12 開花
なおも腰を抜かしてアワアワしている鬼たちを尻目に、ヘルロウはクラフトを続ける。
そして独り言のようにつぶやいていた。
「神の武器である弓だけじゃなく、ヘルロウ村のことがシャカにバレたらタダじゃすまないだろうな」
新たな棒を拾いあげ、石のナイフで削り、次々と弓幹を創りあげる。
「シャカはなんでも見通す力を持っている。その気になれば、地獄にいるヤツら全員の朝メシのメニューまで知ることができる……。それどころか、地獄にいるヤツら全員を、番犬のランチにすることだってできるだろうな」
とんでもない例えに「ヒイッ!?」と震えあがる鬼たち。
ヘルロウは次に、細い枝を削りはじめる。
まっすぐなものを選んで、菜箸のような細長い棒を何本も創った。
「でも、シャカは俺が生きていることすらまだ知らない。その気になれば、なんでも見通せるはずのヤツがな」
シャカといえば、天国の最高権力者であり、誰もが名前を聞くだけでひれ伏す存在である。
そんな偉大なる存在を、『ヤツ』呼ばわりとは……!
鬼たちなどは、その場に居合わせているだけだというのに、まるで自分の悪口を聞かれてしまったかのように、今にも泣きそうだった。
しかしヘルロウだけは、挑戦的に口角を吊り上げている。
「なぜだかわかるか? それはヤツが、地獄に興味がないからなんだ。その気になれば指一本で丸焼きにできるから、そこで何が起ころうが知ったこっちゃないんだ」
細長い棒の先を、ナイフで削って尖らせる。
反対側に切れ目を入れ、別で創っておいた薄くて小さな板きれを挟み込んだ。
「そこにチャンスがあるはずなんだ。ヤツの慢心こそが、俺にとっての最大の武器……!」
鋭い切っ先を向けながら、振り返るヘルロウ。
その表情に、鬼たちは思わず息を呑んでしまう。
まだ中学生くらいの少年とは思えないほどの、野心に満ちた覇王のそれだったのだ……!
しかし、それは一瞬だけであった。
「よし、矢のほうもできたぞ」
【木の矢】 武器レベル:2
木の枝を削り、先を尖らせ、木の板を付けたもの。
「鳥の羽があったら矢羽根に使えたんだが、無かったから木の板で代用した。じゃっかん扱いづらいがすぐに慣れるだろう。人数分創っておいたから、さっそく試射といくか」
ヘルロウは事もなげに言って、自室をあとにする。
まだ足腰がガクガクしている鬼たちは、四つ足でその後を追った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヘルロウは村のはずれに行くと、的がわりの木の板を立てた。
10メートルほど離れてから、さっそく弓を構え、矢をつがえる。
……ピタリッ!
と決まったポーズは、初めてとは思えないほど様になっていた。
弦を引き絞りつつ狙いを定めたあと、
……ビィンッ!
しなる音とともに、矢を撃ち放つ。
風切り音とともに飛んでいったそれは、
……ガスッ!!
鈍い音とともに、板に突き立った。
ただそれだけであるというのに、傍観していた鬼たちは「ふわぁ……」と感嘆しきり。
なにせ彼らにとっては、初めて見る投石以外の飛び道具であり、雲の上の武器なのだ。
それを間近で見られたとあっては、まさに鳥肌モノであった。
「す……すごい速さだったのだ! びゅーって飛んでいったのだ!」
「ま……まさか、鬼のなかでも上位の者たち、しかも選ばれし者たちが天国に招かれたときのみ、奇跡のように目にすることができるという、『弓矢』……! そんな凄いものを、生きているうちに拝めるとは……! 武人冥利に尽きるでござる!」
「ほんに……弓を構えたときのヘルロウはん、りりしかったわぁ」
「天技も獄技も使われていないのに、そのパワーとスピード、そして射程……。さすがに『神々の武器』と呼ばれているだけはありますね」
「ヘルロウ君って弓矢を撃つのって初めてじゃないの? ずいぶん馴れたカンジだったけど……」
ピンキーに問われ「まあな」とお茶を濁すヘルロウ。
天使の武器といえば弓矢なので、弓術は天使学校でも必須科目のひとつ。
在学中は嫌というほどやらされたのだ。
「それよりも、お前たちもやってみろ。ピンキーとミヅルとアローガは普通の弓を、ゴルバはこっちの張りを強くした弓を使え。ダーツエヴァーには張りを弱くした弓を用意した」
促されても鬼たちはおっかなびっくりだったが、最初に前に出たのはアローガであった。
「うちは、ヘルロウ様に命を預けた身……! ヘルロウ様のためなら、地獄へでもお供しますえ!」
「すでに地獄ですけどね」というミヅルの突っ込みをよそに、弓矢を受け取るアローガ。
すると他の鬼たちも覚悟を決めたのか、震える手で禁断の武器を受け取っていた。
しかしその緊張も、第一射を終えるまでであった。
それからは大騒ぎ、なにせマトモに前に飛ばすことすらできない。
放たれた矢はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、ひとつとして的に当たらない。
ミヅルに至っては横にいる仲間たちスレスレに飛ばしていたし、ゴルバに至っては、強く引きすぎて弓をへし折ってしまっていた。
しかしその中で、唯一マトモといえたのが……。
意外にも、アローガであった。
しなやかな体幹で作り出される射法姿勢は、微動だにしない。
美しいプロポーションと凛とした顔立ちから、射る前の構えだけで、まるでひとつの芸術品のよう。
まっすぐ見据えたまま、瞬きひとつしない集中力。
その気持ちの強さが、手から伝わりって乗り移ったかのように、放たれた矢は、
……ストォーーーーーンッ!!
