20 後悔
フローズはこれまでの学校生活で、声ひとつ荒げたことがなかった。
授業中はもちろんのこと、休み時間でもお手本のような姿勢で背筋を伸ばし、ひとり予習をしていた。
クラスでふざける者がいても笑うことはなく、ギャルからイジられても完全無視。
するといつしか彼女のことを、誰もが一目置くようになった。
委員長がそうであるように、どんな時でも平静を保っていられるのが、理想の天使とされているからだ。
クラスメイトたちは思っていた。
フローズはこれまでに一度ですら、怒ったことも泣いたことも、それどころかクスリとさえ笑ったこのない、完全無欠の天使であると。
そんな彼女が、声をあげて泣いていた。
そのへんにいるイジメられっ子が、やすやすとあげるような軽いものではない。
涙は血のように、嗚咽は臓腑を吐き出すように。
まるで生命すらも削る主張であるかのように、教室内に響きわたる。
それは彼女にとっては、失態といえるほど、我を忘れたものであった。
しかし彼女にとっては、なぜ一生の不覚……!
なぜ自分の本当の気持ちに、もっと早く気付かなかったという……。
輪廻転生しても来世に持ち越すであろうほどの、千載の恨事であった……!
……ごめんなさい……! ごめんなさいっ、ヘルロウ君……!
私、どうかしてた……!
あなたを失って、やっと……! やっと、あなたの大切さに気付いた……!
ううん、私だけじゃない……!
クラスの女子も、みんなそう思ってる……!
みんなが綺麗でいられたのは、ヘルロウ君が見ていてくれたから……!
ヘルロウ君が、フレイルさんのほんの少しの変化にも、気付いてたから……!
だからみんな、フレイルさんのことを褒めることができて……!
そのおかげでフレイルさんは、もっともっと綺麗になっていたから……!
ヘルロウ君がいた頃のフレイルさんは、本当に輝いてた……!
あの頃のフレイルさんの笑顔は、本当に素敵だった……!
その笑顔のおかげで、クラスの女子たちもみんな笑った……!
みんなみんな笑顔で、綺麗でいられた……!
でも……。
みんなの顔にはもう、笑顔がない……!
ヘルロウ君が、死んじゃったから……!
私たちが、殺しちゃったから……!!
女子たちの間で、すすり泣きが起こる。
「そうだ……そうだったよね……」
「ヘルロウがいなくなってから……視線を感じなくなっちゃった……」
「それでなんとなく、気が抜けちゃって……」
「そうだ……そうだよ……。それに私たち、ヘルロウ君がいる時は、褒めあってたじゃん……」
「少し髪の毛を切っても、ネイルを新しくしても……ほんのわずかな違いにも、かわいいね、って言ってあげることができたのに……」
「それに最初に気付いていたのは、ヘルロウだったんだって……やっと、やっとわかった……!」
……ガシャァァァァァァァァァーーーーーーーーーンッ!!
シクシクとした悲しみを、机を蹴り飛ばす音が引き裂いた。
それは、顔を真っ赤にし、肩をいからせ……。
赤い巻き毛を火が付いたように浮き上がらせ、顔を灼熱させ……。
般若のような顔で立ち上がった、フレイルであった。
しかしその目には、あふれんばかりの涙が……!
……ふざけんじゃねえよっ!!
いまさらナニ言ってんだよっ!!
あーしはとっくの昔に気付いてたよ!!
だってヘルロウがいなくなった途端、みんながパッタリあーしの変化に気付かなくなったんだから!!
あーしもすっげぇ後悔してるよ!!
夜なんてずっと泣きっぱなしだよ!!
目を赤くしてガッコに来ても、誰も気付いてくれねーよっ!!
それでもあーしはあーしで、なんとかしようと思ってやってたんだよっ!!
でも……でも……。
ダメ、だった……。
罰ゲームをやれば、みんな、少しはあーしに興味を持ってくれるかと、思ってたのに……。
やっぱり……ヘルロウがいなきゃ、ダメだったんだよっ!!
ヘルロウっ……!!
ヘルロウヘルロウヘルロウヘルロウ……!!
なんでもするから、帰ってきて……!!
帰ってきて帰ってきて帰ってきて……!!
またあーしのことを、見てよぉ……!!
もうキモいだなんて言わない……!!
好きなだけ、好きなだけ見てていいからぁ……!!
お願い……!!
帰ってきてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
どばあっ……!!
噴火した火山のように、両の眼から……。
マグマのような、熱い涙を噴出させるフレイル。
アイシャドウやメイクが落ちても、もうおかまいなし。
顔をぐちゃぐちゃにして、ただただ泣きじゃくるばかり。
とうとう女子生徒たち全員が、号泣をはじめてしまった。
見られることのメリットをあまり実感できなかった男子生徒たちと、担任教師であるオーベルジーヌだけが……。
まるでその場から取り残されたかのように、唖然としていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、クラスは衰退の一途を辿る。
そして最悪の状況にまでなってしまった所で、『集会』で留守にしていた委員長が、ようやく登校。
彼は、『美観』について少しはマシになっていることを期待していたのだが……。
しかし蓋を開けてみれば、とんでもなかった。
フレイルとフローズは長期にわたる欠席。
そのふたりだけでなく、女子はかなりの欠席者が出ていた。
しかも出席している女子でも、全員が尼さんになったかのような、丸坊主というヘアスタイル。
男子もカースト下位のものは、もれなく坊主になっていた。
そして坊主の者はもちろん、そうでない者たちの『美観』ですら地に堕ちている。
髪型と制服は歪み、瞳に力はなく、肌もカサカサで、一気に老けたかのようであった。
女子の間にどれだけの軋轢があったのかは、想像に難くない……。
激しい戦火が通り過ぎた、焼け野原のような光景。
委員長は、その目も当てられぬ状況を……。
朝のホームルームで、教壇の上から一望していた。
そのあとはおもむろに、神雷のような視線で、教員席を貫く。
「オーベルジーヌ先生……。私がいない間になにがあったのか、説明していただけますか?」




