59 ダメ天使の末路1
ダメルシアンにとっての本当の地獄は、降格が決定した次の日からであった。
朝、学校に登校すると、教室にある彼の机と椅子は、バラバラに解体されていた。
それどころか机の天板と椅子の座面には、『負け犬天使』『死ね』『カス』『消えろ』『出てけ』などの文字が乱暴に彫り込まれていた。
「だ、誰が……。いったい誰が、こんなことを……!」
ワナワナと震えるダメルシアンに向かって、まわりにクラスメイトたちが半笑いでからかう。
「降格おめでとー、ダメルシアンくん!」
「これはクラスのみんなからのプレゼントと、寄せ書きだよ!」
「ちょっと力を入れ過ぎちゃってバラバラになっちまったけど、創造天使のお前なら簡単に直せるよなぁ!?」
「くっ……! いくら僕が降格したからって、なんでこんな、酷いことを……!?」
「はぁ? 酷いこと? 酷いことをしたのはどっちだよ!?」
「そうよ! 私たちクラスの足を引っ張っておきながら、被害者面するなんて!」
「おいおい、見ろよコイツ! もう泣きそうになってるぞ!」
「嬉し泣きしてもらえるとは、やった甲斐があったぜ! これはオマケだっ!」
後ろから蹴りを入れられて、部品の山に突っ込んでしまうダメルシアン。
どっ! とクラスじゅうが沸いた。
「ぎゃははは! ゴミの山に、でっかいゴミが突っ込んだぞ!」
「違和感全然ないねぇ~! 本当にゴミみたい!」
「でも、いい加減に直さないと、授業はじまっちゃうよぉ~?」
「いつまでも倒れてねぇで、さっさ起きろよオラっ!」
「くっ……! うううっ……!」
涙をポロポロとこぼしながら、身体を起こすダメルシアン。
多勢に無勢で、もう言い返す気力もない。
涙で濡れた部品を拾い集め、幼子の積木のような覚束無さで、組み立てはじめた。
ダメルシアンは、このクラスで唯一の『小天級』の天使となってしまった。
まわりはみんな、自分より格上の天使たち。
人間からすれば、天使というのは慈善と功徳の象徴のような存在とされている。
しかしそれは、あくまで表向きの話。
もちろんそんな『天使』も中にはいるのだが、ほとんどの大多数は……。
『天使の皮をかぶった、ただの人間』……!
神の力を与えられ、翼によって空を飛ぶ、権力者……!
天国のお手本として、品行方正を強いられて溜まったストレスが、膿のようにたまっており……。
こうやって教師の目の届かないところで、発散しているのだ……!
ちなみにではあるが、天国や地上の人間相手に発散することもできなくはないのだが、彼らは『信心』という名の卵を提供してくれるニワトリのようなもの。
大義名分なく痛めつけてしまうと、今度は彼らのストレスとなって、卵を産まなくなってしまう……。
そのため、天使たちの気分転換といえばもっぱら『弱い天使イジメ』だった。
さらに余談となるのだが、ヘルロウも万年小天級だったので、この手のイジメは受けたことがある。
しかし彼の場合は、バラバラになった机や椅子を修繕するのは何の苦痛もないことだった。
ルービックキューブチャンピオンのように、一瞬にして元通りにしてしまうどころか……。
新しいパーツまで調達してきて、さらに快適な机と椅子にパワーアップさせてしまうのだ……!
せっかくだからとクラスメイト全員の机と椅子をグレードアップして、彼へのイジメはなくなった。
ヘルロウの作った椅子は座っていても疲れず、授業に集中できると大好評。
他のクラスからも羨ましがられるほどで、全校生徒がヘルロウ印のデスクで勉学に励むようになるまで、そう時間はかからなかった。
その机と椅子は、ヘルロウが堕天の際にすべて処分されてしまったので、もうない……。
「そうだ、ダメルシアン君って創造天使なんでしょ? だったら以前このクラスにいたヘルロウみたいに、パワーアップさせてみてよ!」
「そうそう! ヘルロウが作った机や椅子って呪われてたらしいけど、座り心地は悪くなかったからな!」
「……ってかコイツ、なにやってんの?」
「さっきからカチャカチャやるだけで、全然組み立ててないじゃない!」
「さっさとパワーアップさせてみろよ! おらっ!」
「早くしなよ~! まったくグズなんだから!」
男子生徒からは蹴りつけられ、女生徒からはペンや消しゴムを投げつけられ……。
ダメルシアンは、とうとうキレてしまった。
「ぼっ……! 僕のクラフトはもっと壮大で雄大で、芸術的で先進的なんだっ!! こんな日曜大工みたいなチンケなこと、やるわけがないじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!! うっ……! ううっ……! ううううっ……! うわああああああーーーーーーーーーーんっ!!」
顔を覆い、逃げだそうとするダメルシアン。
しかし何度も足を引っかけられ、転んでは起き、起きては転びを繰り返し……。
爆笑と嘲笑の渦に包まれながら、教室からやっとのことから飛び出す。
しかし廊下で偶然に担任教師とぶつかってしまい、
「んまあっ!? ダメルシアンくん、もう授業が始まるというのに、なにをやっているザマスか!? 廊下を走った上にアテクシにぶつかるだなんて……! 失点ザマスっ! 早く教室に戻るザマス!」
涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔が戻ってきて、クラスメイトたちはさらに大爆笑。
バラバラになった机と椅子を見て、教師は大激怒。
「ん……まぁぁぁぁぁーーーっ!? 机や椅子をこんなにしてしまうだなんて、ダメルシアンくんはいったい何を考えているザマスっ!? 大失点、大失点ザマス!! 自力で直すまで、床に座って授業を受けるザマスうっ!!」
それからダメルシアンはずっと、地べたで授業を受けさせられた。
ヒックヒックと肩を振るわせながら、ひとり正座するその姿は、たまらない哀れと、嗜虐心を誘い……。
『彼にはもう何をしてもいい』という意識が、クラスメイトたちに芽生えていった。
いじめは凄惨さを極めていった。
白きキトンは汚水をぶっかけられ、天使の象徴である翼は遊び半分で毟られた。
かつてはキッチリと撫でつけられていた黒髪は、白髪交じりになり、抜け毛が増えはじめ……。
いつも歯を食いしばるようになってしまったので、歯茎からは血がしたたり……。
ついには路地裏に棲みついた、放浪天使ような見目になっていった……!
それでもダメルシアンは、折れそうな心を必死に支えながら、懸命に堪えてみせる。
次の学内試験までに、なんとしても『信心』を稼ぎ、返り咲きを狙っていた。
しかし、彼は知ることになる。
本当に本当の地獄は……。
地上にこそ、待っていることに……!