小気味良い快音ともに、板の木目を正鵠のように捉えていた。
アローガの放った矢は、すべてそこに吸い込まれるように命中する。
すでに観客と化していた鬼たちは、まるで天使が舞い降りたかのように彼女を見つめていた。
「す……すごいのだ! 百発百中なのだ!」
「わぁ! アローガちゃん、まるで天使様みたい!」
「び、美麗でござる……! 極められた武術は、武闘ではなく舞踏になるというのは、真でござった……!」
「小生の曲打ちほどではありませんが、なかなかのものですね」
仲間たちに囲まれてわぁわぁと囃し立てられるアローガは、まだ信じられないように切れ長の目をぱちくりさせていた。
「弓矢というのが、こんなに扱いやすいものやなんて……。まるで、自分の身体の一部になったみたいどす」
「それが、才能ってやつさ」
みなから一歩離れたところにいた、ヘルロウが言った。
「これが、うちの才能……? でもうちは天使様やのうて、地獄の鬼なんどすえ?」
「それが何だってんだ。弓矢が神の武器なんて、アイツらが勝手に決めたことだろう。弓矢はただの『道具』だ。道具を使うのに天使も鬼も、人間も神様もあるもんか。俺はそうやって、生まれや地位で型に押し込めるのが大嫌いなんだ」
ヘルロウは語尾を強めていた。
まるで心の奥底に据えられた、琴線をかき鳴らされてしまったかのように。
……俺がなぜ『クラフト』をしているかわかるか?
それは亡者や人間、そしてお前たち鬼に、理不尽に気付いてほしいからなんだ。
天使の使う『天技』。
鬼の使う『獄技』。
人間の使う『魔法』。
これらはすべて神によって与えられ、選ばれた者しか使うことができない。
それは才能によって選ばれるのではなく、いい身分に生まれたからって理由だけだ。
地上の場合は、王族や貴族、金持ちの家に生まれた者だけが、『魔法』を身に付けることができる。
そしてその力を治世に使うわけでもなく、自分の権力や富を増やすためだけに振りかざすんだ。
それがいかに理不尽なことだってことがわかるか?
生まれながらにして『魔法』の才能がある子供がいたとしても、貧しい家に生まれたら、それに一生気付くことができずに終わる。
いまここにいるアローガがいい例だろう。
俺がいなければ、アローガはきっと自分の才能に気付かないままだったんだ。
だが……!
『クラフト』は違う……!
権力や富で独占されることはない、みんなのものなんだ……!
俺はそれを広めるために、これからも、クラフトを……!
自分よりもずっと大きな鬼たちが萎縮していたので、ヘルロウは自分が声を荒げていることにようやく気付いた。
誤魔化すように、コホンと咳払いをひとつ。
「まぁとにかく、アローガが新しい自分に気付けただけでも、弓矢を創った甲斐があったってもんだ」
そして、無理やり話題を変えた。
「そんなことより! 練習はこのくらいにして、そろそろ行くぞ!」
「えっ? どちらへ行くんどすか?」
「練習はもうじゅぶんだから、次は実戦に移る。そろそろ『お客さん』が来ている頃だろうからな」




