56 窮地
ダメルシアンは泣いた。喚いた。イヤイヤをした。
斜に構えた小生意気な姿からは想像もつかないほどの、幼児退行っぷりで。
それは半分演技であったが、半分本気であった。
交渉していた場所は人目のない校舎裏だったので、ここぞとばかりに惨めな自分を演出してみせる。
しかし……相手はさらに上手というか、ドライであった。
「払うものを払わないと、しょんは動かないしょん。ダメルシアンさんの涙なんて、1¥にもならないしょん。しょんが降らせる雨のほうが、よっぽど役に立つしょん」
「そっ……! そんなぁ! 同じクラスメイトじゃないか! 僕にできることならなんでもする! だからお願い! お願いだからぁ!」
「ダメルシアンさんができることなんて、何もないしょん。そうやって、何の役にも立たない涙を流すくらいしょん。暑苦しいから離れるしょん」
レインコションは、額にしたたる汗を拭うと、
……びしゃっ!
とダメルシアンの顔に引っかけた。
古い油のようなそれは、たまらなく不快で屈辱的であったが、ダメルシアンはなおも堪えた。
「お願いだっ! お願いだぁっ! 金なら今はないけど、いつか必ず払うから! だから僕に力を貸しておくれよっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」
「しょんは売掛金はやってないしょん。お金ができたら、また声をかけるしょん」
太っちょ天使はなおも泣きすがる同級生を引きずって、校舎裏を出る。
往来に出た途端、
……シュバッ!
ダメルシアンはすばやく立ち上がり、かっこいいポーズで校舎の壁に寄りかかっていた。
赤く腫れ上がった眼で、立ち去ろうとしている太っちょ天使を睨みすえている。
「……それが、君の答えというわけか。よおくわかったよ」
「ダメルシアンさんに、いいことを教えてあげるしょん。泣いて道理を引っ込ませることができるのは、赤ちゃんくらいのものだしょん」
「……覚えてろよ……! この借りは、いつか必ず返してやるからな……!」
「借りもなにも、これはれっきとした商取引しょん。しょんは受け取った対価のぶんのサービスは、ちゃんと提供したしょん。納得がいかないようであれば、お得意の『還りの会』で問題提起してみるといいしょん」
「くっ……!」
もう用済みとばかりに背を向けるレインコションに、歯噛みを向けるだけで精一杯のダメルシアン。
しかし、悔しがっている場合ではなかった。
なぜならば、もう少しで『天使中学』での学内試験がある。
それまでに『信心』を稼いでおかなくては、天使としての評価が落ちてしまうからだ。
なお試験は、3つの要素の総合得点で評価が下される。
総合得点の高さに応じて順位がつけられ、上位にいるほど優秀な天使ということになる。
要素のひとつめは、ペーパーテスト。
授業で習った範囲から出題される、座学の復習のようなもの。
これは天使である以上、100点満点が当然とされているので、自分だけがいくらがんばっても差がつくことはない。
試験勉強を妨害して、他のライバルの点数を下げるという手もあるが、特定の個人を狙い撃ちするならばともかく、自分の順位を上げたい場合には効率的ではない。
つぎの要素として、学園生活における態度。
これは学園への貢献度や、学園での行動によって加減される。
たとえば委員を担当したり、部活動の大会やコンクールの結果が良ければ、『加点』という名目で評価される。
逆に、授業を欠席したり、乱暴な素行、校則違反をした場合は、『失点』という名目で減算される。
これはどちらかというと日々の積み重ねによるものが大きいので、今からなにかをやって『加点』を狙うのは難しいだろう。
最後の要素として、人間の『信心』。
これはすでに述べたとおりで、天使の力を使って人間たちになにかをしてやることにより、感謝されることによって得られる。
しかし感謝といっても一時的なものではなく、してくれた天使を崇めるようなレベルにならないと『信心』としては認められない。
そしてこの『信心』の獲得こそが、3つの評価軸のなかではいちばん重要視されているもの。
理由は明白で、試験と生活態度というのは、あくまで学生の本分でしかない。
しかし『信心』の獲得は、天使としての本分。
たとえ『天使中学』を卒業したところで、天使である以上、永遠に課せられた使命だからだ。
『信心』を多く得られる天使こそが、『デキる天使』。
神様にも気に入られ、天使としての階級もあがっていく……というわけだ。
ちなみにではあるが、ヘルロウは『天使中学』において、万年最下位の座を独占していた。
テストは赤点を連発、素行は天使から逸脱すること多数。
しかも肝心の『信心』すらも、クラフトを通じて稼ぐことができたはずなのに、彼は敢えてそれをしなかった。
かつてヘルロウを祀る祠を建てようとした、ある集落があったのだが、「やめてくれ、俺はそんな柄じゃない」と止めていた。
それは別に照れ隠しというわけではなく、ちゃんとした理由があった。
「もし偉くなりでもしたら、俺は地上に降りてはこられなくなる。お前たち人間に、こうしてクラフトを授けることもできなくなるんだ。雲の上でふかふかの椅子にふんぞり返ってるなんて、俺はごめんだ。それでも俺の祠を建てたければ、俺が死んだときにでもしてくれ」
校舎の裏にひとり取り残されたダメルシアンは、握り拳と決意を固めていた。
「なんとしても、なんとしても……! 次の学内試験までに、『信心』を得ないと……! ここまで順調にやってきた僕が、こんな所で躓くわけにはいかないんだ……! だって僕は、誰よりも出世して……! 雲の上でふかふかの椅子でふんぞり返って……! そしてゆくゆくは人間どもを好き放題にできる、『創造神』になるんだから……!」




