02 揃いゆくパーツ
ヘルロウの次のクラフトは『栄養の獲得』。
しかし、そもそも栄養学など無縁であった鬼たちには、いまいちその重要性が伝わっていないようだった。
ヘルロウのクラフトに理解が得られないのは、いつものことである。
少年はさらに言葉を尽くした。
「亡者が人間と同じだけの力を得ることができれば、かなりの労働力となってくれる。いま俺たちがいるこの石造りの家は、お前たち鬼が主力となって作ったものだが、それが人間の力だけでも可能となるんだ」
これは、鬼たちも意外だったようだ。
「亡者というのは、嚏をしただけで骨が折れてしまうような、弱くて脆い者たちでござる! 畑を耕すのもやっとだというのに、重い石を持ち上げるだなんて、とてもとても!」
「それはまさに、栄養が足りてないからなんだ。地獄は亡者を常に飢餓状態にやることで責苦とし、また栄養失調に陥らせることで、鬼に抵抗する力を奪っているんだ」
「でももしヘルロウ君の言うことが本当なら、すごいことだね! 亡者が重い石を持ち上げられるようになれば、かなり助かるかも!」
『栄養』という謎の概念に鬼たちはやや引き気味であったが、実利があるとわかった途端に興味を示す。
ヘルロウは話を続けた。
「亡者が人間なみの力を取り戻すには、5つの栄養素が必要なんだ。これを5大栄養素といって、『タンパク質』『炭水化物』『脂質』『ミネラル』『ビタミン』。それぞれが過不足なく摂取できるのが理想的だ」
『栄養』に続く意味不明ワードの登場に、鬼たちはまた苦い顔をする。
ミヅルだけは、すでに知っているような素振りを見せていたが……。
苦虫筆頭であるピンキーが、眉を八の字にしながら尋ねた。
「なんだかよくわかんないけど……。じゃあたとえば、いま食べているサツマイモは、なんの『えいよう』になるの?」
「『炭水化物』だな。サツマイモは理想的な炭水化物だから、これさえあれば当面はいいだろう」
タンパク質: なし
炭水化物:サツマイモ
脂質:なし
ミネラル:なし
ビタミン:なし
「う~ん、なにがなんの『えいよう』だなんて、私たちにはわからないよ」
「なーに、難しく考える必要はない。今の俺たちは、ひとつしか食べるものがないんだ。だから食べられるものを増やせば、それだけで摂取できる栄養は増えていくんだ」
ヘルロウはいったんそこで言葉を区切ると、ピンクの鬼と水色の鬼を交互に見やる。
「そこでだ、ピンキー、ミヅル、お前たちはサツマイモの他に、すでにもうひとつの食べ物を口にしている。それがなんだかわかるか?」
ふたりの鬼は同時に口を開いた。
「ふっ、簡単ですよ、それは籾……」「わかった! 魚だね!」
「そうだ、魚だ。魚というのは獲る手間のわりに腹が膨れない食べ物だが、栄養面ではかなり優秀なんだ。これで、『ミネラル』と『タンパク質』が揃った」
タンパク質: 魚
炭水化物:サツマイモ
脂質:なし
ミネラル:魚
ビタミン:なし
「魚はカルシウム豊富だから、クシャミで骨が折れることもなくなる。生理現象で作業を中断されることもなくなるんだ」
鬼たちは、「カル……?」という顔をしていたが、細かい栄養素の説明に入るとパンクしそうだったので、ヘルロウは話を戻した。
「それはまあいいとして……。ピンキー、ミヅル、お前たちはこれから亡者を何人か率いて、『三途の川』まで魚獲りに行ってくれ。木の銛の作り方と、魚の獲り方は覚えてるよな? それをみんなに教えてやるんだ。あとついでに、水も汲んできてくれるか」
「オッケー!」「ふっ、承知」
ピンクと水色の鬼はさっそうと立ち上がると、家から飛び出していった。
ヘルロウは、残った鬼たちを見やる。
「さて、次はゴルバとアローガお前たちの作業についてだ。でもその前に、ひとつ確認しておきたいことがある」
「はっ、なんなりと!」「ヘルロウ様でしたら、なんでもお見せしますえ。ふたりっきりなら、それこそ……」
居住まいを正すゴルバに、水着のブラの紐に指をかけながら、色っぽい流し目を向けるアローガ。
後者を黙殺しつつ、ヘルロウは切り出した。
