第十章 バロス連合の本格介入
クロス少佐との協定から一ヶ月が経った頃、情報が入った。
「バロス連合が動いた」とヨーコが緊迫した声で言った。「本格的に動いた。先遣隊レベルじゃない。主力艦隊の一部が地球方向に動いてる」
「数は?」
「大型艦が十五。中型艦が六十。これはガラン族の艦隊より大きい」
「……本気で来た」と甚之助は言った。
「目的は何だ?」
「複数ある」とヨーコは答えた。「まず——私たちの無力化。次に——地球の軍事力の評価。そして——地球をバロス連合の勢力圏に組み込む計画を推進するための威圧行動」
「威圧か」
「彼らはいきなり攻撃するつもりはない。ただ、圧倒的な武力を見せつけて、地球政府を交渉のテーブルに就かせたい。そのテーブルで——地球を実質的に支配する条約を結ばせる算段だ」
「それを許すわけにはいかない」と駿は言った。「俺たちだけじゃ対抗できない規模だ。クロス少佐に通報する」
「EDFが動ける規模か?」
「今回の件は、EDFが主役で戦う場面だ。俺たちはサポートに回る——ただし、肝心なところは俺たちが担う」
「肝心なところって?」とヨーコ。
「バロス連合の艦隊を率いる旗艦指揮官を特定して、前回のガラン族と同様に指揮系統を崩す。しかしバロス連合はガラン族より頭がいい。旗艦を隠してる可能性が高い」
「実際、そうなってる。旗艦の位置が読めない」
「だからヨーコに頼む。今すぐバロス連合の通信を全力で解析してくれ。指揮官の位置を割り出す。甚之助——」
「わかってる。装備の最終調整だな」
「頼む」
◆
クロス少佐への通報は、協定で決めた匿名チャンネルを通じて行った。
少佐の反応は迅速だった。
三十分後、EDFの緊急指令が発令され、地球軌道上の艦隊が戦闘態勢に入り始めた。
「EDFが動いた」とヨーコが確認した。「でも……バロス連合の艦隊が想定より早く地球軌道に到達する見込み。EDFの態勢が整う前に、バロス連合が圧力をかけてくる可能性がある」
「どれくらいの差がある?」
「EDFが完全態勢に入るまで六時間。バロス連合の先頭艦が地球軌道に到達するまで四時間」
「二時間の差がある」
「その二時間が問題」
「俺たちがその二時間を埋める」
「どうやって?」
駿は少し考えた。
「バロス連合の艦隊の進行を遅らせる。ガルダ号で先回りして、艦隊の前に出る」
「何のために?」
「外交だ」
「外交?」
「俺たちがバロス連合と直接交渉する。本物の外交交渉じゃない——時間稼ぎだ。俺たちが出てくれば、バロス連合の指揮官は俺たちを捕まえようとする。その間、艦隊の進行が止まる」
「囮になるのか」とヨーコは言った。「またか」
「まただ」
「今回は規模が違う。先遣隊三人と、大型艦十五隻では全然違う」
「わかってる。だから甚之助に一つ頼みたい」
「なんだ」と甚之助が見た。
「量子乱流発生器、最大出力で使える改良版を作れるか?一時間で」
甚之助は一瞬考えた。
「作れる。でもエネルギーを全部食う。一発しか撃てない」
「一発でいい。最大出力ならどの程度の効果がある?」
「半径二キロメートル以内にいる全ての船——電子機器に干渉する。戦闘不能にはできないが、全船が一時的に停止する。時間は——三分程度か」
「三分あれば十分だ」
「本当に?」
「ヨーコが三分で何かできるか計算してる」
ヨーコは既にタブレットを見ていた。
「三分あれば——バロス連合の通信システムに偽の信号を送り込んで、艦隊全体を混乱させることができる。量子乱流で全船が止まってる間に、私が艦隊の通信ネットワークにウイルスを埋め込む。ウイルスが発動すると……指揮命令が全員に別々の内容で届く。バラバラな命令が来たら、指揮系統が崩れる」
「どれくらい崩れる?」
「完全には崩れない。でも——三十分から一時間、艦隊が混乱状態になる。その間に——」
「EDFが態勢を整えられる」
「そういう計算」
「完璧だ」
甚之助が立ち上がった。
「一時間で改良する。行くぞ」
◆
ガルダ号が「アマテラス」を出発した。
バロス連合の艦隊に向けて、太陽の反射を利用しながらステルス状態で接近する。
