61 ダメ天使の末路3
ダメルシアンは、ふたつの大きな十字架を背負わされてしまった。
まずひとつめは、『信心』の今まで以上の確保。
『天使学校』での地位を取り戻すためには、短期で昇格できるほどの、莫大な信心を稼がなくてはならない。
今はイジメの連続で、まともな学校生活すら送れずにいる。
この最悪の状態が長引けば、堕天も待ったなしであろう。
そしてふたつめは、『慰謝料』の支払い。
首を絞められたレインコションは、大げさに苦しんでみせて、
「ああっ! うぅぅ~! 首が鞭打ちになってしまったでしょん! それどころか押し倒されたときに背中を打ってしまったしょん! せっかく治りかけていた腰痛も、ぶり返してしまったしょん! それどころかストレスで胃もやられてしまったしょん! ああっ、もうダメルシアンさんことを思い出すだけで夜も眠れなくなってしまったしょん! 肉体だけでなく、精神までもを傷付けられてしまったしょん! これを癒やせるのは、誠意しかないしょん……! 口だけではなく、目に見える形での謝罪がなければ、しょんは一生傷付いたまましょん!」
被害者の立場を最大限に振りかざされてしまい、なんと40億¥もの借金を背負わされてしまったのだ。
このふたつを稼ぐためには、やはり『人間』……!
家畜たちを屠畜する勢いで、絞り取るしかないっ……!
ダメルシアンは地上へと翔んだ。
もう、人間たちから声が掛かることなど待ってはいられない。
ついにはプライドをかなぐり捨て、人間たちに営業を開始する。
しかしその第一声も、
「やあ、とりあえず10億¥用意するんだ」
セールストークもへったくれもない、いきなりの金銭要求。
しかも要求のみで、見返りもなにもないそれは、ただの脅迫文っ……!
なぜこんな残念なことになってしまうのかというと、理由は単純であった。
彼は、彼自身が何度も口にしているように、『人間には興味がないから』。
興味がないから、何を欲しているかわからない。
興味がないから、何に困っているのかわからない。
だから、どんなクラフトを望んでいるのか、わからない……!
いきなりこんなことを言われた人間たちは、困惑するばかり。
とりあえず、お金を必要としていることは理解できたので、
「こ、これは心ばかりのお布施ですが、おおさめください……」
街の長などが、おそるおそる、紙幣の入った封筒や、金貨の詰まった袋を差し出しても……。
「ダメだよ。こんな端金じゃ、ぜんぜん足りない。10億¥って言ったでしょ?」
「そんな、10億だなんて……! そんなお金を理由もなく渡してしまったら、私は住民になんと言われるか……!」
「理由が欲しいんだね? じゃあクラフトをしてあげるよ。橋なんてどうかな? 立派な橋を掛けてあげるよ」
「い、いえ……橋は、結構です……」
「ダメだよ、わがままを言っては。自分の立場わかってるの?」
「も、申し訳ございません! 橋だけは、橋だけはご勘弁を……!」
「ご勘弁って……なんだいそれは。それじゃまるで、僕が橋を掛けたらこの街が不幸になるみたいじゃないか」
「ううっ……! 恐れながら……! ダメルシアン様がお掛けになられた橋で、とある領地が滅亡の危機に追いやられたという噂がありまして……!」
地上ではすでに、ダメルシアンの所業が知れ渡っていた。
ただ、天使に頼ったせいで不幸になってしまったという例は、この世界では珍しくない。
しかしその場合はすべて、『人間の信心が足りなかった』という一点で片付けられる。
ようは泣き寝入りをするので、悪評が広まることがなかったというだけなのだが……。
今回に限っては、話は別であった。
なにせダメルシアンは堕天をしてしまったうえに、その理由が、『人間に裁きを下そうとして、返り討ちにあってしまった』からだ。
これは、人間の信心が足りないという以前の問題である。
人間というのは普通、天使に歯向かうことなど絶対にしない。
仮に、もしそれが起こったとしたら……。
考えられる理由はひとつしかない。
その天使が、よっぽどヘッポコ……!
しかも、本当に返り討ちにあってしまったという事実が、ヘッポコであったことを証明していることになり……。
ダメルシアンという天使は、人間に毛が生えただけの存在ではないかという噂で、もちきりだったのだ……!
しかしそうなると、天使様に逆らったルシエロの領民はどうなるのだろうか。
もし、彼らがヘルロウから教わった……。
この世界では禁忌である、『悪魔のクラフト』を用いて返り討ちにしたことがわかったら、彼らもただではすまないだろう。
しかしヘルロウのクラフトが原動力になって反撃が成功したことは、どこにも広まっていない。
その事実を知っているのは、ルシエロの領民とダメルシアンのみ。
ダメルシアンが『悪魔のクラフト』の存在を告発すれば、ルシエロを滅亡させることなど簡単だったのだが……。
ダメルシアンはそれをしなかった。
なぜならば、それをしたら同時に、
自分がヘルロウのクラフトに敗れてしまったことも、世間に知れ渡ってしまうからだ……!
ダメルシアンは、それだけは避けたかった。
『ヘルロウに負けた』と天使仲間に慰められるくらいなら……。
『人間に負けた』と人間風情から笑われるほうを選ぶほどに、絶対に……!
ダメルシアンにとって、ヘルロウは目の上の人面瘡のような、忌まわしき存在であった。
できればレンガ塀に頭をぶつけて潰してやりたいところなのだが、それをすると自分も傷付いてしまうことになる……!
甘んじて、『人間に敗北した天使』を受け入れる他なかったのだ。
しかしその噂のせいで、ダメルシアンの地上界での営業はさんざんであった。
どこへ行っても、なにを提案しても、断られるばかり……!
最初は10億という金額をふっかけていたのだが、それらも悲しいほどにディスカウントされていく。
9億……8億……7億……6億……5億……4億……3億……2億……1億……。
そこからは未練たらしく100万円単位で刻まれていったのだが、買い手は付かない。
5千万円まで落ちてようやく、とある街が橋の再建を依頼してきた。
しかし条件は劣悪。
労働力と材料の提供はなく、現金による神饌以外の報酬は、一切ナシ……!
ようは橋の建造という重労働をひとりでこなさねばならず、完成したところで『信心』は得られない……!
天使への依頼としては、完全にブラック……!
本来ならば、無礼であると怒りを買って、天罰を落とされてもおかしくないレベルであった。
しかしダメルシアンは受けざるをえなかった。
それほまでに彼は、切迫していたのだ。
そして……この先はもう、おわかりであろう。
クラスメイトによってバラバラにされてしまった、机や椅子すらも元に戻せなかった少年が……。
マトモな橋など、掛けられるわけがないことを……!




