16 見てくれる人
フレイルは『美の天使』である。
そのため『美観』という評価基準においては、少なくともトップクラスを維持して当たり前であった。
なにせ彼女にとっては、美しさが全てであったから。
その唯一ともいえる取り柄を武器に『モデル天使』を志しているのだから、なおのことである。
たとえ劣ることがあったとしても、華美を競い合う、同じギャル相手ならまだ納得がいく。
しかし、型にはまったダサい着こなしの優等生である、ガリ勉女に負けることだけは……。
ギャルたちの着こなしを、『下品で愚劣』とでも言いたげな冷たい瞳で見下すような、フローズに負けることだけは……。
死んでも、許されなかったのだ……!
その日から、クラスは不穏な緊張感に包まれた。
特に、女子たちが。
フローズだけは相変わらず氷像のようにクールであったが、フレイルは導火線のないダイナマイトのようであった。
そのため、取り巻きのギャルたちは生きた心地がしない。
なんとかしてフレイルの『美観』を取り戻させるべく、粉骨砕身する。
しかし、しょせんは無理難題であった。
なぜならば、フレイルの『美観』というのは、かつては『トップクラス』。
しかし今は、『平均クラス』。
これを『落ちぶれた』と言ってしまえばそうなのだが、ようはじゅうぶんに『合格点』レベルなのだ。
そこからさらに上に行くためには、重箱の隅をほじくり返して穴を開けるレベルの話になってくる。
ようはほとんどの天使にとっては『平均クラス』と『トップクラス』の差異など、判別不可能。
その目の錯覚レベルの差異を感じられる『違いのわかる天使』は、この天国にはひと握りしかいない。
それは、『美観』の評価をしている天使だけである。
そして、今や地獄に堕ちてしまった少年だけであった……!
そのため、フレイルの取り巻きのギャルたちは、あてずっぽうに頼るしかなかった。
まずは朝一発目、クラスに登校して真っ先にフレイルの元に向かうと、
「おはよー、フレイル! 今日もイケてるし! あっ、肩にホコリついてるし!」
あるかどうかもわからない肩のホコリを、サッと払う。
しかしこれがいけなかった。
なにせギャルたちは示し合わせもせず、めいめいでこれをやってしまったのだ。
「おーすフレイル! 今日もイケてるっしょ! あ、肩にホコリついてるっしょ!」
「おはようフレイル! 今日もサイコーじゃん! でもでも、肩にホコリついてちゃ台無しじゃん!」
「あぶねー、今日もギリギリだった! あっフレイル! 肩にホコリ付いてる!」
揃いも揃って詣でるようにやって来て、肩を払っていくものだから、フレイルはついにキレてしまった。
「……あーしって、そんなにホコリまみれだったのかよっ!?」
稲妻のような青筋を走らせたフレイルから問い詰められ、ギャルたちはさらに追いつめられていく。
そしてフレイルは常に不機嫌だったために、『美観』をさらに損ねる結果となってしまった。
彼女たちは、『美観』の根源的な要因を、理解していなかった。
それはまず、『見られること』。
人だけでなく天使も、視線を感じると意識をしてしまう。
それが自分にとっては、良い視線でも悪い視線でも、変態からの最悪の視線であっても……。
『見られている』とわかると、気持ちが引き締まる。
そして自然と、『自分がどう見られているのか』『自分はどう見られたいのか』と無意識のうちに考えるようになる。
その気持ちが内面から滲みだし、さらなる美しさとなるのだ。
芸能人やモデルなど、人に注目されている職業に美形が多いのもこのためである。
かつてクラスメイトであったヘルロウは、クラスメイトを観察していた。
それは自身の好奇心から来るものだが、自然とクラスの『美意識』を底上げする結果となっていたのだ。
「ヘルロウってジロジロ見てきてキモいよね。そのうえなんか言われたらムカつかない?」
「そーそー! あたしなんて、毎朝鏡にいる時間がいつもより長くなっちゃってさぁ」
「私、それで遅刻しそうになっちゃったから、少し早めに登校して、洗面所でチェックするようにしてるんだ」
ヘルロウが堕天してからは、『見てくれる者』がいなくなったため、その習慣も自然消滅していった。
ヘルロウのクラスへの貢献はそれだけではない。
彼は男女問わず、ファッションのわずかな変化も見逃さなかった。
「襟足を2ミリ短くしたのか」
「香水をマンダリンに変えたんだな。マンダリンには集中力を上げる効果があるんだ」
「おっ、ネイルを変えたのか、このデザインは駅前のネイルサロンだろ。でもヒビ割れかけてるな、ちょっと待ってろ、補修してやるから」
同性や彼氏ならともかく、クラスでも最底辺の男子が些細な変化に気付いて声をかけてくるのは、正直ストーカーまがいの行為である。
クラスメイトたちは当初、かつての地獄の鬼たちのように視線を気持ち悪がっていたが、やがて慣れてしまい、たまに陰口としてのぼるだけになってしまった。
そしてその『視線』や『気づき』が、クラスに馴染むまでは、そう時間はかからなかった。
髪を切っても誰からも気付いてもらえないというのは、女性にとっては寂しいものである。
しかしヘルロウがいれば、そんなことはない。
たとえ気のない男子生徒からであっても、悪い気はしないものだ。
さらにそのヘルロウの気づきを、他のクラスメイトたちが受け止めることで、会話の輪が生まれる。
「へぇ、髪切ったんだぁ! かわいいじゃん、よく似合ってるよ!」
「えっ、たった1ミリなのに、よく気付いたって? そりゃもう、フレイルはあたしらの憧れだもん!」
元はヘルロウ発信の情報であったが、クラスメイトたちはさも自分が気付いたように、コミュニケーション材料として利用していた。
そうやって女生徒たちの機嫌が良くなれば、クラスの雰囲気も良くなっていく。
さらに明るく、美しく……!
そう……!
ヘルロウの毎朝の何気ない一言は、もはやクラスには欠かせない、潤滑剤となっていたのだ……!
しかしそれが無くなってしまった今の少年少女たちは、油の切れた歯車同然。
女生徒のリーダーのひとりが不機嫌になることで、他の女生徒たちの心もささくれていく。
男子生徒たちとも口喧嘩となり、ギスギスとしたムードが支配するようになってしまった……!
険悪なムードのなかに、美しさなど宿るはずもない。
クラスの『美観』は、平均よりさらに落ちぶれていくという、負のスパイラルが始まってしまった。
あけましておめでとうございます!
本年もヘルロウともどもよろしくお願いいたします!




