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ヘル・クラフト  作者: 佐藤謙羊
第1章
56/109

56 窮地

 ダメルシアンは泣いた。喚いた。イヤイヤをした。


 斜に構えた小生意気な姿からは想像もつかないほどの、幼児退行っぷりで。

 それは半分演技であったが、半分本気であった。


 交渉していた場所は人目のない校舎裏だったので、ここぞとばかりに惨めな自分を演出してみせる。

 しかし……相手はさらに上手というか、ドライであった。



「払うものを払わないと、しょんは動かないしょん。ダメルシアンさんの涙なんて、1(エンダー)にもならないしょん。しょんが降らせる雨のほうが、よっぽど役に立つしょん」



「そっ……! そんなぁ! 同じクラスメイトじゃないか! 僕にできることならなんでもする! だからお願い! お願いだからぁ!」



「ダメルシアンさんができることなんて、何もないしょん。そうやって、何の役にも立たない涙を流すくらいしょん。暑苦しいから離れるしょん」



 レインコションは、額にしたたる汗を拭うと、



 ……びしゃっ!



 とダメルシアンの顔に引っかけた。

 古い油のようなそれは、たまらなく不快で屈辱的であったが、ダメルシアンはなおも堪えた。



「お願いだっ! お願いだぁっ! 金なら今はないけど、いつか必ず払うから! だから僕に力を貸しておくれよっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」



「しょんは売掛金はやってないしょん。お金ができたら、また声をかけるしょん」



 太っちょ天使はなおも泣きすがる同級生を引きずって、校舎裏を出る。

 往来に出た途端、



 ……シュバッ!



 ダメルシアンはすばやく立ち上がり、かっこいいポーズで校舎の壁に寄りかかっていた。

 赤く腫れ上がった(まなこ)で、立ち去ろうとしている太っちょ天使を睨みすえている。



「……それが、君の答えというわけか。よおくわかったよ」



「ダメルシアンさんに、いいことを教えてあげるしょん。泣いて道理を引っ込ませることができるのは、赤ちゃんくらいのものだしょん」



「……覚えてろよ……! この借りは、いつか必ず返してやるからな……!」



「借りもなにも、これはれっきとした商取引しょん。しょんは受け取った対価のぶんのサービスは、ちゃんと提供したしょん。納得がいかないようであれば、お得意の『還りの会』で問題提起してみるといいしょん」



「くっ……!」



 もう用済みとばかりに背を向けるレインコションに、歯噛みを向けるだけで精一杯のダメルシアン。


 しかし、悔しがっている場合ではなかった。

 なぜならば、もう少しで『天使中学』での学内試験がある。


 それまでに『信心』を稼いでおかなくては、天使としての評価が落ちてしまうからだ。


 なお試験は、3つの要素の総合得点で評価が下される。

 総合得点の高さに応じて順位がつけられ、上位にいるほど優秀な天使ということになる。


 要素のひとつめは、ペーパーテスト。

 授業で習った範囲から出題される、座学の復習のようなもの。


 これは天使である以上、100点満点が当然とされているので、自分だけがいくらがんばっても差がつくことはない。

 試験勉強を妨害して、他のライバルの点数を下げるという手もあるが、特定の個人を狙い撃ちするならばともかく、自分の順位を上げたい場合には効率的ではない。


 つぎの要素として、学園生活における態度。

 これは学園への貢献度や、学園での行動によって加減される。


 たとえば委員を担当したり、部活動の大会やコンクールの結果が良ければ、『加点』という名目で評価される。

 逆に、授業を欠席したり、乱暴な素行、校則違反をした場合は、『失点』という名目で減算される。


 これはどちらかというと日々の積み重ねによるものが大きいので、今からなにかをやって『加点』を狙うのは難しいだろう。


 最後の要素として、人間の『信心』。

 これはすでに述べたとおりで、天使の力を使って人間たちになにかをしてやることにより、感謝されることによって得られる。


 しかし感謝といっても一時的なものではなく、してくれた天使を崇めるようなレベルにならないと『信心』としては認められない。


 そしてこの『信心』の獲得こそが、3つの評価軸のなかではいちばん重要視されているもの。

 理由は明白で、試験と生活態度というのは、あくまで学生の本分でしかない。


 しかし『信心』の獲得は、天使としての本分。

 たとえ『天使中学』を卒業したところで、天使である以上、永遠に課せられた使命だからだ。


 『信心』を多く得られる天使こそが、『デキる天使』。

 神様にも気に入られ、天使としての階級もあがっていく……というわけだ。


 ちなみにではあるが、ヘルロウは『天使中学』において、万年最下位の座を独占していた。


 テストは赤点を連発、素行は天使から逸脱すること多数。

 しかも肝心の『信心』すらも、クラフトを通じて稼ぐことができたはずなのに、彼は敢えてそれをしなかった。


 かつてヘルロウを祀る祠を建てようとした、ある集落があったのだが、「やめてくれ、俺はそんな柄じゃない」と止めていた。

 それは別に照れ隠しというわけではなく、ちゃんとした理由があった。



「もし偉くなりでもしたら、俺は地上に降りてはこられなくなる。お前たち人間に、こうしてクラフトを授けることもできなくなるんだ。雲の上でふかふかの椅子にふんぞり返ってるなんて、俺はごめんだ。それでも俺の祠を建てたければ、俺が死んだときにでもしてくれ」



 校舎の裏にひとり取り残されたダメルシアンは、握り拳と決意を固めていた。



「なんとしても、なんとしても……! 次の学内試験までに、『信心』を得ないと……! ここまで順調にやってきた僕が、こんな所で躓くわけにはいかないんだ……! だって僕は、誰よりも出世して……! 雲の上でふかふかの椅子でふんぞり返って……! そしてゆくゆくは人間どもを好き放題にできる、『創造神』になるんだから……!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『金狼』の勇者といい、『賢者の胆石』の賢者といい、今作の天使といい、諦めも反省も知らない悪党たちですね。 それでこそ、ざまぁのし甲斐があるというものですが・・・。
[良い点] 自ら「落第生ライフ」を選択してたヘルロウ! 確かにクラフトの発展を生き甲斐にした働き者には、ふんぞり返って自堕落な暮らしなんて真っ平御免ですねぇ(ヘルロウの死後に銅像って人間界では1000…
[良い点] 天使たちはホント薄情な関係ですね!(ニヤリ) [気になる点] そういえば天界だと学生生活は何年くらいするのでしょうかな? あとダメルシアンは どれで得点稼いでましたのでしょうかな? 建設し…
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