24 採石
ヘルロウはすでに、天国には居なかった。
彼の『身体』はすでに、地獄にあったのだが……。
まさか古巣である天国に置いてきた『精神』までもが、追放されようとしているとは……。
さすがの彼も、知る由もなかった。
天国でちゃくちゃくと、包囲網が形成されつつある中、ヘルロウは……。
地獄でちゃくちゃくと、村の生活基盤を整えていた。
栄養によって亡者たちも、だいぶ力を付けてきた。
まだ人間には及ばないものの、ふたりがかりなら、小さな岩なども運べるようになった。
そこでヘルロウは、亡者たちを集めて『石積み』のやり方を教えることにした。
「よし、じゃあ今日は、村のまわりに石垣でも創ってみるとするか。せっかく掘割を創ったのに石垣がなければ、村の防御としては片手落ちだからな」
まずは、石の切り出しから。
『等活地獄』にある『等活岩』の壁を、石棒を改造して創ったツルハシで掘削する。
今までは亡者の力では、『等活岩のツルハシ』は重くて持ち上げられなかったのだが、肩に担ぐくらいはできるようになった。
「よし、担いだツルハシを身体を前に倒して、壁に向かって振り下ろすんだ。いくぞ、せーのっ!」
ツルハシを担いで壁に並んだ亡者たちが、ヘルロウの掛け声にあわせて一斉に前屈みになると、
……カツゥゥゥゥーーーーンッ!!
石どうしがぶつかりあう音があたりに響いた。
そして、壁には小さな穴が空く。
それだけで、亡者たちは大騒ぎ。
「す、すげえ……!」
「俺たちが、岩に穴を開けられるようになるだなんて……!」
「今までは、カスリ傷ひとつ付けられなかったのに……!」
はしゃぐ亡者たちに、ゴルバが檄を、
「そんな、小さな穴ひとつ開けたくらいで……! むがぐぐっ」
しかし隣にいたアローガから、口を塞がれていた。
「しっ! 余計なことは、言わなくていいんどすえ! ヘルロウ様とこれだけ一緒にいて、まだわからないんどすか!?」
アローガが目で示した先には、亡者たちと一緒になって喜んでいるヘルロウがいた。
「すごいぞ! 地獄にある岩は、どれも硬い事で有名なんだ! それに穴を開けるだなんて……お前たちは今、とんでもないことをやったんだ! そんな亡者、お前たちが初めてだぞ!」
すると亡者たちの瞳は、さらに輝く。
「お、俺たちが、地獄に穴を……!」
「そうだ! お前たちはもう、無力な亡者じゃない! さぁ、地獄に風穴を開けろ! お前たちの力があれば、この淀んだ世界を、少しでも風通しよくできるんだ! よぉし、続けるぞ! いいか、せーのっ!!」
「「「「「おいさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」」
……ガスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッ!!!!
ヘルロウの鼓舞によって、心をひとつにした亡者たちの一撃で……。
岩にはなんと、ヒビがっ……!
これにはゴルバも目を丸くしていた。
「なっ、なんと!? 脆弱なはずの亡者が、地獄の壁にヒビを入れるなどとは……!? ありえないでござるっ!?」
「ヘルロウ様はああやって、亡者たちを褒めて、やる気を出させようとしているんどすえ。ゴルバはんみたいに頭ごなしに怒鳴りつけていたら、亡者たちはあそこまでの力は出せなかったどす」
ヘルロウが大げさなまでに褒めていたのは、理由があった。
それは亡者たちがもう、何千年……または何万年と『褒められた』ことが無かったからである。
ここは地獄なのだから、当然である。
亡者たちは責苦によって、泣き叫び苦しむ以外の感情はすべて奪われていた。
笑うことも、喜ぶことも……そして褒められることなど、未来永劫ありえない者たちだったのだ。
そのため、『褒められる』嬉しさもすっかり忘れていた。
世の中には、『褒めて伸ばす』という言葉がある。
当然のように、そもそも地獄には存在しえない概念であるのだが……。
ヘルロウは地獄にとって斬新ともいえる教育方法を、導入していたのだ……!
しかしゴルバは、『亡者は恐怖によって支配するもの』といまだに思っているので、とうてい理解できなかった。
「褒めて、やる気を出させる!? そんな、面妖な……!?」
すると、それまで黙ってヘルロウを見つけていたピンキーが、懐かしそうにつぶやいた。
「わぁ……。そういえば、私も……。ヘルロウ君に出会ったばかりの頃、賽の河原で石を集めるように頼まれたの。いっぱい石を集めた私を、ヘルロウ君はほめてくれて……あの時はよくわからなかったけど、身体がくすぐったくて、でもなんだか、胸のあたりがあたたかくなって……。もっとがんばろうって気になったんだよね」
いつの間にかやって来ていたミヅルとダーツエヴァーも賛同する。
「ふっ、小生も賽の河原で『促進の石』を見つけ、お褒めの言葉を頂いた時のことは、昨日のように覚えています」
「えばーっ! わたしもサツマイモの種を出したときに、ヘルロウはいっぱい撫で撫でしてくれたのだ! なんだかとってもいい気持ちだったのだ!」
「うちら鬼は、亡者がヘマなんかした日には、壊れるまでお仕置きをしていたどす。でもヘルロウはんは、亡者がどれだけ失敗しても、決して暴力を振るったりしないんどす」
「ううん、亡者だけじゃないよ。ヘルロウ君は私たち鬼にも暴力を振るわない。位の高い鬼たちなんか、私たちみたいな下位の鬼を見るだけで、暴力を振るってくるのに……」
「それだけ小生たちのことを、大切に思っているのでしょうね」
「そ、そんな……!? 上の者が下の者を大切に思うなど、ありえないでござる! 上の者が大切にするのは、自分より上の者のみ……! それが当然の考えでござろう!?」
「うちもずっと、そう思っていたどす。でもそれが、ヘルロウ様なんどす。だからうちは、ヘルロウ様に首ったけになったんどすえ」
「お、おおっ……! へ、ヘルロウ様っ……! 拙者は、拙者はっ……!」
ヘルロウはふと、暑苦しさを感じた。
どこからともなく届く、熱波のような感覚をたどり、顔を動かしていくと……。
視線の先には、鬼たちが勢揃いしてた。
そして揃いも揃って、紅潮した顔に潤みきった瞳で、こっちを凝視している。
ゴルバに至っては、ごうごうと男泣きをしている始末……!
しかしヘルロウは、彼らの感情が昂ぶった経緯を知らない。
そのため、リアクションもにべもなかった。
「な……なんだよお前ら……熱でもあるのか?」




