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ヘル・クラフト  作者: 佐藤謙羊
第2章
78/109

12 開花

 なおも腰を抜かしてアワアワしている鬼たちを尻目に、ヘルロウはクラフトを続ける。

 そして独り言のようにつぶやいていた。



「神の武器である弓だけじゃなく、ヘルロウ村のことがシャカにバレたらタダじゃすまないだろうな」



 新たな棒を拾いあげ、石のナイフで削り、次々と弓幹(ゆがら)を創りあげる。



「シャカはなんでも見通す力を持っている。その気になれば、地獄にいるヤツら全員の朝メシのメニューまで知ることができる……。それどころか、地獄にいるヤツら全員を、番犬のランチにすることだってできるだろうな」



 とんでもない例えに「ヒイッ!?」と震えあがる鬼たち。


 ヘルロウは次に、細い枝を削りはじめる。

 まっすぐなものを選んで、菜箸のような細長い棒を何本も創った。



「でも、シャカは俺が生きていることすらまだ知らない。その気になれば、なんでも見通せるはずのヤツ(●●)がな」



 シャカといえば、天国の最高権力者であり、誰もが名前を聞くだけでひれ伏す存在である。

 そんな偉大なる存在を、『ヤツ』呼ばわりとは……!


 鬼たちなどは、その場に居合わせているだけだというのに、まるで自分の悪口を聞かれてしまったかのように、今にも泣きそうだった。

 しかしヘルロウだけは、挑戦的に口角を吊り上げている。



「なぜだかわかるか? それはヤツが、地獄に興味がないからなんだ。その気になれば指一本で丸焼きにできるから、そこで何が起ころうが知ったこっちゃないんだ」



 細長い棒の先を、ナイフで削って尖らせる。

 反対側に切れ目を入れ、別で創っておいた薄くて小さな板きれを挟み込んだ。



そこ(●●)にチャンスがあるはずなんだ。ヤツの慢心こそが、俺にとっての最大の武器……!」



 鋭い切っ先を向けながら、振り返るヘルロウ。

 その表情に、鬼たちは思わず息を呑んでしまう。


 まだ中学生くらいの少年とは思えないほどの、野心に満ちた覇王のそれ(●●)だったのだ……!


 しかし、それは一瞬だけであった。



「よし、矢のほうもできたぞ」



【木の矢】 武器レベル:2

 木の枝を削り、先を尖らせ、木の板を付けたもの。



「鳥の羽があったら矢羽根に使えたんだが、無かったから木の板で代用した。じゃっかん扱いづらいがすぐに慣れるだろう。人数分創っておいたから、さっそく試射といくか」



 ヘルロウは事もなげに言って、自室をあとにする。

 まだ足腰がガクガクしている鬼たちは、四つ足でその後を追った。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ヘルロウは村のはずれに行くと、的がわりの木の板を立てた。

 10メートルほど離れてから、さっそく弓を構え、矢をつがえる。



 ……ピタリッ!



 と決まったポーズは、初めてとは思えないほど様になっていた。

 弦を引き絞りつつ狙いを定めたあと、



 ……ビィンッ!



 しなる音とともに、矢を撃ち放つ。

 風切り音とともに飛んでいったそれは、



 ……ガスッ!!



 鈍い音とともに、板に突き立った。

 ただそれだけであるというのに、傍観していた鬼たちは「ふわぁ……」と感嘆しきり。


 なにせ彼らにとっては、初めて見る投石以外の飛び道具であり、雲の上の武器なのだ。

 それを間近で見られたとあっては、まさに鳥肌モノであった。



「す……すごい速さだったのだ! びゅーって飛んでいったのだ!」



「ま……まさか、鬼のなかでも上位の者たち、しかも選ばれし者たちが天国に招かれたときのみ、奇跡のように目にすることができるという、『弓矢』……! そんな凄いものを、生きているうちに拝めるとは……! 武人冥利に尽きるでござる!」



「ほんに……弓を構えたときのヘルロウはん、りりしかったわぁ」



天技パラソル獄技(インフル)も使われていないのに、そのパワーとスピード、そして射程……。さすがに『神々の武器』と呼ばれているだけはありますね」



「ヘルロウ君って弓矢を撃つのって初めてじゃないの? ずいぶん馴れたカンジだったけど……」



 ピンキーに問われ「まあな」とお茶を濁すヘルロウ。


 天使の武器といえば弓矢なので、弓術は天使学校でも必須科目のひとつ。

 在学中は嫌というほどやらされたのだ。



「それよりも、お前たちもやってみろ。ピンキーとミヅルとアローガは普通の弓を、ゴルバはこっちの張りを強くした弓を使え。ダーツエヴァーには張りを弱くした弓を用意した」



