57 ダメルシアンの本気2
ダメルシアンは地上へと翔んだ。
地上にいる人間どもに天使の力を授け、『信心』を確保するためである。
彼は邪な野心を抱きながら、遙かなる高みから人間どもを見下ろしていた。
――もう学内試験までは時間がないから、小さな集落は無視だ。
より多くの信心を稼ぐために、人間の多い街を狙おう。
しかし大きな街となると、頼み事も大規模になる。
だから最大限に手を抜いて、早く仕上げなくちゃならない。
ああもう、人間どもは何をやっているんだ……!
早く、僕に跪け……!
ダメルシアンはチャルメラのないラーメン屋のごとく、思わせぶりに街の上空を行ったり来たりする。
街の人々は、それを不思議そうに見上げていた。
彼は……というか、天使たちはプライドが高かった。
そのため、『信心』が喉から手が出るほど欲しくても、人間相手に、自分から営業をかける者などいない。
あくまで、『人間に拝み倒された』という体にこだわるのだ。
――いくらピンチとはいえ、人間を相手に、自らすすんでクラフトを授けるなど、言語道断だ!
そんな天使失格のようなことを、恥ずかしげもなくできるのは……ヘルロウくらいのもの!
腹を空かせた旅人に例えるなら、ウサギに頭を下げて肉になってもらうようなものだ!
ウサギはウサギらしく、黙って焚き火の中に飛び込んでいればいいんだ……!
僕は絶対に、人間に頭を下げたりはしない!
どんなに成績が悪くなっても、ヘルロウレベルにまで落ちたりはしない!
街の者たちがみんな土下座して、神饌を積み上げたのでなければ……。
絶対に、相手になんかするものか!
さぁ、早く……!
早く跪いて、僕の名を呼ぶんだ!
そんなことをいくら思ったところで、人間たちに通じるわけもない。
いたずらばかりに時間だけが過ぎていく。
ダメルシアンは焦った。
そしてついに、人間どもに歩み寄るべく譲歩したのだ。
といってもヘルロウのように、困った人間を見かけたら気さくに声をかける、というわけではない。
ただ単に、飛ぶ高度を少しずつ下げていっただけだった。
――さぁ、今日は飛ぶ高さを、地上から1メートルも下げたぞ……!
この綺麗好きの僕が、お前たち人間の匂いが付くのもいとわず、ここまで近づいてやったんだ……!
でもこれで、僕がいることがハッキリとわかっただろう……!
さぁ、何をしてるんだ!
早く跪けっ……!
早く……! 早く早く早く早くっ……!
早くっ……!!
街ゆく人々は、ぽつりと鼻先に当たった雫に足を止め、「雨かな?」と見上げた。
そしてギョッとなる。
空からひとりの天使が、ものすごい形相で、こちらを睨みつけているのだから……!
こうなってしまうと、ますます人々との心の距離は遠ざかっていく。
なにせ相手は天使である。
虫の居所が悪いときに声を掛けたりなんかしたら、何をされるかわからないからだ。
やがて街の人々はダメルシアンが来ると、家の中に引っ込んで外に出なくなってしまった。
ダメルシアンの焦燥は、頂点に達する。
――な……なぜだっ!? なぜだなぜだなぜだなぜだっ!?
なぜだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?
僕がこれほどまでにしてやってるというのに……!
なぜ泣かない! なぜ平伏しない!
「なぜ……なぜ僕を、崇めようとしないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
天使の咆哮が、平和だった街に轟きわたる。
家じゅうの窓のカーテンが、一斉にシャッ! と閉まった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ダメルシアンは、結局……。
婚活パーティで誰からも声を掛けられなかった、プライドばかり高い勘違い男のように地上から去っていった。
そして、学内試験が終わり、結果発表の日がやってきた。
掲示板に張り出された順位を見たとたん、ダメルシアンはその紙よりも真っ白になってしまう。
彼の順位はなんと、最下位……!
かつてはヘルロウの指定席だったはずのそこに、まさか自分が座ることになろうとは……!
ダメルシアンは立っていられなくなり、人混みの中でガックリと膝をつく。
「な……なんで……。なんで僕が、こんな目に……」
うなだれる彼のまわりで、ヒソヒソ声がした。
「見ろよ、まさかダメルシアン君がビリッケツになるなんてなぁ!」
「いままでずっと成績上位だったのに、どうして?」
「さぁな、ヘルロウがいなくなって、彼がいちばん喜んでたのになぁ!
「もしかして、ずっとビリになりたかったのかもしれないぞ!」
「きゃははは! まっさかぁ! でもあの『信心』の低さはヤバいよねぇ。ヘルロウみたいに、わざとやらないと無理なレベルだと思うわ!」
そしてその日の授業終わりは、彼にとっては針の筵であった。
チャイムが鳴るなり、怒号が彼を包んだ。
「おいっ、ふざけるなよ、ダメルシアン!」
「よりにもよってビリになるだなんて、ほんと最低っ!」
「学年総合で万年最下位だったこのクラスを、委員長が建て直そうとしていたのは、知ってただろう!?」
「みんなで協力して、ずっと邪魔だったヘルロウとユズリハ先生を追い出したっていうのに!」
「それでようやくマトモなクラスになったと思ったら……!」
「今度はコイツがドベになるだなんて!」
「ずっと使えないヤツだと思ってたけど、まさかここまでだとはおもわなかったよ!」
座ることを許されないダメルシアンは、まさに吊し上げ状態。
こうなってしまっては、彼ができることはひとつしかなかった。
「うっ……! ご、ごめん……みんな……! ううっ、ぐすっ……!」
ただ、さめざめと泣く……!
軽微な罪であれば、これで追求の手は止むのだが、
「泣けばすむと思うなよ!」
「そうよ! あなたはこのクラスみんなで取り組んできたことを、ひとりで台無しにしたのよ!」
「泣いてばっかりいないで、なんとか言ってみろよ!」
ダメルシアンは助けを求めるような瞳で、教師が座っている机を見つめていた。
かつてこのクラスの担任教師であったユズリハ先生であれば、こんな時はすぐに仲裁してくれた。
しかし新たにやって来たオーベルジーヌ先生は、知らぬ存ぜぬで、鏡を片手にメイクを直すのに夢中。
次に助けを求めたのは、教壇。
そこにはかって、ヘルロウを堕天に追いやった、誰よりも潔白な存在がいた。
ダメルシアンと目があった途端、白き少年の唇がゆっくりと動く。
「静粛に」
彼の一言で、クラスを飛び交っていた罵りは止む。
室内にあるのは、教師がメイクスポンジで肌を叩く音と、嗚咽だけになる。
しかしそれは、ダメルシアンにとって救いの言葉にはならなかった。
向けられていたのは、針の筵よりも、ずっと鋭い視線……。
「それでは……『還りの会』を始めましょうか」
そして、アイアンメイデンに放り込まれたような……。
生命を滅多刺しにされるにも等しい、冷たき宣告であった……!