「艦隊の位置、確認」とヨーコが言った。「大型艦が正面。旗艦らしい特に大きい船が中央にある——でも旗艦かどうかは断言できない」
「通信パターンは?」
「解析中……どの船も通信量が多くて絞りにくい。でも——一隻だけ、他より多くの通信を発受信してる船がある。あれが旗艦の可能性が高い」
「中央の船か?」
「違う。右から三番目の大型艦」
「囮か」と駿は言った。「わかりやすい囮を中央に置いて、本物を目立たない位置に隠してる」
「バロス連合は頭がいい」
「だからこそやりがいがある」
ガルダ号は艦隊から五十キロメートルの距離まで近づいた。
「ここからが勝負だ」と駿は言った。「甚之助、量子乱流発生器の準備はできてるか?」
「準備できてる」
「ヨーコ、ウイルスの準備は?」
「できてる。量子乱流が発動したら即座に送り込む」
「俺は艦隊の通信チャンネルを乗っ取って直接バロス連合の指揮官に話しかける。その間、甚之助とヨーコは仕事をしてくれ」
「話しかけるって——何を話すんだ?」
「時間稼ぎだ」
駿は通信機の前に座った。
「バロス連合の艦隊、応答せよ」
しばらく沈黙の後——通信回線が繋がった。
低い、機械翻訳のような声が返ってきた。
「……お前が地球を守ると言われている人間か」
「そうだ。お前たちの艦隊について、こちらから提案がある」
「提案?」
「撤退することだ」
「ははっ」と笑い声がした。「面白い提案だ。理由を聞かせろ」
「お前たちは地球を威圧しようとしている。でも俺たちがここに出てくる以上、それは難しくなった。地球側は今、防衛態勢を整えている。バロス連合が地球に接触しても、有利な条約を結ぶのは難しい——俺たちが邪魔するから」
「お前たちを除けばいい」
「それも難しい。俺たちに懸賞金をかけて先遣隊を送ってきたが、全員帰ってきた。徒手空拳のままで」
「今度は本隊だ」
「試してみるか?」
「……なんと大胆な物言いだ」と指揮官は言った。「いいだろう。お前たちを捕まえてから、地球と交渉する。それで十分だ」
「好きにしろ」と駿は言った。「甚之助!」
「いくぞ!」
量子乱流発生器が最大出力で起動した。
ガルダ号の周囲、半径二キロメートルの空間が歪んだ。青白い波紋が宇宙に広がり、バロス連合の全艦が同時に停止した。
「ヨーコ!」
「もう送ってる!」
ヨーコの指が光の速さで動く。バロス連合の艦隊通信ネットワークに、精巧に作られたウイルスが侵入した。各艦の通信端末に、バラバラの内容の命令が次々と届き始める。
三分後、量子乱流の効果が終わった。
艦隊が動き始めた——しかし各艦がバラバラの方向に動き出した。
「混乱してる」とヨーコが報告した。「ウイルス、効いてる。旗艦も影響を受けてる。指揮官の命令が艦隊全体に伝わっていない」
「どれくらい続く?」
「四十分は持つ。その間に——」
「EDFを確認した」と甚之助が言った。「こちらに向かってきてる。完全態勢だ」
「クロス少佐が間に合わせたか」
「優秀な人だ」と甚之助は言った。珍しく感心した様子で。
EDFの艦隊がバロス連合の混乱した艦隊と対峙した。
数は対等ではなかったが——混乱した艦隊は数を活かせない。
バロス連合は最終的に撤退を選んだ。
地球の防衛は、今回も成功した。
◆
「アマテラス」に戻る途中、ガルダ号の中で三人は力が抜けたように座っていた。
「うまくいったな」と甚之助が言った。
「ギリギリだったけど」とヨーコ。
「ギリギリで成功するのが俺たちのスタイルだ」と駿は笑った。
「バロス連合はまた来るかな」
「来る。でも今回の失敗を分析して、次は別の手を使ってくる。同じ手は使わない」
「ならこっちも次の手を考えないといけない」
「そうだ」
しばらく沈黙。
「疲れた」とヨーコが珍しく正直に言った。
「ゆっくり休め」と駿は言った。
「駿こそ」
「俺は大丈夫だ」
「どうせ帰っても宇宙地図を眺めてるんでしょ」
「……まあ、そうかもな」
「バカ」
「そうかもしれない」
甚之助が静かに笑っていた。
二人のやり取りを見ながら、どこか温かそうに。