 促されても鬼たちはおっかなびっくりだったが、最初に前に出たのはアローガであった。



「うちは、ヘルロウ様に命を預けた身……! ヘルロウ様のためなら、地獄へでもお供しますえ!」



 「すでに地獄ですけどね」というミヅルの突っ込みをよそに、弓矢を受け取るアローガ。

 すると他の鬼たちも覚悟を決めたのか、震える手で禁断の武器を受け取っていた。


 しかしその緊張も、第一射を終えるまでであった。


 それからは大騒ぎ、なにせマトモに前に飛ばすことすらできない。

 放たれた矢はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、ひとつとして的に当たらない。


 ミヅルに至っては横にいる仲間たちスレスレに飛ばしていたし、ゴルバに至っては、強く引きすぎて弓をへし折ってしまっていた。


 しかしその中で、唯一マトモといえたのが……。

 意外にも、アローガであった。


 しなやかな体幹で作り出される射法姿勢は、微動だにしない。

 美しいプロポーションと凛とした顔立ちから、射る前の構えだけで、まるでひとつの芸術品のよう。


 まっすぐ見据えたまま、瞬きひとつしない集中力。

 その気持ちの強さが、手から伝わりって乗り移ったかのように、放たれた矢は、



 ……ストォーーーーーンッ!!



 小気味良い快音ともに、板の木目を正鵠(せいこく)のように捉えていた。


 アローガの放った矢は、すべてそこに吸い込まれるように命中する。

 すでに観客と化していた鬼たちは、まるで天使が舞い降りたかのように彼女を見つめていた。



「す……すごいのだ! 百発百中なのだ!」



「わぁ! アローガちゃん、まるで天使様みたい!」



「び、美麗でござる……! 極められた武術は、武闘ではなく舞踏になるというのは、(まこと)でござった……!」



「小生の曲打ちほどではありませんが、なかなかのものですね」



 仲間たちに囲まれてわぁわぁと囃し立てられるアローガは、まだ信じられないように切れ長の目をぱちくりさせていた。



「弓矢というのが、こんなに扱いやすいものやなんて……。まるで、自分の身体の一部になったみたいどす」



「それが、才能ってやつさ」



 みなから一歩離れたところにいた、ヘルロウが言った。



「これが、うちの才能……? でもうちは天使様やのうて、地獄の鬼なんどすえ?」



「それが何だってんだ。弓矢が神の武器なんて、アイツらが勝手に決めたことだろう。弓矢はただの『道具』だ。道具を使うのに天使も鬼も、人間も神様もあるもんか。俺はそうやって、生まれや地位で型に押し込めるのが大嫌いなんだ」



 ヘルロウは語尾を強めていた。

 まるで心の奥底に据えられた、琴線をかき鳴らされてしまったかのように。



 ……俺がなぜ『クラフト』をしているかわかるか? 


 それは亡者や人間、そしてお前たち鬼に、理不尽に気付いてほしいからなんだ。


 天使の使う『天技(パラソル)』。

 鬼の使う『獄技(インフル)』。

 人間の使う『魔法』。


 これらはすべて神によって与えられ、選ばれた者しか使うことができない。

 それは才能によって選ばれるのではなく、いい身分に生まれたからって理由だけだ。


 地上の場合は、王族や貴族、金持ちの家に生まれた者だけが、『魔法』を身に付けることができる。

 そしてその力を治世に使うわけでもなく、自分の権力や富を増やすためだけに振りかざすんだ。


 それがいかに理不尽なことだってことがわかるか?

 生まれながらにして『魔法』の才能がある子供がいたとしても、貧しい家に生まれたら、それに一生気付くことができずに終わる。


 いまここにいるアローガがいい例だろう。

 俺がいなければ、アローガはきっと自分の才能に気付かないままだったんだ。


 だが……!

 『クラフト』は違う……!


 権力や富で独占されることはない、みんなのものなんだ……!

 俺はそれを広めるために、これからも、クラフトを……!



 自分よりもずっと大きな鬼たちが萎縮していたので、ヘルロウは自分が声を荒げていることにようやく気付いた。

 誤魔化すように、コホンと咳払いをひとつ。



「まぁとにかく、アローガが新しい自分に気付けただけでも、弓矢を創った甲斐があったってもんだ」



 そして、無理やり話題を変えた。



「そんなことより! 練習はこのくらいにして、そろそろ行くぞ!」



「えっ? どちらへ行くんどすか?」



「練習はもうじゅぶんだから、次は実戦に移る。そろそろ『お客さん』が来ている頃だろうからな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほどクラフトは作り方知ってたら誰でもできるか 現代の地球でも魔法使えないのに魔法じみたことしてますもんね(飛行機とかテレビとか) [気になる点] 弓矢を魔法扱いして神の武器されてるなら…
[良い点] シャカ すごい力を持っていても 使えこなせなければ意味がない  まさに宝のもち腐れですね!(ニヤリ) こうしてヘルロウの方が合理的に政策によって どんどんと差が縮まっていくのでしょうね!(…
[一言] つまり、恋愛の天使でも、神にならないと キューピットの弓矢は持てないみたいですね。 恋文しか書けないとは、何の為の恋愛の天使 (キューピット)なのか…………w
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