「お前たちの『獄技』について、教えてくれ」
『獄技』というのは、エンマ大王によって与えられた、鬼たちの特殊能力のことである。
賽の河原の番人であったピンキーとミヅルは、『条件限定の瞬間移動』と『手から殻を出す』能力を持っている。
三途の川の渡しであったダーツエヴァーは、『条件限定の瞬間移動』と『手から種を出す』能力を持っている。
ゴルバとアローガを味方にしたあと、ヘルロウは『ヘルロウ村』を整備するのに忙殺され、ふたりの能力を確認しているヒマがなかった。
しかし、ようやく『栄養の確保』という次のステップに移ることができたので、それを機に確かめておきたかったのだ。
ゴルバとアローガは、『権獄級』の鬼である。
鬼の階級では下の上あたりに属すので、ヘルロウはそれなりの能力を期待していたのだが……。
飛び出したのは、みっつの能力だった。
ひとつは、『条件限定の瞬間移動』。
これは『等活地獄』から逃げ出した亡者が出た場合、そこまで瞬間的に移動できるというものである。
ヘルロウはこの能力を逆に利用して、『等活地獄』の番人であったゴルバとアローガを外におびき出した。
ふたつ目は、『木の枝を出す』。
これは、ピンキーやミヅルの『殻を出す』、ダーツエヴァーの『種を出す』に相当する能力。
ランダムで木の枝を出すことができ、ゴルバとアローガはそれに付いている葉っぱなどを食べていたそうだ。
「葉っぱを食べるだなんて、コアラみたいだな」
下の上の鬼であっても、そんな食生活を強いられているとは……。
ヘルロウは、地獄不況ここに極まれりを実感してしまった。
みっつ目は、『木の武器を出す』。
これは『等活地獄』で殺し合いをさせるための武器を、亡者たちの手に出現させるというもの。
この能力に、ヘルロウは食いついた。
「木の武器はたしか、長くて尖った槍みたいなやつか、太くて短い棍棒みたいなやつの2種類が出せるんだよな。それって種類は固定で、他のものは出せないのか?」
鬼たちによると、亡者が手に持って振り回せる範囲のもので、すべてが木製。
そして仕組みが理解できている武器であれば、なんでも出せるという。
亡者が扱える大きさで、すべてが木製の武器となれば、たしかに槍か棍棒くらいしかない……。
というのが、この世界の常識であった。
しかし世界の常識など、この少年にとっては非常識……!
「そうか! お前たちが仕組みを知っている木の武器であれば、なんでも出せるのか! そりゃいいな!」
それほど良い能力とは思えないのだが、ヘルロウは目を輝かせている。
まるで未来からやってきた、猫型ロボットのように……!
熱視線で見つめられた鬼たちも、まんざらではなさそうに……。
いやむしろ、待ち望んでいたかのように、見つめ返す……!
「へ……ヘルロウ様っ……!? そんな、らんらんと輝く眼で拙者のことを……! ああ、もったいない! 拙者にとっては黄金の俸禄よりもまばゆいでござる!」
「へ……ヘルロウ様……! うちが欲しかったんは、まさにその玉石どすえ……! その瑠璃玻璃瑪瑙のためなら、うちはすべてを捧げても惜しくはないどすえ!」
ウットリする配下たち。
しかし彼らの隣で遊んでいたダーツエヴァーが、
「だーっ!? ハズレなのだ! ハズレなのだーっ!!」
不意に大声で叫んで、空気を台無しにしてしまう。
「な……なんどすか、せっかくヘルロウ様とむつみ合っていたというのに、いけずやわぁ」
「どうした、ダーツエヴァー」
「ちょっとお腹が空いたから、久しぶりに種でも出して食べようと思ったのだ。そしたら、ハズレの種が出てしまったのだ! たまに出る、気持ち悪い種だったのだーっ!」
癇癪を起こした子供のように、握りしめたものをばらまくダーツエヴァー。
足元に転がってきたそれを、拾いあげたヘルロウ。
その瞳に、さらなる光が宿る。
「……運が向いてきたぜ……! コレがありゃ、一気に揃う……! 『栄養』という名の、パズルのピースが……!」
少年の、小宇宙のような眼に映っていたのは……。
芋虫のような鞘におさめられた、『種』であった……!




