50 新たなる名物
ルシエロ領のおよそ半分、ブリッヂメイカーの統治する地域は、生まれ変わった。
『水の地』から『水車の地』へと。
川沿いには、等間隔に並ぶ水車小屋が並ぶ。
雨の少ない日には、おばあちゃんの機織りのように、静かにカタカタと回る。
そのどこかのどかな姿は、人々の心を和ませる。
雨の多い日には、石炭をくべられた蒸気機関のように、力強くガショガショと回る。
そのどこか勇猛な姿は、人々を勇気づけた。
水車はあっという間に、新しいルシエロの名物として定着。
それどころか人々の暮らしにとっても、なくてはならないものとなった。
ブリッヂメイカーはヘルロウのアドバイス通り、小麦を仕入れて製粉し、近隣の領地に売るという商売を展開した。
いままで小麦粉というのは、小麦が育たないような土地をのぞき、自分の領内で賄うのが一般的であった。
そのため、小麦粉など売れるはずがない……と思われていたのだが……。
「おい、小麦粉、大好評だぞ! 飛ぶように売れちまった!」
「俺のところもだ! いったいどうやったらこんなに、均一でムラがない小麦粉ができるんだって、質問攻めにあっちまった!」
「私が売りに行った領地でも、みんな感心してたわ! 小麦粉をここまでしっかり挽くには、さぞや大変だっただろう、って!」
「ああ、きっと力も忍耐も強くて、しかも仕事が丁寧な職人がいるんだろうって言われた!」
いままで製粉といえば、力の強い男性が必要だった。
ミルと呼ばれる粉砕の道具を使って、力ずくで小麦を粉にしていたのだ。
しかし水車さえあれば、マシーンのように疲れ知らずの男性がいるも同然。
しかも水車は機械的に均一に挽くので、人力のように挽きもらしがない。
そうしてできあがった小麦粉は、近隣の領地ではお目にかかれないほどに、きめ細やかで上質。
となれば、お金を払ってでも欲しくなるのが、人情というものだろう。
「でもその上質な小麦粉を、ぜんぶ水車が作ってると知ったら、みんな驚くだろうなぁ!」
「なにせ俺たちは臼に小麦を入れるだけで、あとはほったらかし、しばらくしたら粉になったのを取るだけでいいんだもんなぁ!」
「重労働だった頃の製粉に比べたら、楽なもんじゃ! なにせ腰が曲がったワシらでもできるんじゃからのう!」
「じいちゃんだけじゃないぞ、今じゃうちの子も手伝ってくれとる!」
「いやぁ、水車ってのは、本当にすごいもんねぇ!」
「しかも聞いたか、これからは製粉だけじゃなく、他のこともやるらしいぞ!」
「ええっ、製粉以外にも、なにかできるってのか!?」
「ああ、ここからが水車の本領発揮だって、ブリッヂメイカー様がおっしゃってた!」
「ええっ!? 製粉だけでもすごいのに、まだ何かできるっていうの!? 水車ってほんとにすごいわぁ……!」
ブリッヂメイカーは小麦粉販売で得た資金を元手に、水車小屋をさらに増設する。
そしてそれらは製粉ではなく、製材……水車の力でノコギリを動かして、木材を均一に切る装置を作った。
さらに革のなめし、ついに紡績の設備までもを整える。
そしてルシエロ領は、新たなる革命の時を迎えた。
川沿いには幾多の水車が立ち並ぶ、一大工業地帯へと変貌を遂げたのだ……!
水車小屋が作りだした小麦粉や木材、革や糸は翼が生えたように売れた。
そうなれば他の領地も真似する所も出てくるだろうと思っていたが、そうはならなかった。
これにはふたつの要因があった。
まず、ルシエロ以外に川が多く存在する地域がなかったので、規模として競合になり得ようもなかったこと。
そして次に、水車作りのノウハウがなかったこと。
ルシエロを偵察し、見よう見まねで作った水車は、思うような成果を挙げられなかった。
ちなみに後者については、ヘルロウはブリッヂメイカーにこう申し渡したいた。
「今回の窮地が去ったら、水車づくりのノウハウを、他の領地のヤツラにも教えてやるんだ。独り占めしていいのは、ダメルシアンの野郎に絡まれている間だけだ」
これが並の人間なら、渋っていたかもしれないが……。
なにせブリッヂメイカーは、生粋のヘルロウチルドレンである。
「もちろんですじゃ! ヘルロウ様が教えてくださった、みんなで分け合う精神……。それは今でもワシのなかに、ちゃあんとありますからのう!」
いずれにせよ、ルシエロはヘルロウが予想していた通りになった。
少年は、かつてこう予言していた。
「このあとにオマケで教えるクラフトがあれば、逆にルシエロは栄えるだろう」
そう……!
『オマケのクラフト』こそが、今回の『水車』であった……!
しかしながらこのオマケは、すでにルシエロにとっては、食玩のような扱いであった。
もはやダムなど、申し訳程度に付いているガム同然で、この水車こそが、メイン……!
無理もない。
ダムは川の氾濫を抑えるという、縁の下の力持ち的な役割である。
それに比べたら水車は、直接的な利益をもたらしてくれる。
人々がどちらに対して快哉を叫んだかは、想像に難くないだろう。
もしブリッヂメイカーがダメ領主だったなら、ダムをおろそかにして大変なことになっていただろう。
しかし彼はダムのほうにも抜かりはなく、水車で出た利益でしっかりとメンテナンスとバージョンアップを行なった。
これにより、ダルメシアンの雨の脅威は……。
完全に、過去のものとなってしまった……!
しかしそれは、ブリッヂメイカー傘下の地域限定にすぎない。
石橋どころか、水車もなにもない、ブリッヂレイカーの地域はというと……。
もはや地獄が引っ越してきたかのような、惨憺たる有様であった……!
次回、ブリッヂレイカー領の惨状が明らかに!




