51 勝手に世紀末
ルシエロの北東にある、ブリッヂメイカーの領は、水車による栄華を極めていた。
いままで共に生きてきた川にさらに密接になり、他の地域では決して真似できない新たなる産業を見いだしたことで、ルシエロ始まって以来の増収増益を果たす。
領主であるブリッヂメイカーは、父であるブリッヂテンダーと、ヘルロウの教えを守り、領民たちに等しく分け与える。
そして余った収益は、雨でも不便なく暮らせるようにと、街や村の整備に充てた。
まず土の道を、水はけのよい舗装路に変え、人通りの多い場所などにはアーケードのような屋根を設ける。
洗濯物が乾きにくいという問題は、水車を利用した送風装置で解決。
家屋に使っていた木材を、水車と同じ、耐湿性のあるイロコに変更。
さらに湿気対策として、ヘルロウから教わった木炭を屋内に配置し、カビの発生などを防いだ。
それらの対策が功を奏し、もはや領民にとって、降り続く雨は何の脅威でもなくなっていた。
むしろ雨が降ってくれたほうが、水車の速度が上がって効率があがるので、むしろもっと降ってくれてと思うようになった。
領民たちは少し前までは、雨のことを『天使の怒りの涙』のように受け止め、消沈していたのだが……。
いまや『天使の流す嬉し涙』のように、待ちわびはじめる始末……!
ヘルロウのクラフトは、ヘルロウの予想どおり……。
天使たちの横暴を、あっさりと退け……!
太陽を失い、絶望に打ちひしがれていた者たちに……。
太陽のような笑顔を、取り戻してみせたのだ……!
かたや失意のどん底にあったのは、ブリッヂレイカー領。
川こそは氾濫しなかったものの、ヘルロウのクラフトがないこの地においては、降り注ぐ雨に対して無防備であった。
ヤワモミでできた家屋は、防腐剤を塗っていても降り続く雨には敵わず、腐り果て、いくら建て直しても同じことの繰り返し。
それどころかまたしても白アリを発生させてしまった。
しかしこちらの領地には、防虫剤も殺虫剤もない。
人々は焼け出されたように家を追い出され、とうとう洞窟暮らしを余儀なくされてしまう。
洞窟を得られなかった者たちは、穴を掘ったりして雨を凌ごうとしたが、土砂崩れが頻発。
とうとう洞窟をめぐって争いを始めるようになってしまった。
一部、裕福な者たちは、石材などを用いて家屋をつくったりもしたのだが……。
野盗と化した貧民たちに、襲われ、奪われ……。
とうとうブリッヂレイカー領の生活レベルは、原初レベルにまで落ちぶれてしまったのだ……!
ブリッヂレイカーは雨に打たれながら、泥の中をミミズのようにのたうち回った。
「なぜだっ!? なぜ天使様のお力が通用しない!? 悪魔の力が天使より上など、あるはずがないのに! なのにこの雨でも、ヤツらはなぜ笑っていられる!? なぜあんなにも、豊かな暮らしができている!? 悪魔を信じた者は、滅亡あるのみなのに! 天使を信じた我らにこそ、あの暮らしは相応しいものなのに! 悪魔を信じたヤツらにこそ、今の我々の暮らしを強いられるべきなのに! なぜだなぜだなぜだっ!? なぜだぁーーーーーっ!?!?」
……これは、ヘルロウが憂いていたことのひとつであった。
この世界の神や天使は、人間を操り人形のように、思いのままに利用する。
そして人間は、彼らの導きに従うことが正しいのだと誤解する。
さながら、親の敷いたレールを歩むことこそが、間違いないのだと信じる子供のように、愚直に。
しかしヘルロウは、そうではないと思っていた。
いくら人間は神に創られたとはいえ、神の所有物ではないと。
彼らは自分の足で立ち、考え、そして未来を切り開いていける自由意志なのだと。
幼い頃にヘルロウと接していたブリッヂメイカーは、辛うじてその思考を持っていた。
しかし、ブリッヂレイカーのような……。
誤った教育で育てられた子供は、失敗を経験すると、このような思考になってしまう。
『自分は親の導きに従ったのに、なぜ、不幸になるんだ』と……!
失敗の理由ですら自分のせいではないという、完全なる『操り人形思考』に陥る。
もしこれが自分の意思で決定し、招いてしまった結果ならば、こうはならなかっただろう。
ヘルロウは願っていた。
このような悲しき人間が、ひとりでもいなくなるようにと。
天使に打ち勝つ自分のクラフトを目にしたことで、天使という名の親の束縛に気付き、逃れようとする人間が、ひとりでも増えるようにと……。
しかし……。
もはや彼は、手遅れであった。
ぬかるみのなか、泥をすすりながら、ブリッヂレイカーは誓う。
「悪魔が栄え、私たちが幸せになれないのは……。何もかも、天使様への信心が足りないせいだ……! そして何より、俺自身が、悪魔を信奉する者から生まれたという、事実……! 天使様はそのことを、お見通しなのだ……! 私が穢れた血を、有していることを……! その不浄の鎖を断たねば、未来永劫、私に幸せは訪れない……!」
泥人形のような身体を起こし、滝のように降り注ぐ雨を仰ぐ。
「ブリッヂレイカー領は、ブリッヂメイカー領に対して、戦争を仕掛けるっ……! そして悪魔の首を獲り、ダメルシアン様に捧げるのだ……! そう、これは親子喧嘩などではないっ……! 天使様を信じる私と、悪魔を信じるブリッヂメイカーの……! 天使と悪魔の名誉をかけた、聖戦なのだっ……!!」
……ウオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!!
その獣のような雄叫びは、さらなる類族たちを呼び寄せる。
同じく獣と化したブリッヂレイカーの民たちが、集まってきたのだ。
「皆の者! 我らはこれから悪魔を殺す聖戦士となる! 悪魔を信ずる者たちの土地に攻め入り、悪魔の家や橋を壊し、そこにいる悪魔の申し子たちを根絶やしにするのだ! そうすれば、この雨は止み……ダメルシアン様は、ふたたび我らに微笑んでくださる! ルシエロに、以前のような平穏が、ふたたび訪れるのだ! 我らこそがこの世界に相応しい、天使の申し子だということを、これから天に向かって知らしめようではないか!!」
……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
その地の民が一体となって発した、サイレンのような咆哮。
この地の終末を知らせる地鳴りのように、不吉なそれは……。
天からの雨音をもかき消し、いつまでもいつまでも、ルシエロの地に轟いていた。




