よばみさま
小学校1年生の夏休みに、2週間くらいじいちゃん家に預けられたことがあるんだ。
その当時、親父が単身赴任してて母さんと二人で暮らしてたんだけど、母さんがケガしてさ。何日か入院する必要があったから、俺は父方のじいちゃん家に預けられて、母方のばあちゃんが母さんの世話をしてたんだ。
じいちゃん家は畑が広がってるような田舎にあって、ちょっとボロかったけどけっこう大きな家に住んでたんだよ。母さんと離れて2週間も過ごすなんて初めてだったから、ワクワク半分、不安半分って感じだったなぁ。
それでさ、晩ごはんにご馳走が出たりして、俺は興奮してなかなか寝ようとしなかったんだよね。
そうしたらばあちゃんが「早く寝ないと、よばみさまが来るよ」って言うんだ。
「よばみさまって何?」って聞いたら、「夜になると家にやって来て、いつまでも寝ない子どもを食べちゃうんだよ」って答えるんだ。
なんせ俺は小学生だったし、母さんもいないしでビビっちゃって、急に元気がなくなった。だからじいちゃんが「じゃあ、今日はじいちゃんたちと一緒に寝よう」って言ってくれて、じいちゃん、俺、ばあちゃんみたいな川の字で寝ることになったんだよ。
でさ、その夜はぜんぜん寝付けなくてさ。布団からは嗅ぎなれない匂いがするし、枕もちょっと硬いしで、目を瞑ってても眠くならないのね。耳だけは敏感で、家の外の虫の音とか、じいちゃんたちの寝息とかがやけに大きく聞こえるの。
よばみさまが来たらどうしようと思うと胸がドキドキして、余計寝れないんだ。
そうやって眠気が来るのを待ってたら、変な音が聞こえて来たんだよ。
ずずず、ずちゃ、ぬちゃ、ずず、ずずず、びちゃ
こんな感じの、水気を含んだ何かが這うような音。
それは家の外じゃなく、中から聞こえたんだ。
よばみさまだ!
俺はそう思って、布団を頭からかぶって息を殺した。
寝室のふすまが、すすすと開く音がした。ずず、ぬちゃ、ずずず。変な音は、俺の布団にどんどん近付いてくる。
変な音が俺の布団を通り過ぎてくれることを祈ったんだが、音はぴたりと俺の布団で止まった。布団の外には何かがいる。そんな気配がある。俺は叫びだしそうになるのを必死にこらえて、寝てるふりを続けたんだ。
ずちゅ、と音がして、何かが動いた。
「ふふ、起きてる、起きてる」
そんな声が、かぶった布団の耳元で聞こえた。
その瞬間、俺は気を失った。
翌朝、ばあちゃんの声で俺は目を覚ました。
慌てて飛び起きて辺りを見回してみたけど、昨日と変わった様子はない。布団を敷いてた畳の上も、あんだけ水気のあるものが這ったような音がしてたのに、きれいなもんだった。
俺はばあちゃんに「昨日の夜、よばみさまが来た」って言ったんだ。ばあちゃんはビックリした顔をして、俺のパジャマの袖や裾をめくった。
そしたら俺の右ふくらはぎに、小さな歯型があったんだ。
ばあちゃんは血相を変えてそのことをじいちゃんに報告して、じいちゃんはどこかに電話をかけてた。よばみさまがどうとか言ってて、俺はこの歯型を残したのはよばみさまなんだろうなぁと思ったよ。
俺はパジャマのまま、朝ごはんも食べずにじいちゃんのトラックに乗せられて、どっかの家に連れて行かれた。じいちゃん家と似たような普通の家だったんだけど、神主みたいな白い着物に紫の袴をはいたじーさんが家の前で待ってた。俺はじいちゃんに抱きかかえられて、家の中に入れられた。
そこでは水風呂に入らされて、酒をまかれたり、塩をまかれたりで、ひどい目にあったよ。今になればお祓いだったんだなって思うけど、あのときは理由が分からなくて俺は涙目だったと思う。時期が夏だったのが幸いだった。これが冬だったら号泣してたと思う。
お祓いの効果があったのか、その日以降はよばみさまが現れたり、夜に眠れなくなるってことはなかったよ。じいちゃんもばあちゃんも、夜になったら俺が疲れてすぐに寝るように、畑仕事を手伝わせたり、近所の子どもと積極的に遊ぶように手を回してくれてたみたい。
最後によばみさまについてだけど、じいちゃん家がある地域に伝わる妖怪みたいなもんで、いわゆる子どもを早く寝かせるための決まり文句みたいなもんらしいんだ。ただ地域の伝承では、夜にやって来て子どもを食べる妖怪とされていて、食料にする子どもには目印として歯型をつけるらしいんだ。
もちろん、うちのじいちゃんたちもその伝承を信じていた訳じゃなかったけど、実際に俺のふくらはぎに歯型がついてたもんだから、慌ててお祓いに連れて行ったそうだ。俺が遊びに行ってる間に、家の周囲も祓ってもらったりしたんだって。
俺のふくらはぎについた歯型はしばらくの間は残ってたけど、母さんのところに戻る頃には消えたよ。




