。
「あのネットワークパターン、どうやったの?自分で作ったの?」
「えっ、はい。小さな頃からプログラムが好きで……」
「それ、独自のアルゴリズムだよ。市販のツールじゃ同じものは作れない。天才だ」
「そんなこと——」
「本当のことを言ってる」とヨーコは言った。「あと、今後は私の解析網に引っかからないようにしてね。お前のネットワーク行動は私のデータベースに入った。隠す気なら新しいパターンを作り直した方がいい」
「……そのアドバイス、なぜ?」
「さっきから思ってるけど——お前、同好会に向いてる」
「え?」
「技術がある。自分で考えて動ける。間違ったと思ったら訂正できる。それだけあれば十分だよ」
「私は……でも、任務でここに来て——」
「それはもう関係ない」とヨーコは言った。「過去は過去。今後どうするか、が大事」
甚之助が腕を組んで澪を見た。
「お前、工学部だったな。何が得意だ?」
「機械制御系です。特に、小型機器の精密制御が……」
「俺のサポートができる」と甚之助は言った。それだけで、評価が終わった様子だった。
澪は三人の顔を順番に見た。
「……私、入ってもいいんですか?」
「鍵はかかってない」と駿は答えた。「ただし非公式だ。懸賞金が掛かってる。追われる。大変だぞ」
「知ってます」と澪は言った。少し胸を張って。「でも——守れるものがあるなら、守りたいです」
「それで十分だ」
東大地球防衛同好会、四人目が加わった。




